揺蕩う朝に



「やっぱりここにいたのか」


聞き慣れた声に、ゆっくりと閉じていた目を開けば、太陽の光を遮るように立ってこちらを見下ろしている鉢屋三郎がいた。
顔は、今日も完璧に不破雷蔵だったけれど、不破雷蔵ではないと確信を持って言える。長い間共にすごしてきたこの関係性は、どうしてもお互いの表情に出てしまうものだ。私を見つめるこの鉢屋の目を真似できる人間はきっといない。仕方なさそうに細められたそれは、私に対する情を確かに感じるそんな目だった。
まぁまず、声からしてそうだし、何よりこんな所まで私を探しに来る忍たまは鉢屋くらいなので、こんな説明も不要なくらい、彼はたしかに鉢屋三郎なのだけど。

たまたま見つけた、裏裏山の夏のお花畑。周りの木々がちょうど枝を伸ばさなかったおかげで太陽の光がスポットライトのように降り注ぐそこは、まるで花達の舞台だった。だというのに、奥まった場所にあるせいか誰かが見に来ているところを見たことは無い。
勿体ないなと思いつつ、隙間の芝に寝転んで、そこで1人でのんびりと一日を過ごすのが最近の私の休日の日課だった。「露子ちゃんは1年生みたいだねぇ」と、友人は笑って町に出かけていったが、鉢屋は三回に一回程度の割合で、そんな私の様子を見にやってきた。


「最近は休日の度にここにいるみたいだが、お前、本当によく飽きないな」

「鉢屋こそまた私のこと探しに来てくれるなんて、飽きないんだね」

「なんだと?お前が“一緒に美味いものでも”とこの前言っていたからたまには私から誘ってやろうとわざわざ探し回り、ここで呑気に寝転んでいるお前を発見した時の私の気持ちを考えて、それでもまだそんな軽口を言うのか?」

「そうだった。ありがとう鉢屋」

「……はぁ、まあいい」


やれやれ、という顔のまま、鉢屋は私の隣にゴロンと横になった。彼に遮られていた太陽の光が再び私の元に降り注いで、眩しくて目を閉じる。瞼の裏は赤い。木陰で寝れば眩しくないんだろうけど、私はやっぱりこのままがよかった。
花畑のど真ん中で、太陽の光をいっぱいに浴びて昼寝をする。それは今、私にとって何よりも重要なことだった。誰がなんと言ってもそうなんだから仕方がない。
鳥の囀り、頬を撫でる風、花の香り。全身で裏裏山の自然の美しさを感じながらじっと目を閉じていたら、隣の鉢屋がああ、とか唸りながら一人ぼやき始める。


「来年の今頃は、早ければ進路も決まってるんだろうな」

「ねー」

「お前はやっぱりくのいちになるんだろう」

「鉢屋も忍者になるんでしょう」

「当たり前だろ」

「じゃあ私も当たり前」


風に吹かれてやってきた雲が太陽の光を遮ったので、私は目を開けて、今度は空を飛んでいる鳥をぼんやり目で追いかけた。
鉢屋はそのあともしばらく未来の話をしていて、私はああ、とか、そうかも、とか頷きながら、あまり考えすぎるのもなぁ。とつい思ってしまう。


「ちゃんと聞いているか?お前のことを話しているんだぞ」

「聞いてる聞いてる」

「はぁ……今から卒業後が思いやられるな」


ため息を吐く鉢屋が、一体何をそんなに心配しているのかわからなかった。きっと、心配してもしなくても、なるようになる。

そう言おうと鉢屋の方へ顔を向けて、私は一瞬動きをとめた。それからすぐムクリと起き上がって、目を閉じる鉢屋の顔をまじまじと見つめる。
片目をあけて、なんだ、と言いたげに私を見上げる鉢屋に、私は思わずふふふと笑った。それから、いつの間にか伸ばしかけていたらしい右手で、彼の頬を指さした。


「花の影」

「……は、」

「きれい」


そう言うと、鉢屋は両目を見開いた。その顔を見て、私は幸福を感じて目を細める。そうして、すっかりなんの話しをしていたのか忘れてしまった私は、再びゴロンと寝転んだ。
鉢屋の驚いた顔を見るのが好きだった。私とあなたはこんなにも違うけれど、それでも、一緒にいるのはこんなにも心地よい。しあわせだった。美しい景色の中に鉢屋がいることで、世界がいっそう美しかった。この思い出があれば、私は頑張れる。この学園に入って得たものは、決して仕事の術だけじゃなくて、そういう私の人生に与える勇気だ。

あたたかい。瞼を透過する日差しがまぶしい。私はこの感覚を忘れまいと、頭に刻みつけるように大きく吸い込んだ。


「……露子」

「?」

「あまり、遠くへ行ってくれるなよ」


腕で目を隠しながらそう言った鉢屋の髪が、陽の光を浴びてきらきらときれいだった。初夏の風が、私たちを包み込むように吹いている。

191117
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