特に話すこともなく木兎光太郎の隣を歩く。
普段から背の高いことはわかっていたつもりだけれど、隣に立つと自分との差がはっきりとわかった。ここら辺に頭がくるのだろうな、と予想していた高さは、しかし現実では見えるのは首だ。元々人の顔を見るタイプではなかったけれど、木兎光太郎の顔を見るのは早々に諦めた。ずっと見上げていたら首が痛くなる。
木兎光太郎はずっとひとりで楽しそうにしている。話の合間にただ頷くだけの私は、木兎光太郎の話を聞き流していた。よく話が飛ぶのだと理解してから、きちんと話を聞くことを諦めた。そうでなくても大抵がバレーの話をしているから、ルールすら知らない私にはつまらないものだった。
「あ、」
「あまねさん?」
たったひとつの小さな呟きを聞き取った木兎光太郎は、自分の話をやめて立ち止まる。流れるように私も立ち止まって、腰を少し曲げて目線を近くした木兎光太郎の金の瞳の奥に見えた人物に焦点を合わせる。
「ここまででいいよ」
「家このへん?」
「や、違うけど、大丈夫」
全体が薄らと赤く染まっている。白い服はそれがよくわかった。
「なんで? 家まで送る」
「本当に、大丈夫だから」
理由を話さない私に納得していないのだろう。首を傾げたまま、なぜかすんなりと解放してくれない木兎光太郎の奥に見える人物がこちらに気が付いた様子が見えた。
(あー……)
大丈夫だとは思っていても、この場面を見られたくはなかった。しかし私には木兎光太郎を押しのける力など持っていないので、近付いてくる人物の顔がはっきりと見えた時、諦めの息を吐き出した。
「どっか行きたいところでもあった?」
「……いや、違うけど」
「じゃあ最後まで送らせて! 前は一人にしちゃったから」
「まえ」
「アッ」
「いやいいよ。気にしないで」
木兎光太郎の言う前≠ニは、つまり、木兎光太郎が呪われた日のことだろう。そろそろ一か月が経つけれど、約束通り口にはしていない。忘れていなかったことは、今発覚したけれど。まあ呪われてしまったことを忘れろ、は無茶だろうな、とは思うので。出来事を知る人しかいない場所で出したのだから、木兎光太郎がそこまで気にすることでもない。
あからさまにしょんぼりしている木兎光太郎は、心なしか背が縮んだように見えた。
そんなことは、絶対にないけれども。背を丸めているからだろうか。
「ごめん」
「いいよ」
「沙羅」
硬い声が私の名前を呼ぶ。普段名字でしか呼ばれることの多い私の名前を呼ぶ人物は、だいたいが家族だった。中学の頃ならいざ知らず、高校ではまだ名前を呼び合うような関係を築いた人はいなかった。もとより、そこまで人と仲良くするつもりもないのだけれど。
木兎光太郎はおそらく私の名前を覚えていないのだろう。名字でだって読み方を聞いてきたぐらいだから、名前の読みもわかっていないだけかもしれないけれど。それでも自分たちに向かって声を投げられた事を理解しているらしい木兎光太郎は、声の主に顔を向けた。
「え、じいさん誰?」
「おまえが誰だよ」
(めんどくさい)
きょとんとしている木兎光太郎を睨みつけるように見ているのは、外見だけを見ると五十歳ぐらいの男だった。実際の年齢はとっくに六十を超えており、昔から実年齢よりも若くみられることが多かった。やけに攻撃的でお堅い口調であることも関係しているのだとは思う。が、やはりその見た目だろう。毛根が死んでいるわけでもなく、髪が真っ白であるわけでもない。染めているわけではないし、比率では白髪の方が多くはあるけれど。
「沙羅って誰?」
「…………私、だけど」
「え!? あまねさんって沙羅って名前?」
「……そうだよ」
「なんでこのじいさんあまねさんの名前知ってんの?」
「……この人、私のおじいちゃん」
「おじいちゃん!?」
大袈裟なほどのリアクション。しかしただでさえ大きな目を零れるほど見開いているのを見るに、本気で驚いているのだろう。
頭を抱えそうになるけれど、いざそうするとまた木兎光太郎からの反応が大きくなりそうなので我慢する。これ以上場が混沌に落とされるのは避けたかった。ただでさえ木兎光太郎と並んで歩いているところを身内に見られているのに。
「おじいちゃん、この人はクラスメイトだよ。テスト勉強してた」
「ほーん?」
見定めるような目が、木兎光太郎に晒される。
なぜか本人よりも居心地を悪くしてしまった私は、二人から視線を逸らす。祖父の歩いてきた方には踏み切りが存在しており、黒と黄色で彩られた棒がゆっくりと降りてくる。カンカンと耳が痛くなるような音を鳴らしている。車が停止線の手前で止まって、自転車が急げと通り抜けていく様子を眺めた。
(ただのクラスメイトをおじいちゃんに紹介する日が来るとは思わなかったな……)