あの子がほしい、あの子じゃわからん、この子がほしい、この子じゃわからん、相談しよう、そうしよう……
「おや是は…凄いね、顔が皆同じだ」
フィッツジェラルドはとある屋敷に訪れていた。古風な洋館を漂わせ乍ら内装は最新機器で満ちている。空調も環境もまるで子爵のような屋敷に金持ちの彼も居心地が良さそうだった。
彼の前にはウェッジウッドブルーに注がれた紅茶が香りと共に空気に溶け出す。
「流石は天才の称号を総なめにしてきた博士の娘たち。扱う品も一級品とは」
「貰い物です」
小彩が冷たくあしらい、小春の座るソファーの後ろへ小夏と並ぶ。足を組みカップに指をひっかけ口元に運ぶ小春は怒りのケージメーターの調節をしていた。
「其れで青葉博士がご所望なら此方にはいませんが」
「もう一緒に暮らしてないですし」
「何処からの情報か存じ上げませんが」
「お引き取りを」
「息の合った掛け合いだ。姉妹というには歪すぎるがね……俺は何も博士に用があった訳じゃない。ただの確認だ。此処は君達四人の住居で間違いないようで安心した。リリィ君が此処へ案内してくれたんだ、君たちの知り合いだろ」
リリィと呼ばれた白金の娘が前に出て口元をにやつかせる。だが、小春も小夏も小彩も誰一人としてその顔に見覚えがなかった。
「知り合いじゃないですよボス。一方的な知り合いです」
「そうなのか。確かに旧友に再会するとしては些か希薄だ。じゃあ商談といこう」
合図を送るとモンゴメリが鞄から小箱を取り出し机の上に置く。中身を開かせると中にはルビーが入っていた。
「君たちにとって宝石は価値がない。だがルビーには価値がある。君たちが俺に協力を仰ぐことを誓うなら約束しよう。ルビーは譲る」
「譲る、って正気? いつからアンタ等の所有物になった訳。言っておくけど誰の物でもないから冗談は顔だけにしなよおじさん」
「小夏。甘いよ」
「いつもは止める癖に」
「成金風情ならば許す」
双子がくすくすと喉を震わせて互いに指を絡めて繋ぎ合う。だが其処から火花が散り始め双子の瞳が黄色に染まっていく。その仰々しさに身構えるが、手を上げ制するフィッツジェラルド。彼は小春に視線を投げていた。
「君の解答は?」
「帰りな」
覇気の強さに息を詰まらせるモンゴメリだが、その背中をバシっと叩いたリリィは愉しそうに顔を崩す。
「聴いてた通りの人達でよかった。此処には居ないみたいですよボス」
「そうか…断られてしまったからには下がるしかない。だが、俺の辞書に諦めるなどは存在しない。憶えておけよ小娘共」
小彩と小夏が扉を開け玄関まで見送る。モンゴメリの腕を掴みリリィ共々外へと出ると手を弾く。
「なにするのよ。あいつらもアンの部屋に閉じ込めれる算段でしょ」
「辞めた方がいい。あのふたりの異能はわたしも判らないし、さっき見たでしょ。二人同時に引き入れたら死んじゃうよ」
「なっ」
「別に其れを所望ならいいけど〜」
「此処は勝手知ったるリリィ君に任せよう。抑も俺が望んでいるのはルビーの方だ。全く彼が所望しなければこんな所に足を運ばずともよかったんだがね。必要な駒ならば揃えようじゃないか……忠告はしたからな魔女共」
フィッツジェラルドは携帯を片手に連絡をした。
*
キーボードを叩き液晶画面の保存内容を調べる。女の子らしい家具や小物が置かれているが、それには家主の意思は感じられない。寄せ集められたそれぞれの想いだけが募る。その部屋は何もないのと同じだった。執心も無ければ我欲も無い。あるのは限りのない孤独。冷たい吐息が室内に毀れ落ちる。ふと、写真たてが多く飾られている一角に目を向けた。質素な写真たてが際立つ。写っているセピアは無精ひげを剃れば男前な無表情の男と黙っていればお淑やかな女が対照的な顔をして写っていた。色褪せるその写真にだけは彼女の強い執着心が窺える。その横には小さな小箱がある。白い小箱に手を伸ばし自然と笑みが零れる。
「まったく君は……優しすぎて泣いてしまいそうだ」
その瞳には涙など浮かんではいなかったけれど、目を擦ってしまえばきっと彼は悌いていた。
ポケットに小箱をしまうと寝室へと赴く。パソコンは既に閉じた後。寝苦しそうに眠っている布団の中へ音を立てずに忍び込むと彼女は、指先を震わせて彼を捕まえた。
「色葉ちゃん。起き給え」
『や』
「そんな可愛く“や”とか云われても、いくら私でも太陽を沈めさせることが出来る訳ではないのだよ」
煩い。頭上から耳に届く音が目障りだと思い温もりに顔を押し付けぐりぐりと左右に頭を振る。拒否を示す行為をすると何故か頭上からは「可愛すぎないか君」と苦言を呈された。
『ま…ね…の』
「もう起きるの」
『…む…』
「辞めて……此れ以上は辞めてくれ。本当にもうギリギリなんだけれど。色葉ちゃん。もう私に美味しく召し上がられるか、召し上げるかのどっちかだよ」
変な日本語が聞こえた。とても厭な気配もする。浮上した意識をそのままに私は目蓋を持ち上げた。視界にはストライプのシャツが浮彫になっている。ストライプのシャツ?まるで判らない。鼻腔に届く香りも普段と違う。嗅いだ事あるけど彼から薫ったことはない気がする。新しい匂い?いやいやでも記憶にある。とても厭な記憶だ。瞬かせる睫毛を避け額から頬を指先が撫でる。優しい撫で方に矢張り覚えはあった。額に湿った感触がして、ちゅっと何だかリップノイズも届く。顔を上へ上げて虹彩に映し込むと光だけでなく、相手の顔も浮き彫りになる。
「おはよう色葉ちゃん」
『……さようなら』
鳩尾に拳をぶち当てた。海老反りに蠢く太宰くんを尻目に私は立ち上がり自室へと身を移す。素早く着替えて洗濯籠に衣類を置き、再びリビングに戻ってくるとソファーに座って「やあ」と涼しい顔をしている太宰くんがいた。復活が早い、甘すぎたかな。と拳を握り撃つ練習をすると「もうお腹いっぱいだよ」と断られた。エプロンを下げて朝食の準備に取り掛かる。ご飯は昨日のうちに時間設定で炊けているから、味噌汁と漬物も出そう。お魚を焼いて卵焼きでも作ろうかな。と献立を頭の中に浮かばせてから行動を開始する。
「珈琲いいかな」
『豆は棚の上にあるので珈琲メーカー遣ってください』
「ありがとう。君も飲む?」
『お願いします』
「任せてくれ給え」
太宰くんと共に台所に立つという異様なこの光景。一緒に暮らしていないのだから当然な心境なのだけれど、若しも彼と同棲していたら……私に未来はない。大根を真っ二つに包丁で切った。
*
「……うん。美味しい。君の味付けは懐かしいね」
『ようございました』
報道番組からは連続吸血鬼殺人事件についての報道ばかりが繰り返し放送されていた。
「話題で持ち切りのようだね。此の手の犯人は犯行声明を死体に反映させている。だから未だ続くだろうね…気づいて貰うまで」
『……太宰くん。私に隠し事をしていますね』
「ん? 何を? 私が君に隠し事なんて多すぎてどれか判らないな」
ご飯を咀嚼し乍ら太宰くんはにこにこと笑う。味噌汁を飲みお椀を机の上に置く。こういう時の太宰くんは何を訪ねても答えることはまずない。ならば質問をしても無意味ということ。だけど、彼の態度で解ったことはある……多分この連続吸血鬼殺人事件の犯人と私は何らかの関わりがある。彼はその犯人が私と接触を持つことを避けようとしている。それは何故か。きっとその犯人は私に都合が悪いか、彼に都合が悪いかのどちらかだ。前者も後者も無くはない事実。だけど現段階では断定はせずこのまま泳がせておこう。
『そうでした、太宰くん。昨晩女性から電話がありまして[そこに居るんでしょ変わりなさいよ。あたしからあの人を奪わないで]と熱烈な懇願届を受信しましたが……受領します?』
「しないでください」
『此のマンションはセキュリティーに特化していますが、少なからずあなたに懸想する人は住んでいるようですね』
漬物をポリポリ噛んでいると、玄関からドンドンと叩く音が聞こえ地を這い唸る声で「返して…返して…」と朝からとても熱烈歓迎ムードだ。
『玄関が壊れたら請求していいですか?』
「何でこの状況で普通にご飯食べられてるの」
『食後にお茶でも淹れましょうか』
「あ、うん。お願い」
『……恋とは倶ろしいのですね』
食器を流しに置き湯を沸かし、急須に茶葉を入れる。同じく食べ終えたのか食器を片づけにやってきた太宰くんと台所で再び並んだ。
「あれは特殊だけどね」
『それはあなたが不誠実だからでは』
「まあ、そうとも云うか。相手が求めている物を私が与え、私が求めている物を相手が与える関係、と私が勝手に思っているようだ。そろそろ迷惑だからお引き取り願おうかな」
『……それは』
「ん?」
『いえ、私は何時も与えられてばかりいるので。自分も返せたらと思うのですが…その値打ちに値するものを返せているのか判断尽きません。若しかすると全然足らずに借金を重ねているやもしれませんね』
湯が沸き、ポットから急須へ湯を注ぐ。茶葉を蒸らす為に蓋をし湯呑を食器棚から取る為、台座に乗る前に太宰くんが棚から湯呑を取り出した。
「君はいつもおつりが出ているよ。少なくとも私からはいつも返せない程のつりが出ている。だから借金をしているなら私が君に、だ」
『なら返済を要求しても?』
「無論構わないよ。私も返すつもりだ。だけど受け取ったその時は……君の総てを私に与えてくれ給え」
『図々しいですね』
「賢く生きなければやっていけないよ。ほらほら、お茶を淹れて。喉が渇いてしまった」
お茶を注ぎ、報道番組を視聴し乍ら私たちはのんびりと朝を過ごしていた。途中太宰くんは玄関の処理をすると云って出ていったが、物の数分で戻り再びリビングで寛いでいる。玄関からはもう音は聞こえない。洗濯機を回し掃除機をかけ粗方の片づけを終えて再びソファーに腰かけると、隣に腰かけた太宰くん。
「忙しないね」
『時間がある時しかしませんよ』
「そうか……でも何だかくすぐったいのだよ。こうして家で寝転んでいると君の足音が聞こえて、洗濯をしたり、洗い物をしたり、掃除をしたりしている君を眺めて――夫婦になった時のイメトレ通りで胸が熱い!」
『そのまま心肺停止して結構ですよ』
「あ、また非道いことを……でも同棲したらこうなのだと思うと矢張り悔しいね」
『……太宰くん』
「なに? 私の奥さん」
『出勤しなくていいのですか?』
部屋にかけている時計を指すと太宰くんはいい顔で「今日は休日だよ」と云った矢先に、太宰くんの携帯が鳴る。完全に出る気はないのか居留守を使用。鳴り止むと今度は私の携帯が鳴った。取ろうとした手を掴まれ出させない太宰くんの阻みを腕を「えい」と捻って背中へ回し膝で押し付けてから電話に出る。
『もしもし』
{ 色葉か!無事なんだろうな! }
『はい。大丈夫です』
「私がだいじょうぶじゃ、ないのだけれど、あ、ちょっと色葉ちゃん?」
{ そうか。今朝の朝刊は見たか! }
『いえ。今日は玄関に悩める女性が居りましたので新聞配達の方は怖くて逃げたそうなので、手元にありません』
{ どんな状況だそれは }
手を上げて太宰くんが液晶画面を指す。其方へ目を向けると電話の意図を読み、玄関へと立ち上がり鍵を取りさる。扉を開き携帯片手に息を切らした独歩くんの姿を一瞥。部屋へ招き入れると太宰くんの神妙な声が響いた。
「報道でもやってるよ国木田くん」
「太宰お前……襲ってないだろうな」
「昨日は厳重に縛られ吊るされ解けたのは朝方だから襲ってないよ残念だけど」
「触れはしたんだな」
「まあ、触るよね」
一先ず独歩くんは太宰くんの襟首を前後に揺らした。お茶の用意をして新しく三つ分淹れ直し三人で液晶画面を囲う。
「 事件現場です!ご覧ください。七階建ての建物が一夜にして消滅してしまいました!一部情報筋では消滅した建物はポートマフィアのフロント企業が入っており、構成員の事務所として使われて居たとの情報もあります。市警では敵対組織による襲撃の可能性もあると見て軍警に協力を要請しつつ――― 」
「【メッセージ】とは此れか」
「逆らう探偵社も用済みのマフィアも凡て消す か」
神妙な面持ちのふたりを観つつ私には何の情報もない以上、語れる事はないためお茶を啜った。
「色葉ちゃんは此処に残すから誰か此方に割きたい処だね」
「今単独行動させるのは避けたい。色葉には俺達と共に社に来た方が安全だ」
「国木田君。社に彼女を連れて行けば其れこそ戦禍に巻き込まれる。それにね。此の駒鳥さんは何処へでも囀る悪癖があるのだよ。閉じ込めるなら此処が理想的なんだ」
「太宰…こいつを拘束するな。お前にその権限はない」
『独歩くん。社長は?』
「今はいらっしゃるぞ」
『なら私は社に行きます』
太宰くんが何か云う前に立ち上がり自室から通勤用の鞄を手に、戻り独歩くんの手を取る。何が起こっているのか私には判らない。情報も無ければ何も知らされていない。ならばきっと何処にいても同じだ。
「色葉」
『何も訊きません。それに太宰くんが探偵社に行くなら其処が一番最適案なのでしょう』
「……そう云われてしまったら男として是しか言えないね……“任せ給え”」
身支度を整え玄関に鍵をかけ、昇降機に乗り込み降下する。
「車かい?」
「ああ。下に停車している」
「なら上乗。国木田君に運転は任せるよ」
「お前に運転させたら着く前に死ぬわ」
『では助手席に乗りますね』
「え!? 此処は仲良く後部座席に乗る処だよ色葉ちゃん」
『独歩くんが運転する時、助手席には私と相場は決まっているのです』
「なら私が運転しよう」
『独歩くんタクシー呼びますね』
「任せた」
「何なの君達のその団結の良さは」
結局、独歩くんが運転する車に乗り込み。助手席は私が、後部座席には太宰くんが乗り込み探偵社に遅めの出勤へと向かった。
物語を構築していくうえで無駄な話はひとつもない。これだけは云っておきますね。モンゴメリちゃんかわいいよ!大好きよ!与謝野先生もすき!鏡花ちゃんかわいい!次回、鏡花ちゃんとお散歩!!