うわさの人


三木ヱ門の心配したとおりになってしまった。
乱太郎達と"今後訪れるであろう厄介な事案"について健闘を祈り合った後、三木ヱ門が滝夜叉丸を発見した時にはもう、滝夜叉丸はそれはそれは御機嫌で、踊るように三木ヱ門の前にやってきてぐだぐだと自惚れトークを始めた。
その舞い上がり様にうげ、と思った三木ヱ門が、気持ち悪いとか、聞いてないぞばか、とか喧嘩をふっかけても聞いちゃいない。いつも通りだが、いつもよりもっと自惚れる滝夜叉丸に、初めはいつものように対抗していた三木ヱ門も珍しくその場を去るしかなかった。まったく話にならない。
小夜子と滝夜叉丸は、おそらくコンタクトをとったのだろう。そして小夜子は、滝夜叉丸が調子に乗るようなことを言ったに違いない。三木ヱ門はそう確信し、はあとため息を吐いて額を抑えた。

それから滝夜叉丸は毎日ずっとにこにこで、授業中もにこにこ、ご飯を食べる時もにこにこ、同室の綾部喜八郎曰く、眠る前もにこにこ。得意の戦輪もいつもに増して絶好調。明らかに調子に乗っている。普段から饒舌だが、上機嫌が手助けして、自慢話はいつもの5割増だ。考えてみてほしい。普段から100%にめんどくさい話が、5割増しだ。今後を思うと気が遠くなる。


そして、事が起きてから3日ほどたったある日。
食堂にやってきた乱太郎きり丸しんベヱは、食堂のど真ん中で大声で自慢話を繰り広げる滝夜叉丸を発見し、思わずげっと顔を顰めた。


「げ〜!滝夜叉丸先輩だ」

「噂通りみたいだね」

「はやく食べて遊びに行こう…」


3人は食堂のおばちゃんから定食を受け取り、いそいそと端の席につく。
滝夜叉丸はその間もずっと騒がしく自慢話を続けており、周りの生徒はチラチラとそちらを気にしたり、迷惑そうに顔を顰めたりしていた。
しかし、滝夜叉丸と同じ食卓で彼を囲むように座る当の四年生達はすまし顔で食事に集中している。乱太郎たちは三木ヱ門と目が合ったが、三木ヱ門は肩を竦めて首を横に振っただけですぐ食事に戻ってしまった。どうやら彼らは諦めて無視することにしたらしい。乱太郎たちは思わず乾いた笑いを漏らした。
そんな時だった。


「佳川小夜子ッ!」


突然、滝夜叉丸の明るくよく通る声が入口に向かってその名を呼んだ。うわさのくのたまの名前に乱太郎たちは思わずばっ!と食堂の出入口に目を向ける。それは、うわさを知らない他の生徒も同じだった。

そこに立っていたくのたま─────佳川小夜子は、たくさんの視線を一身に受けて、目を見開きぽかんとしていた。それから遅れて「えっ?」と声を漏らし半歩後ろに下がる。一見して、普通のくのたまだった。彼女の人間らしい反応から、うわさの変わり者、という雰囲気はあまり感じられない。
興味津々だった生徒たちが逆にぽかんとする中、少女は気まずそうに少し髪をいじったあと、首を傾げた。


「やぁ、一体なんの騒ぎだろうね…………ってまたいない」


自分の背後に向かってそっと囁くように声をかけた小夜子は、一緒に食堂まで談笑しながら歩いてきたはずの友人が忽然と姿を消していることに気がつき、首を捻った。
小夜子だって四年生のくのたまだ。気配に疎いわけでは決してないというのに、まったく彼女ときたらくのたまの鑑だなぁ。と小夜子は感心して、ひとつ頷くと、前へ向き直る。それから、自分の方に元気よく向かってくる滝夜叉丸を見つけておや、と声を漏らした。


「平滝夜叉丸。こんにちは。食事はもう済んだのか?」

「とっくにな。彼奴らが遅すぎるんだ」


そう言って肩を竦めた滝夜叉丸に、「先に行ってていいよぉ〜」と間延びした声で言ったのは綾部喜八郎だ。しかし、滝夜叉丸はそうはせず、もう一度肩を竦めてみせた。
それから滝夜叉丸は、おばちゃんにAランチをお願いする小夜子の隣を着いて歩きながら、先程も話していた自慢話をまた1から始める。誰もがうげ、と思う中、小夜子は相槌を打ちながら、時折じっと滝夜叉丸を眺め、黙って話を聞いていた。
席につき、いただきますをし、その間も続く滝夜叉丸のぐだぐだと長い話に、嫌な顔ひとつしない。小夜子が食事を終えた頃、ようやく話を終えた滝夜叉丸に、小夜子はごちそうさまでしたの後に「なるほど」と一言。滝夜叉丸はそんな彼女の様子に、一瞬ソワソワもじもじしたあと、ばん!と机から身を乗り出した。


「さあ、私のこの素晴らしい話を聞いてどう思う!?佳川小夜子!!」


そう尋ねた滝夜叉丸は、少し緊張したような顔をしている。小夜子は一瞬きょとんとして、それから、ふっと穏やかに笑って、一言。


「今日も美しいな、平滝夜叉丸」


好奇心から一部始終を見守っていた乱太郎たちは、その瞬間思わずワーーッッと声を上げた。そして、その声に驚いた二人がこちらを向く前に急いでごちそうさまをして、一目散に食堂を駆け出した。三木ヱ門たち4年生はというと、とっくの昔に食堂から居なくなっていた。

修正:200627