賑やかなお客様
あの日。友人と他愛もない談笑をしながら歩いていたら、目の前に突然滝夜叉丸が立ちはだかったときは、同級生に冷静沈着と言われる小夜子も身に覚えが無さすぎて困惑したものだ。加えて、小夜子の名前を呼び「探したぞ」なんて言ったくせに、用件どころかそれ以上一言も発さずに固まってしまったのだから、不可解にも程がある。
小夜子は首をかしげ、固まって動かない滝夜叉丸をしばらく見守っていたが、動く気配がないのでもう一度今度は反対に首をかしげた。すると、ようやくはっとした滝夜叉丸は、今度は突然身を乗り出し小夜子の顔を覗き込むようにして、僅かに緊張した表情で言った。
「う、美しい人とは私のことか?」
「え?うん」
「私は、美しいか!?」
「うん、美しいよ、平滝夜叉丸」
小夜子がはっきりと、わかりやすく名前までつけてそう言えば、滝夜叉丸は再び固まった。それからしばらくして、花が咲いたようにぱぁっとだらしなく口元を緩ませて笑ったのだった。
あまりにも嬉しそうな笑みだったので、それを見た小夜子も思わず微笑めば、彼は「握手してやろう」と手を差し出してきた。
小夜子がそれに応えようと手を伸ばすと、それをすばやく両手で掴んでぶんぶんと上下に振る。それからまた満足気にふふふと笑って、嬉しそうにスキップをして去っていった。
結局用件は何も言わずに行ってしまった滝夜叉丸に、小夜子は沢山のクエスチョンマークを頭上に浮かべながらも、ひらひらと手を振って見送った。
それから「なんだったんだろうね」と隣を向いたが、友人は忽然と姿を消しており、小夜子は仕方なく1人で食堂に向かった。
その日を境に、小夜子の生活は少々騒がしいものとなる。
「小夜子、最近来客が多いと思わない?」
「ああ、本当に。」
友人の言葉に小夜子は頷いて、ふう、と溜め息を吐いた。
井桁模様の忍装束を纏ったまだ小さなたまごたちが小夜子の元に現れてわーわーと何か訴えるようになったのは、滝夜叉丸が声をかけてきて数日程だった頃からだっただろうか。
はじめ、わーっ!!とひとかたまりになってやってきたかと思えば全員が同時に喋るので、小夜子はその訴えをほとんど聞き取ることができなかった。「では、よろしくお願いします!」最後に誰かがそう言って、彼らはひとかたまりのまま嵐のように去ろうとしたのだが──────
しかし、真面目な小夜子は、彼らをそのまま見送ることはしなかった。華麗にジャンプして1年生たちの前に立ちはだかると、小夜子の予想外の行動にぶるぶる震える彼らに向かって「聞こえないから、整列してくれ」と言った。
「では、1人目。私は佳川小夜子だ。貴方は?」
「猪名寺乱太郎です!」
「用件を聞こう」
「滝夜叉丸先輩を褒めるの、やめていただけますか!」
……そんなやり取りが、全く同じように11人分行われたのを思い出して、小夜子は肩を竦めた。どうやら彼らは、食堂でのあの出来事を機にクラスで話し合いをし、その結果、結託して小夜子に抗議に来ることに決めたらしい。それほど我慢できないと。
そう言われても、小夜子は彼を特段褒めたつもりはなかったし、小夜子から褒めに行っている訳でも無い。そもそも話題の中心である平滝夜叉丸があの日以来小夜子を見つける度に声をかけてくること自体が、小夜子にとって最大の謎なのだ。しかも、特別用事がある様子もなく、彼は一通り話すと満足気に去っていく。何度話しても肝心の用件を言うことはなかった。
「何の用なんだろう」
「多分、いえ、絶対用なんてないわよアイツ」
「謎だな」
「佳川小夜子!」
小夜子をフルネームで呼ぶ、噂をすればなんとやらな声がして、小夜子がはっとしたのと同時に隣を歩いていた友人が消える。最近お馴染みの流れだ。
彼女は優秀なくのいちになるだろうな、と感心しながら見送り、小夜子は振り返った。その先にいる滝夜叉丸は、今日も生き生きとした顔をしている。小夜子は首を捻りながらも、そんな彼に丁寧に挨拶をした。まぁいいか。今日も美しい人を間近で見れるのは運がいいしな。と、そんな思いが何よりの原因とも知らずに。
190411