「そう言うわけだから、ここまでで大丈夫だよ。わざわざありがとうね」
「ん! わかった! 気を付けて帰れよー」
当たり障りない言葉を並べただけだった。この場に祖父がいなければこんなことは言っていないだろうと思う。祖父はこちらを一瞥したあと、木兎光太郎を見た。
「……坊主も気を付けて帰れよ」
「おう! 心配あんがと!」
「敬語を使えスポーツ少年が」
大きく腕を振って背中を向けた木兎光太郎に向かって呟かれた小さな言葉に、首を傾げることはしなかった。それが当たり前だと思ったから。
背後から電車の通る音が聞こえる。車輪が線路を走っている音と、大きな箱が揺れる音。
――祖父に木兎光太郎のことを話したことはない。当然だ。ただのクラスメイトで、偶然席が隣になっただけの、関係。隣の席になったがゆえに勉強を教えることにはなってしまったけれど、深い関係になった覚えはない。たった一度、命を助けはしたけれど。
木兎光太郎も私も制服姿だ。普段どのような服装で木兎光太郎が家路についているかは知らないが、少なくとも、今の木兎光太郎の服装や持ち物を見てスポーツ少年≠ニいう言葉は出てこない。体格や背格好で判断ができなくもないが――少なくとも、木兎光太郎はただの高校生だった。
「……おじいちゃん」
「数珠」
「うん、そう。言った方がよかった?」
「構わん」
「……そっか」
言葉少なに会話をしていく。
とっくに木兎光太郎の姿は見えなくなっていたし、それは私たちが背を向けたからでもあった。
電車の通り過ぎた踏切は既にいろんなものが通っている。止まっていた車は動き出し、後からやってきた自転車も多くが横切っていた。次が来てしまう前に私たちも渡るべきだろう。都会の電車はすぐにやってくる。
なぜか立ち止まった祖父のことを呼んだ。沙羅、と祖父が私を呼ぶ。
横切る通行人が、歩道の真ん中で動かない私たちを迷惑そうな顔をして見ては通り過ぎて行った。
「あいつの、名前は」
「……木兎光太郎のこと?」
「木兎光太郎、か」
「それがどうしたの」
前を向いていた祖父の双眼がこちらを向いた。三白眼はただでさえ睨まれているように感じるが、祖父にそんなちもりはないのだろう。ただ、目力が強すぎるだけで。
「沙羅」
「……なに?」
「気を付けろ」
「なにが」
「あいつは、――」
カンカンカン。
辺りを響かせる警報音。
ゆっくり降りていく、危険信号。
「おじちゃ、」
「……帰るか」
掻き消された言葉は、聞くことができなかった。