踏切の向こう側
 梟谷学園の生徒が一人亡くなったと知ったのは、七月に入って一周目の木曜日のことだった。
 誰が、と名前を言うことはなかったが、担任がひどく悲しそうに知らせてくれたはまだ記憶に新しい。うちのクラスでは減った人がいないから、別のクラスであろうことは簡単に予想がつく。私がそうだと言うことは、誰もがそうなのだろう。休み時間を迎える度に隣のクラスへ、またその隣のクラスへと顔を覗かせて、誰が亡くなったのか興味本位で突き止めようとしていた。結局突き止められたのかどうかはわからない。少なくとも、私の耳には特定の名前は入ってこなかった。
 しばらくはその話題で持ち切りだったクラスも、学校も、一週間も経てば完全に忘れ去られていた。新しい話題に掻き消されたとも言う。
 七月は、学生にとって待ち遠しくもある夏休みが開始する月だ。
 ただ、その前には期末テストが待っている。
 高校生になってから初めての期末テストは、言うてそこまで難易度の高いものじゃない。中学の復習と、約三ヶ月で習ったことだけ。範囲としては毎日きちんと授業を聞いていれば問題がないはずだし、教師だってそこまで鬼でもないだろう。
 二年、三年と違って担当教師の癖がわからないけれど、余程難解な問題は出してこないはずだ。
 だからクラスメイトだって、テストが嫌だとか、勉強が出来ていないだとか。そう嘆いていたって、その顔にはどこか余裕が見える。――のに。
「あまねさん……!」
 月が変わっても変わらず隣の席にいる木兎光太郎は、朝のホームルームで期末テストのスケジュールが配られてからずっとそわそわと落ち着かない様子だった。ついに話しかけて来たな、と思ったのは、そわそわしながらもこちらにずっと視線を送っていたからだった。
「…………何」
「あまねさんって勉強できる!?」
「……そこそこ。普通だと思うよ」
 ぱっと表情が明るくなった木兎光太郎から視線を逸らす。次に言われる言葉がなんとなく予想出来てしまって、何も聞かなかった事にしたいけれど、木兎光太郎の目がそれを許さなかった。
「勉強教えてください……!!」
 ぱちん! 手を合わせて頭を下げる木兎光太郎に、ため息が零れた。
 高校生活の中でまだ優しいテスト範囲。全然難しくなんかないだろうに、どうして人に頼まなければいけないのか――そんなの、授業中にずっとヨダレを垂らして眠っているからに違いない。
(なんで私)
 私が知る限り一人、同じ歳の友人がいるではないか。木葉秋紀はどうしたのだろう。違うクラスとは言えど、テスト範囲は同じはずだけれど。
「……中間の時は、どうしたの」
「木葉に教えてもらった!」
「今回もそうすれば」
「中間教えたんだから期末ぐらい自分でなんとかしろ!≠チて怒られた!」
 それは、とても、そう。
 既に顔を上げている木兎光太郎の目は、ひどいぐらいに純粋さを保っていた。向けられているこちら側からすればいっそ目眩がしてくる。
「そもそもきみ、受験はどうだったの」
「? 俺推薦だよ」
「………………ああ、そう」
 首を傾げて当たり前のように言われても、そもそも推薦で高校に進学している方が少ないと教えた方が良いのだろうか。そこまで無知な男なのだろうか、木兎光太郎は。
「お願い! ……ダメ?」
「……なんで私」
 心の中に留めていた疑問を口にする。木兎光太郎は、至って普通に、なんて事ないように、私の疑問に答えた。
「あまねさん優しいから、教えてくんないかなって」
 強く断れば、きっと木兎光太郎は折れる。木葉秋紀に対してそうだったように、私に対してもそうだろう。私が木兎光太郎にそこまでをする義理はどこにも無いし、断ったって何もおかしい事は無い。
 おかしい事は、ない。
「…………………………教えられる範囲だけ、なら」
「マジ!? ありがと!!」
 結局折れてしまうのは、木兎光太郎の目がやけに力強かったからだと、言わせて欲しい。
(私のは優しさじゃなくて、ただ、押しに弱いだけな気がする……)