4週目。その日は朝から曇り空で、じめじめとした湿気の多い日だった。最近は暑さもピークで、電車で学校の最寄りまで行ってそこから学校に向かうだけでもう汗びっしょり。夏は好きでも暑さにはやっぱりイライラしてしまうので、曇りの日には例えジメジメしていようが多少救われる。
その日、私はまたあの夢を見た。幼い頃から繰り返す、あのお花畑の夢は、鉢屋と夏の冒険を始めた日に見たのが最後だったっけ。
目が覚めた私は、やわらかなお花畑と、あの日の鉢屋の眩しく反射する白い開襟シャツを思い出して、なんだかやっぱり不思議な心地だった。
空は曇っているが、考え無しの私には雨が降るなんて考えは全くなかった。傘も持たずに家を出て、バスに乗り、電車に乗り、学校への道を歩く。休み特有の、僅かばかり開いている校門を通り抜けるのにも慣れた。
そうして、もう少しで昇降口という所で、ぴちょん、と顔に水がかかった。ん?と思って空を見上げた瞬間、ドッとバケツをひっくり返したような雨が降ってきて、私はわぁと声を上げて昇降口に駆け込む。それから振り返った私は、どしゃ降りの雨と、鼻腔をくすぐる独特の匂いに、ほう、とため息を吐いた。
「雨のにおい……」
入口に寄り掛かり、校庭を眺める。
そうしているうちに、外に飛び出したくなってきた。この中を駆け回り踊ったら、どんなに気持ちいいだろう。
そう思った私は、フラフラと外へ一歩踏み出そうとした。その時だ。背後で、すう、と息を吸い込む音がした。そして、
「───コラ!お前、何しとるんだ!!」
「わっ!!」
先生の声だった。また怒られる、と思ってびっくりして、ごめんなさいの顔を作りながら慌てて振り返る。いたのは、にやにや笑った鉢屋だった。
「鉢屋……今の、鉢屋の声?」
「ああ、そうだ。見事に引っかかったな」
そう言った鉢屋は、私の横に立って外を眺める。それから、はあ、とかすごいな、とかなんとか感嘆を吐いて、私を見ずに言った。
「ひどい雨だ。これじゃあ予定してた外掃除は無理だな」
「止んでも?」
「今日はやんでもまたすぐ降るって予報だっただろう」
「そうなの?」
「ああそうだ。来ないでおいた方が賢明だったな」
「来ないなんて選択肢あったの」
「決まってるだろう。今の時期、先生だってほとんどお休みだ。間違いなく今日はあいつ来てないぞ」
あいつ、というのは私達に掃除を命じた先生のことだろう。あれさえいなければ、確かに来なくても誰も文句は言わない。毎日掃除に来る私たちを、ほかの先生は関心する、とか、たまには休んで遊びに行けよ、とか言ってくれていた。
「じゃあ来なきゃよかったのに」
「まぁな。でもお前は来そうだと思ったから、俺も来てみた。すると、やっぱりお前はこうして傘も持たずにやって来たじゃないか」
予想が当たってよかったよ。
そう言って私を見下ろした鉢屋の顔は、何だかいつもより晴れやかにみえた。否、晴れやかとは少し違う。なんだろう、でも、何かをしようというような、しなければいけないというような、前向きな決意と熱意を感じる目をしていた。鉢屋はやっぱりよくわからない。目的である掃除もできないこんな日に、いつもは気だるげな顔してるくせに。雨が好きなのかな。それなら気が合う。私も好きだ。
「英語のワークでもやるか」
そう言った鉢屋は、雨を眺める私の前に立ちはだかって、くるりと向きを変えさせると私の背中を軽く押した。
肩に触れた鉢屋の両手に、私は何かを思い出しそうになったが、恐らくずっと昔のことだろうし、結局鉢屋には関係なさそうなことなので、今はいいやと思い出すのをやめた。
190131
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