期末テストが開始されるまで残された期間はもう少なくなっている。相変わらず木兎光太郎は勉強を教えてくれと頼んでくるし、そして私のことを警戒している木葉秋紀もついてくる。その状況に慣れ始めている自分がいるのが、どこか嫌だった。
この場に馴染んでしまっている自分を客観的に考えて、早くテストが終わればいいのにと願う。
テストが終われば夏休みが始まって登校することもなくなる。そうすれば木兎光太郎と関わるとこもなくなって、あとは夏休み明けに席替えがあることを願うだけだ。
「俺かしこくなった気がする!」
「……それはよかったね」
「あまねさんのおかげ!」
ニコニコと満足気に笑っている木兎光太郎の手元に置かれた、開いているワークはもうすぐ指定されたページまで届きそうだった。
「木兎お前中間ときよりもやる気出てんじゃねぇか」
「だってあまねさんの話わかりやすいもん」
「俺の話がわかりにくいって? もう教えてやんねーぞ」
「え!? 木葉ごめん!!」
「喧嘩するなら帰っていい」
「ダメー!!」
一度話を始めたら一気に騒がしくなる教室は、テスト期間が始まってから私たち以外の生徒が不在となる。みんな真面目に勉強するために帰宅しているのか――教室は木兎光太郎がいるため、とてもじゃないが集中できない――ただ単に早く帰りたいのか、どこか遊びに出かけているのか。真偽は不明であるが、人のいない教室は好きだった。
毎日同じ時間に同じことを繰り返すと、体内時計はそれに適応してくる。
木兎光太郎の集中力が切れる時、それはテスト期間中にだけ設けられた最終下校時刻が迫ってきている時だった。
今日も今日とて送ると言う木兎光太郎に断りを入れる。食い下がられたけれど寄るところがあると言えば大人しく引き下がってくれた。強く出るところと簡単に引き下がるところの線引きが上手い男だった。
「あまねさんまた明日!!」
「うん、また明日」
木葉秋紀とは特に言葉を交わさなかった。必要がないと思ったし、そこまでの仲ではない。木兎光太郎もそうだと言えばそうなのだけれど、なんせ人懐っこいので返しているだけだ。
「あ、来た来た。木兎の勉強の調子はどー?」
「……そこそこなんじゃないかな」
人が一気に増える商店街を抜けた先に、制服姿で立っていた猿杙に声をかけられた。その先には例の踏切が存在している。猿杙越しに踏切を見ても、やっぱり言われた姿の死者なんて存在していない。
「本当にいるの」
「いるいる」
猿杙に案内されるまま後ろをついていく。
万が一騙されているとしてもここは人通りのある場所だし、木兎の友人であるなら大丈夫だろう、と思う。友人の前には多分の言葉がつくけれど。
進むにつれて立ち止まっている人が増える。黒と黄色の棒は既に下がりきった後で、電車が通るのを待っている。警告音が近付くにつれ大きく頭に木霊する。
踏切が上がるのを待っている群れに混ざって立ち止まった。周囲を確認してみても知っている特徴をした死者はどこにもいない。少なくとも私が確認できる範囲には存在していない。人の群れに混ざった死者は、ちらほらいるけれど。
「――あれ、」
「どうしたの」
小さく呟かれた言葉に反応する。横に並んでいる猿杙を見上げると、笑っている印象は消えた。
ある一点を見つめている猿杙の表情はいたって真剣で。学校内で見ていたものとはとてもじゃないが同じとは言えなかった。
「……いない」
「は?」
「なんで、いない」
「……だから言ったでしょう。最初からいないの」
少なくとも私と同じ服装をした茶髪のボブの女の子なんて、この場には存在しないのだ。最初からそう言っているにも関わらず、猿杙の声は困惑の色に濡れている。
猿杙の家がどちらの方面であるかは知らないが、この踏切を知っているということはだいたいの方角が同じなのだろう。目で追いきれない速度で通り過ぎて行った目の前の電車を見送って、ゆっくりと揺れながら上がる棒。上がりきる前に動き出す人に混ざろうと一歩踏み出そうとして、できなかった。
「いなかったでしょ。帰らせて」
腕を引っ張られる感覚に顔を顰めた。何度も電車が通り過ぎていく様子を眺める趣味なんてないのだ。だから早く帰らせてほしい。ただでさえ木兎光太郎を相手に勉強を教えていて自分の勉強が遅れているのだから。
「……さっきまで、いた」
「それ、本当?」
「うん、いたよ、普さんが来るまでは」
視線を外して線路を見る。人々が何と無しに通り過ぎている踏切は、どこにも違和感があるようには思えなかった。見える人が違うだけでいつもと何も変わりがない。私が高校に入学してから、何も変わっていない。
「……明日のいつでもいいから、朝に通った時はいたのか私に教えて」
「…………うん」
誰もがなにも気にせずに通っていく。いつ次の電車がやってくるのかわからず急いでいる人がほとんどだった。
(――あれ?)
ふと胸をかすめた違和感は、すぐに消えた。