闇夜に鴉、雪に鷺-弐






執心っていうのはね―――心を砕くのではなく裂くための言葉なんだよ。


「敦が拐われただと?」
「は……はい」
「く…選りによって今か」

天使の啓示よりも先に、また賑やかな招待状を受け取ってしまった探偵社各位。

「目撃者に拠ると白昼の路上で襲われて貨物自動車に押し込まれ…その後の行方は杳として……」
「……拙いな。連中は独自の密輸ルートを無数に持っている。人一人、誰の目にも触れず運ぶ位造作も無い」
「何とか助けないとこのままでは……」
「助ける?なんで?」

携帯を片手に閉じたり開いたりしていた乱歩は急に、突き放した。其の言葉に目を丸くする。其れはそうだ。色葉の時と態度が違う。

「彼が拐われたのは人虎とか懸賞とか。つまり個人的な問題からでしょ?ウチは彼専用の擁護施設じゃないし彼も護って貰うためにウチに入った訳じゃない」
「でも敦君は探偵社の一員で」
「……乱歩さんの云う通りだ」
「何を云っているんですか国木田さん。じゃ、じゃあ何故、色葉さんを助けようと動くンですか?それって差別に等しい」
「違うでしょ。色葉は探偵社員だけど探偵社(ここ)は彼女の擁護施設だ。政府機関から仰せつかった大事な子だよ。だから彼女の事は助ける」
「それは少なくとも事実でしょうけど、でも其処には少なからず情が入ってますよね」
「谷崎の云いたい事はわかった。ならこうしよう。色葉は僕が個人的に探して助ける。これならいいかい?」
「谷崎。もういいだろう。理屈が通っている以上俺達が動くのは筋違いだ」

ナオミは此の不穏な行く末を聴き乍ら、此処に色葉が居ればと願わずにはいられない。彼女が居たらこんな不毛な会話等まず出て来ないからだ。乱歩を嗜め、国木田に活を入れ、谷崎と共に立つ。救える冪ものを救済する。救えるなら救えばいい。出来るか出来ないかの議論よりもやってかから文句を云えばいいと、愚直な彼女ならそんな子どもみたいな言葉ばかりを述べてしまうからだ。誰も正論には勝てない。ナオミは椅子を引き立ち上がる。迷わず社長室の扉をノックすると社長は既に扉の前に居たようで其の姿に啓示が告げられたのだとナオミは理解した。

「警察に通報したら?」
「敦は災害指定獣として手配中です。事態が露見すれば探偵社も側杖を」
「あのぉー。殿方の大好きな“筋”とか“べき”とかを百年議論しても何も決まらなそうなので…この方をお呼びしました」
「 社長!? 」

ナオミの声につられ振り返れば其処には福沢が立っていた。思わず佇まいを直す社員たち。国木田は真っ先に頭を下げた。

「申し訳ありません。業務が終了次第谷崎と情報を集めて―――」
「必要無い」

一歩前に出ると福沢は言葉を続けた。

「全員聞け! 新人が拐かされた全員追躡に当たれ! 無事連れ戻すまで現業務は凍結とする!」
「凍結…」

乱歩が眉根を顰める。

「しかし幕僚護衛の依頼が……」
「私から連絡を入れる。案ずるな小役人を待たせる程度の貸しは作ってある」
「では色葉のことは」

国木田はおずおずと福沢に訊ねると、弥弥言葉を躊躇し乍らも素直に述べた。

「色葉に関しては案ずるな。無事に戻って来ると連絡が入った」
「社長では彼らには…」
「私から一報入れる。だが相手も其れなりに対策を講じるだろう」

春野の質疑に答えるが最後の言葉は小声に等しかった。椅子を回転させて乱歩は福沢の言葉にほんの少しだけの不義を募らせる。

「社長〜善いのほんとに?」
「………何がだ乱歩」
「何ってそのー理屈でいけば」
「仲間が窮地。助けねばならん――それ以上に重い理屈がこの世に有るのか?」
「……でもじゃあ色葉は」
「乱歩。あの子はお前のその点に関してだけは嫌いだと云っていたぞ」
「えっ?!」

乱歩は思わず被っていたハンチング帽を床に落とした。其れは突然椅子から立ち上がった所為。福沢を緑柱石に納めるとみるみるうちに絶望していき、最後には椅子の上で体育座りまで始めてしまった乱歩。もう誰も反論する者はいないようだ。軽く息を吐きだしてから福沢は国木田へ告げる。

「国木田」
「はい」
「三時間で連れ戻せ」
「はい!」

国木田が動き出すと福沢は乱歩の傍まで歩みより落ちた帽子を拾っては被せた。

「案ずるな。色葉は必ず帰ると云った、私や乱歩の居る此の場所が居場所だと」
「……解ってるよ。絶対にそうでなくちゃ僕は名探偵を廃業しなくちゃならない」

乱歩は思い出す。福沢と出会った日のことを。厳つい顔をした三十代前後の渋い男の傍らには自分よりも幼い少女が紅玉の瞳で乱歩の世界に土足で介入し強引に救世した色葉のことを。子供らしくもない微笑みを浮かべてでもその小さな手だけは幼かった。

「怪我しなきゃいいけど。ほんとっ無茶する子だからさ」
「そうなった暁には三倍で返すだけだ」

福沢は殺意を宿した表情をそのままに親莫迦ぶりを露見させていた。







ポートマフィアの根城。横浜都市の中央部の高層ビル。その最上階こそが首領たる森鴎外の執務室である。此の場所は昔から変わらない処が何だかお腹が減ってしまう。森先生は椅子から立ち上がり此方へ近づくなり跪き私の甲を取り唇を押しつける。騎士道精神のひとつ。忠誠の証を示すと云われている行為であるが、ああ…お腹が減ってしまう。

「というか照れるね。四年振りだ。君の様な美しい人を前にするには少し歳を取り過ぎた。見栄えが悪くて済まないね」
『先生。見栄えが悪いのは幼女を追いかけ回す姿ですか?其れともこの欺瞞たる行動ですか?』
「……色葉は凄く成長したね。言葉の暴力が棘から鋭利な槍になってる。心臓を貫かれて痛いというか死にそうだ」
『葬儀社呼びましょうか』
「親切だね」

人の良さそうな笑みを浮かべて森鴎外という男は、私の周囲を歩きだす。四年振り。全く持ってその通り。此処へなど二度と来たくはなかった。絶対にだ。自然と拳を作り周囲へ警戒するが配下の部下は来る気配もない。彼の愛玩しているエリス嬢もいないのを確認するとますます、お腹が空いて今にも暴食してしまいそう。

「却説――お喋りは此処までにしておこう。君の仮面が剥がれているからね」
『初音さんを模写した笑顔でも貴方に見せる等仮令愛想笑いでも無駄ですから』
「おや…折角可愛い顔なのに残念だね。……君はいつまでも初音君に縛られているのか。君が死なせたからかい? 其れは違うよ。君が罪の意識を背負う必要はない。何故なら私が初音君を殺した張本人なのだから」

森先生が私の肩に手を置き耳朶に息を吹きかける。堪らなく何が越えた音が鼓膜から聴こえた。ああ…湯が先に沸いたのか。肘打ちを仕掛けると素直に受け止めたのか直撃する。後方へ下がる森先生へ回転をかけた脚が肋骨附近にあたり、骨を砕き簡単に執務室の絨毯の上に滑り転がった。其の姿を変わらぬ立ち位置で見降ろす。もうきっと私は笑っていない。

―――ああ、昔と同じ光景だな

誰かが遠い遠い丘の麓で「怪物」と悲痛に悲鳴を嗄れるまで叫び散らしている。聴こえるよ。ちゃんと聴こえているよ。ごめんなさい……ごめんなさい、私。生まれる冪じゃなかった―――。
床に寝転がり乍ら森先生は笑い、軽く吐血もしているが愉快そう。

『殊勝な事を云うものだから思わず脚が動いてしまいました、申し訳ございません』
「私が悪い。君を無闇に挑発するのはよくない事は解っている心算だったのに、君を前にするとどうしても意地悪をしてしまう……悪癖だね」
『香純くんに手を出したら殺しますよ』
「君は気持ちが良いよ。偽りなどない。君はいつも真っ直ぐだ。素敵だよ本当に。だけど……殺せないよ私は。君が初音君を忘れない限りわね」

森先生は立ち上がり口内に残っている血をハンカチに吐き出す。脇腹を抑えている処から推測するに二、三本は肋骨を折ったかな。彼は異能を使うかと思ったけれど一行に使用しないと云う事は私が填めている此の手枷を手配したのは彼か。邪魔な枷へ視線を落としつつ、目が合わさる。

『私の誘拐から始まった一連の犯罪は凡てあなたが関与した物ですよね森鴎外さん』
「続けて」
『…一般人を巻き込んだのは私の今の大切なものをあぶり出すため。見当はついていたが確証がないうちはあなたは動かない。最初父親を、次に母親を、姉に該当する少女を、そして最後は少年たちを刺客として送り込んだ。私の行動を逐一観察して其の都度最良の選択をし続けた結果がこれです……本当にあなたは嫌な先生です。私があなたを殺さないのは何も初音さんだけじゃないですよ。凡ては私の家族を護るために、今あなたに死なれたら困る程度の理由です。初音さんの墓標に顔向けできなくてもあなたは絶対に殺戮(ころ)します。此れは初めて私が私に科した叛逆です』
「……君は素直で可愛らしい女の子だ。いくつになっても真っ直ぐで…其れが眩しいと同時に破壊してしまいたくなる。君を壊したら後は何が出てくるのだろう。パンドラの箱を開ける気分だよ。此の高揚感はきっと君だけにしか湧き立たない私からの愛だね」
『のし付けて返します』
「受け取ってよ。十二歳以上の女の子を好きになったおじさんの告白なのだから。貴重だよ」
『じゃあ海に投げて供養します』
「成仏しそうだね」
『初音さんの次は香純くん? もう二度と絶対に誰も壊させない。簡単に折れると思うなよ、藪医者風情が』
「うん。其の言葉遣いは懐かしいね―初音君そのものだ。だが、私もマフィアの首領。怖いけれど、哀しいけれど……君が私の物にならないのなら今すぐ香純君を殺そう!どんなものがいいかな? 肉体的? それとも精神的? 君の反抗心を折るにはどちらが適任だろうか」

愉しそうに殺す手段と算段を目の前で話される。もう限界だった。初音さん。初音さんの時もこいつはきっとこんな風にあなたの死を決めたのだ。呆気なく、あっさりと、後味など残らない。まるで……紙の上に書く感想文のように。淡々と日々を記入する日記のようにこいつは決めたのだ。印鑑を押して決済をすませる事務的に、機械的に、合理性のみを立証して―――。体のいい言葉はきっとこうだ「此れも部下を護るため」なにがだ。お前は部下を殺した。

初音さんを、織田作さんを殺した―ッ!!

脳裏に焼きつく燃えぬ篝火。初音さんがこの残酷で美しい世の中でたったひとりだけ愛した人がいた。ふたりはいつも楽しそうで、倖せに溢れた世界をふたりで築いていた。


―――あいしてるっ……


私は感情が乏しい。だって完全なる人間ではないからだ。人が生み出した禁忌であり、この世を司る神々が嫌悪する破壊神、それが私だ。でも、矢張り私にはどうしても抑制が効かない。

―――願わくば誰も消えませんように

意識は其処でぷつりと途切れた。




ふふんふふん♪ 鴎外閣下のことは嫌いじゃないよ!でもこの世界ではどこまでも最低ぢゃお!いえい!第二のぱぱんだと思ってね。反抗期の娘に対抗するぱぱんだと思ってね!絶対よ!!