霧不断の香を焚く-弐






ひとり消えてはまた消えた――――。



「太宰が行方不明ぃ?」
「電話も繋がりませんし下宿にも帰ってないようで」

昼間の探偵社内ではパソコンの前で入力をしている国木田に敦が太宰の事を尋ねていた。
彼より共に過ごした年月が長い仲間の間柄もあるだろうに、と敦は考えての発言だったが、真逆己の様な新参者以外は心配の露もしていなかった。

「どうせまた川の中だろ?」
「拘置所というパターンかも?」
「女とどっかに行ったとみた」

観葉植物を眺める賢治と机と皆に背を向けてお菓子を頬張る乱歩。だが乱歩の携帯は無防備に机の上にと御座なりだ。

「然し先日の一件もありますし…真逆マフィアに暗殺されたとか…」
「阿呆か。あの男の危機察知能力と生命力は悪夢の域だ」
「あれだけ自殺未遂を重ねてもまだピンピンしてますもんね」
「マフィア如きに遅れをとるとは思えんな」
「でも…色葉さんとも連絡尽きませんよね」

敦の言葉にこぞっと反応を示す。事務仕事をしていた国木田は肘を机の上に置き考え込む。観葉植物の鉢を置き悩まし気な表情する賢治。携帯へ視線を向ける乱歩。此の三者三様の機敏差に敦は雲殿の差を思い知る。

「あいつが連絡もなしに二日も無断欠勤とは有り得ない。誘拐されたのか?」
「有り得ますよ。此のパターンは前にもありましたし。僕も知り合いに声をかけて聴いているのですが全く足取りがつかめなくて」
「大丈夫じゃない?東雲邸に居ると連絡があったし。未だ其処に居るんだろう」

乱歩の素振りに敦は顎に指を置き不自然な部分を見出そうとする。だが其れは後からやってきた谷崎によって遮られた。

「ボクが調べておくよ」
「谷崎さん。もう万全なんですか?」
「お陰様で…散散走り回って振り回されてとどめにエスケープされたから……心の瑕はもう塞がったよ」
「躯より心の瑕の方が悪化してる」

壁に向かって爪を立て「色葉さぁん」と嘆く谷崎を尻目に自身が居ない間に起こっていた事件の背景を聞かされていた敦は其の方に手を置く。

「四回解体された時より感情に沁みる」
「四回も酷い目にあったのに其れよりとは」
「最後は太宰にとどめを刺されたらしいな」
「心に瑕を負いたくなければ日頃から危機察知能力を養う事だね。たとえば今から10秒後……」

懐中時計の秒針を数える様に乱歩が言葉を切った矢先に、欠伸を設け乍ら与謝野が顔を出す。

「与謝野先生。おはようございます」
「ああ、敦かい。どっか怪我してない?」
「ええ…大丈夫ですけど…」
「ちぇっ」

与謝野の反応に既視感を憶える敦は呆れた顔をする。

「誰かに買い物付き合って貰おうと思ったけど…アンタしか居ないようだねェ」

其の言葉に敦は周囲を見渡した。矢張り乱歩や与謝野の云う通り誰もおらず、危機察知能力の意味を思い知る。結局敦は与謝野と共に買い出しへと出掛ける羽目となり其の行方を見送り乍ら乱歩は携帯を片手に立ち上がり同じく探偵社を出ようとした処で谷崎に声を掛けられた。

「乱歩さん。何処へお出かけですか?」
「…其の様子だと谷崎は僕が行こうとしている処に目星が付いているんだろなら云わない」
「矢っ張り色葉さんの様子が変ですよね」
「うん。其れもある。僕は異能で構築した産物の答え合わせをしに行くだけだ。どうしてもって云うなら案内係でもするかい?」
「是非」







爆弾で電車を掌握され、搭乗していた与謝野と敦は前方車両と後方車両の二手に別れて爆弾を探し摘出しようとそれぞれが赴く。前方には梶井が後方には鏡花が配置され、相まみえようとする両者達。
幼い容姿の鏡花に目が眩む敦。だが、彼女の着物から微かに香る嗅ぎ慣れた匂いに緊張が緩むと同時に唇を震わせた。

「きみの、其の香り…もしかして……色葉さん」

敦の言葉に反応した鏡花は携帯電話を握りしめる。ストラップが揺れ動き、うさぎが二つ鳴いた。

「君が殺したのか」
「っ…違う。あの人は」

鏡花の言葉を遮って電子から響いた肉声は余りにも憎悪に轟いていた。

{ 邪魔者を殺せ。夜叉白雪 }

電子から奏でた声により異能力である夜叉の姿をした仕込み刀を手にする夜叉白雪が斬殺を開始する。太刀筋を読めても其の速さには躯が追いつけない。反応した処で避けられなければ意味がない。横払いを避けても二手目に積む。歯を食いしばり苦味が口内に広がりを帯びる。鏡花は色葉の何かを知っている。乗客を護り彼女の事を聞き出す事が自分には出来るのか。其の自問自答に無理だと根を上げる己と、色葉の姿が思い浮かぶ。


ーーーあの人は僕を救ってくれた…何度も


馬鹿げた発想の中にあの日観た水珠が揺蕩い敦は虹彩を揺らめかせた。


ーーー生きてもいいと認められたら、僕は彼女の隣に立ってもいいだろうか


使いこなせないと解っていても今こそ異能の力があればと臨む。己の意思をもって願えば異能は敦の望む通りの形となり顕現した。腕だけを虎化に成功させてからは身体能力の目覚ましい向上により、夜叉白雪の太刀を凡て交わし異能力の使い手である鏡花の間合いに入り喉元に鋭い爪が添えられた。

「終わりだ。この能力を止めて爆弾の場所を教えろ」
「私の名前は鏡花。35人殺した。一番最後に狙ったのは三人家族。父親と母親と男の子…夜叉が首を掻き切る前に、止められた」
「止められた…其れはもしかして、色葉さんに?」

鏡花は返答を返さず着物の袷目を左右に開いた。其処には探していた後部車両に仕掛けられた爆弾だと気がついた敦は目を見張る。

「君は……何者なんだ。言葉からも君自身からも何の感情も感じられない。まるで殺人機械だ。望みがあるなら言葉にしなきゃ駄目だ。こんな事が本当に君のしたいことなのか?」

敦の問いかけに心を揺さぶられる鏡花。口を深く紡ぎ唇は渇いていく。其処に車内アナウンスが流れる。前方車両へ向かった与謝野の声だ。内容は爆弾の解除方法で其れを聴いた敦は鏡花へ手を伸ばし遠隔操作の為に必要なリモコンを渡す様に促す。握りしめた携帯のストラップが左右に揺れる度に真新しい桃色の兎が飛跳ねるように見え、其の錯覚に鏡花は敦へ視線を映し自身が持っているリモコンを手渡した。
受け取ったリモコンを押せば爆弾は止まると誰もが思い、敦も此れで幕引きだと押した途端。其れは作動した。
厭味な音が切り替わるように跳ねる。鏡花は其の音を聞いて瞬時に仕組まれていた事に気づく。

{ ……それを押したのか鏡花 }

まるで答え合わせのように受話器から男の声が虚しく響いた。

{ 解除など不要。乗客を道連れにしマフィアへの畏怖を俗衆に示せ }

死への宣告に敦は爆弾を外そうと鏡花へ近寄るが、少女は其の細い腕で少年を突き放し壊れたドアへと立つ。其処で漸く敦も気がついた。鏡花が何故あのような選択をしたのかを―――。

「私は鏡花。35人殺した。あの人が止めてくれたように、私はもうこれ以上一人だって殺したくない」

破壊された彎曲の扉から躊躇いもなく背中から飛び落ちていく。川が流れる其の橋で一人の少女が花らしく散ろうとしていた。宙を浮かぶ花が散り行く様を妨害するように、四肢を虎化した少年が飛び込み少女へ手を伸ばし躯につけられた爆弾を外そうと片手に力を籠める前に其の爆弾は簡単に外れた。

「え」

巻き付かれたベルト部分に切り込みが入っており、非力な子供でも其れは力を入れなくても外れる仕様になっていた。
其の様を眺めていた鏡花は目を見張る。其れは自身の望みを叶えてくれた母性に溢れた優しいあの手を持つ聖女が危険を顧みずに選択を提出してくれたのだと。肌身に残ったネックレスが外気に触れ揺れた。
片手に握った儘の携帯のストラップがたなびく、敦に抱きしめられる鏡花。放り投げたといっても爆弾はまだ彼らの近くにある。直撃を免れたとしても爆風と衝撃は確実に彼らの小さき躯を蝕むだろう。だが、爆撃と同時に鏡花の携帯ストラップである桃色の兎が宙へ舞い、殻を破る。周囲を覆い尽くし躯を丸々囲われれば爆発されても其の衝撃も爆風も届くことはなく。水の中へ溶け込む様に珠が水面へ呑み込まれた。
水中で割れた珠は彼らに水を飲ませるが岸辺までに到達すれば命は助かったも同然で、息を切らしながら鏡花と敦は無事に生還して陸地に上がった。
全身を濡らす水が鏡花の頬を濡らす。敦は息も絶え絶えに鏡花を黙視してから彼は頬を緩めた。彼もまた濡れていたのだ。

「色葉さんは生きろと君に伝えていたんだね」
「…わたし……」
「僕も、彼女に…」

敦は其処で意識を手放した。彼はきっとこう云いたかったのだ―――。


―――僕も、彼女に…生きてもいいと云われ続けられていたんだね




…人よ殺して死ねよとて、あと少しだけ続かせてください。醍醐味ですよ、きっと。ああ…戦闘シーン書きたい。最高だよ、幼女← 闘う女子のシーンを書きたいのにこの段階では書けない。血生臭いものしかね。私がもう少し頭が良ければもっと素敵な物語が書けたかもしれないと思うと頭痛いわ((´∀`*))ケラケラ