闇夜に鴉、雪に鷺-参






臨まぬ者よ真名を告げよ 我は汝の終焉を告げる審判者なりて―――。



「誘拐を目撃した観光客が偶々撮影したものです」
「……有触れた型だ」
「はい。車台番号も偽造でした。しかし横浜でこの手の偽造業者となると限られます。心当たりの修理業者に賢治が当たった所、快く教えて貰えました」
「貨物自動車の所有者はカルマ・トランジットです」
「密輸業あがりの運び屋です」
「其奴らに聞けば輸送先が判る か」
「はい。組織外で誘拐の全容を知るのは此奴らしかいません。現在谷崎が調査中です」

国木田の通話を訊き谷崎がアジトを観察しつつ潜入の為待機をしていた。

「これから潜入します」
{ 様子は? }
「湖の底みたいに静かです。それどころか人の気配ひとつ―――ッ」

其処で谷崎は携帯を片手に走り出す。彼の推測が正しければ其処にはもう生存者などひとりもいない。谷崎は勢いよく扉を開閉させる。真実はいつも最低なシナリオとして掲示された。

「……やられた」

携帯を耳許に掲げ直し谷崎は国木田へ解答する。

{ 先手を打たれました! }
「おい。如何した」
{ 口封じに―――全員殺されています! }
「―――! 芥川だ……」
「どうすンだい?唯一の手掛かりがおじゃんだ」

与謝野が国木田に訊ねると今まで席に座っていた福沢は椅子にのけぞって暇そうにしている、乱歩の元まで歩み必要な写真を彼の目の前に差し出す。

「出番だ」
「……やんないと駄目?」
「乱歩さんここはどうか……」

気のりがしていない乱歩は机の上に足を置いて椅子をぶらつかせる。未だ気が漫ろのようだ。もう一度静かに「乱歩」と福沢が名を呼ぶ。

「若し恙なく新人を連れ戻せたら――」
「特別賞与? 昇進? 結構ですよどうせ……」
「褒めてやる」

福沢はそう云った後音を発せずに口元だけを動かした。其れは乱歩にしか届かない暗号。口の動きを見た瞬間乱歩のやる気は椅子を放り出し、床に転がす程勢いよく立ち上がり資料達を引き寄せるまでに至った。

「そこまで云われちゃしょーがないなあ―!」

眼鏡をかけ異能を発動。時間はかからない。ものの数秒後には乱歩はフレームを直しつつ地図のとある場所を指した。

「敦君が今いる場所は――ここだ」
「 ―――海!? 」
「速度は東南東に20節。公海へ向けて進んで居る。死んではいないよ、今はね」
「船か――!」
「輸送先は外国か」
「拙い……国外に運ばれたら手の出しようがない」
「港に社の小型高速艇が有る。今出せば間に合う」

福沢は国木田に鍵を投げ渡すと受け取り次第国木田は、社を後にした。間もなく春野が入室、福沢に電話があることを伝えると福沢は社長室へ戻り受け取った。

{ 姫君の迎えは此方で手配する }
「有難うございます。無事に帰して頂ければ文句はございません」
{ そうか。心配するな。必ず儂の部下が送り届ける }







意識を手放し色葉の瞳から光が消え失せたと同時に、手首と踝の枷は音も無く外れ床に落ち風化した。白髪が銀色に染まる。鈍く輝く光の輪が彼女の頭上に備わる。紅の瞳が黒く濁り澱む。その変わり果てた色葉の姿に、鴎外は喉を震わせ下唇を噛みしめる。始まったと、彼は思っていた。色葉は弓を構える姿を取ると其処に光が集結し、矢の形へ変化すると彼女の異能が解放されたことを悟る。弦を弾き光の矢が鴎外目掛けて放たれる。其れを避けるが。待ち構えていた様に、矢は突然無数に枝分かれし何十もの矢が床に突き刺さる。だが鴎外の前に10歳にも満たない少女が現れ、凡ての矢を防いだ。

「リンタロウなにやってるの」
「いやぁ―想定内なんだけど真逆此処までするとは思ってなくて」
「審判者を呼び起こしたんだから当たり前じゃない。しっかりしてよ」

巨大な注射器を取り出し色葉へ近づくが既に空間から氷の刃を生成させ放った後だった。至近距離攻撃が出来ないためエリス側も注射器を小型に分裂させ放つが其の間に血で生成した剣でエリスの背後に立ち斬ると見せかけて蹴り飛ばし壁に打ち付けさせる。動けぬ様に血で作成した結界球体の中に閉じ込めた。内側から攻撃をしたとしても決して破れる事のない異能。複数の異能を使用した反動で色葉は先程から吐血している。口端から絶え間なく流れる血の量に鴎外は眉を寄せた。

「其れ以上の出血はおすすめしないよ色葉」

構う事もなく色葉はまた多重に異能を発動させた。流れ落ちる血液が気体化する。空気中に混ざりあい其れは毒となった。吸わぬ為にハンカチで口元を覆うが肌に触れただけでも肌が爛れていく。窓硝子へ向けてメスを投げ破壊するが目の前に色葉は居らず、鴎外は「しまった」と察知した時には割れた破片から飛び出し血の刃が鴎外目掛けて上段から振り下ろされた……が、其れはナイフで応戦した中原中也によって遮られた。間合いを取る様に下がる色葉。

「出るタイミング遅いよ中也君」
「申し訳ございません首領。俄かに信じ難かったので」
「無理もない。此の姿の彼女を視るのは初めてだったね中也君は。善く視るといい此れが神々が忌み嫌い、人間の愚かさから編み出された世の審判者、字色葉の本当の姿だ」

風が吹き抜ける度に彼女の銀髪がたなびく。美しい光を放つが、その髪の毛先は臙脂に染まっている。漆黒の瞳が仄暗い虚空を映しだし目の前に存在する者を凡て排除しようと動き出す。まるで兵器だ。ゆらりと駆け出す色葉に応戦するため刃を交える中也。

「ッ、おい!色葉!目を覚ませ!こんな状態で手前と戦うなんざッ」

神速を極めた様な剣捌きに中也の頬が掠り斬れる。間合いを取るために下がる中也に剣の形状を解き再び弓をしならせる。

『……ゴボッ!!』

血反吐を吐きだし乍ら其れでも色葉は攻撃の手を止めない。どうすればいいと焦る中也の耳に鴎外が囀る。

「此の儘だと彼女は失血死してしまうよ中也君」
「ですが。止める手立てが」
「うんそうだね……じゃあ抱きしめてみるといい。うん、それだね」
「……はい?」

こんな時に何を云ってんだと中也は思ったが、此れでも首領。色葉が死へ近づいて居る事は中也でもわかる。故に彼は首領の指示に従いナイフを納め異能を発動。色葉の懐へと目的を替え近づく。だが、そう簡単に間合いに入らせない色葉の氷の雨が降り注ぐ。自身の外套を盾に寸前の所で避けて彼女の真後ろへ入りこむことに成功したが、身を翻され中也の肩に色葉の血に濡れた手が触れる。

「下がれ!」

鴎外の言葉は一歩遅かった。色葉は触れた相手の異能を使用する事が出来るため中也の重力操作を使用し、彼へ圧をかけた。

「くッ――!」

咄嗟に中和させ腹部目掛けて足が飛んでくるが其の足を掴み、逆に地面に叩きつける。だが其れを狙っていた中也は床に手を付き片方の足を動かし手を放させ、後退した色葉のバランスを崩した隙を突き、背中に腕を回し後頭部に手を宛て床に倒れこむ。其のまま圧をかけて床に亀裂が走るが躯を押しつけ抱きしめる中也。

「元に戻れよ……ッ戻って来いよ色葉!手前は暢気に笑う普通の女だろうがッ!」

中也の叫び声に反応したのか、色葉は暴れる事をやめ大人しく為る。異能が凡て解かれ嵐が止んだと思ったその時、中也の耳に幼い子供の声が届いた。

『―――重いぞ小僧。退け』

自身の下から聴こえたその声に「え」と躯を退けて視ると其処には5歳くらいの幼女が長い白髪と紅玉の瞳を携え、サイズの合わない襟衣と下がる胸充、床に落ちているパンツを確認してから再度「え」と声を漏らして数分後。搾り出た問いかけは。

「……手前は誰だ」
『儂が判らないとは…先程の告白をしておいて』
「……はあ? ま、真逆…手前……」

飛び起きて少し離れる中也。ゆっくりと立ち上がりサイズの合わない襟衣の袖が宙を浮き、型の合わないブラがずれ落ちその場に佇む。あ、白。という周囲の感想はさて置き。小さな腕で鴎外へと振り返ったその幼女は跳躍すると、一瞬で鴎外の傍へ辿り着き頬を平手というか多分殴った。其の威力は大人顔負けで鴎外は普通に床に倒れこむ。其の頬の上に小さな足裏で踏みつける。

『鴎外閣下。貴様も善くやるのぉ…儂を呼び起こす為に大それた事をしおってからに…視るがよい。其処な坊やが呆れておるぞ』
「はあ…幼女かわいい。色葉は矢張り幼女時代の時が一番可愛いね。もっと踏んでくれないか…あ、でも下着履いてないから全部丸見えにっふぎゅ!」
『気色悪いぞ閣下。主がそのような体裁で首領等と世も末じゃのぉ。嘆かわしい』
「久しぶりね色葉」
『おお。エリス嬢。元気そうじゃな。このドエロリコンの元でさぞ苦労している事じゃろう。なんとかしてやりたいが、儂ではお主を解放する事は出来ぬ』
「いいのよ。リンタロウの事踏んで殴って詰ってくれれば」
『任せるがよい。お安い御用じゃ』
「其れより下着どうにかしないと。貸してあげましょうか?」
『いや、いずれ基に戻る。その時其方の下着が窮屈になるのがちと面倒だ』

幼女同士の会話に鼻血まで流すポートマフィアの首領。とてもいい笑顔だ。異様なその光景に中也は今にも空気化しそうだった(一応彼も内心全裸で襟衣のみ着用の情事後姿を妄想しては鼻血は出さないものの思考回路は遮断し火花が散っている)そんな中也を見つけると幼女姿の色葉が簡易的に説明した。

『中也とやら。儂は主のような男は好きじゃ。なれば教えてやる。儂は色葉の感情を司る化身じゃ。名は無いが色葉の5歳児の姿故、まあ色葉であることは間違いない。じゃが意識は本人とはまた違う。簡単に云えば躯だけを借りた存在じゃ』
「……感情を司るって」
『あ――普通の人間には理解し難いじゃろうが、まあ現段階では【二重人格】と思ってくれてよい。感情の容量の規定値を超えると儂が登場する。まあ調和を安定させるための処置じゃ。難しく考えんでええ、主が【普通の女の子】だと思うのであればそれが心実じゃ』

てとてと、と中也の元へ歩み寄り屈託のない笑顔を浮かべる色葉の姿に「やべぇ可愛いな」と思った22歳男性。それを目撃した中年男性がハンカチを噛み乍ら「羨ましい」と羨んでいる混沌な室内。

『却説、鴎外閣下。此度も世話になったの。主の目的も果たせたかえ? なれば儂はそろそろお暇するが』
「うん、構わないよ。君に会えた事だし私は満足した。中也君に送って貰って」
『うむ。なれば借りるぞ…して閣下。主に伝言を頼んでよいか』
「構わないよ色葉ちゃん」
『“審判者”に逢うためとは故四年前の再来を催したこの舞台では儂は満足などせんぞ。儂を満足させたくばもっと思考を巡らせ、なれの巨悪をもってこれを為せ。すれば主の元へ下っても構わぬ。退屈だけはさせるなよ。儂は我が子の最善たる倖せの為にしか選択などせぬぞよいな。其の方心して掛かるがよい、と伝えておくれ』
「矢張り君には凡てお見通しだったか…仰せの儘に我が女王様」
『では中也、頼む』

意味がわからない話の方向性に、右往左往するが色葉が手を伸ばして抱っこを要求してくるので素直に抱き上げると「柔ら可愛い」と乳臭い筈の幼女から甘い香りがして少し酔う中原中也、22歳。好みはグラマラスでお淑やかな女性。好きな女性は清楚系お嬢様な色葉。しかし此処で全裸襟衣だと気がつき床に落ちていた背広を拾い上げ腰もとにぐるりと巻き付け念入りにカバーして解けぬように抱きかかえ直す。
 長い袖を左右に振り鴎外へと別れを告げる色葉。執務室を呆気なく退出した。彼らの姿を邪魔する事なく見送る鴎外に対してエリスは背中に蹴りを入れる。

「あっさり逃がしていいの? 怒られてもあたし知らないから」
「いたっいたっ、ちょっとエリスちゃんいたいよ…でもこれくらいの招待状じゃなきゃ彼女は此処へ来ないし現れない。直ぐに幼子(かのじょ)が出てくると思ったけど、真逆審判者が顔を出すとは……復あの子を傷つけてしまったんだね私は」
「承知の上で引き受けたんじゃないの。全部」
「そうだね。今更人間ぶっても仕方がない。凡ては利益のために私はこの道しか選択できなかった。仕方がないことだ。そう……仕方がないことなんだ」

一方昇降機へ乗り込む成人男性と幼女。階を指定し釦を押し降下する中色葉は中也の頬に小さな手で触れた。

『すまなかったの中也。主に怪我をさせてしまったと、色葉が落ち込んでおる。我が子に変わって謝ろう』
「…別に構わねえが、本当の色葉は何処にいんだ」
『あの子は今、理想郷(アヴァロン)に居る』
「―――なんだって?」
『話せば長くなるのお。仕方がない、読者にも判り易く解説しようかの。なれば主が今行きたい処へ儂も案内してくれ。その道中、物語として語ってやろう』

幼女はニコリと笑って中也の頬をペチペチと叩いた。





゚(゚´ω`゚)゚。ピー 突然の幼女の登場に私も驚いたでやんす← 此処で中也さんとバトル展開を書けて嬉しいです。私の中でも彼は紳士だぜ★ 多分もうちょい続くのでお付き合いお願いします。時系列的に云えば今敦くんは船の上。