その罪は誰のものか


小夜子が授業で使った手裏剣を片付けるために用具倉庫へ向かっていると、前方からがらがらと何か台車を引くような音がした。小夜子が顔を上げれば、いつものように石火矢(彼はユリコと呼んでいる)を引いている田村三木ヱ門が、小夜子を見つけてあ、と言って足を止めた。


「田村三木ヱ門、こんにちは」


そう挨拶して平然と通り過ぎようとした小夜子の前に、ちょっと待て、と言って三木ヱ門は立ち塞がる。そうしてジト目で見つめてくるので、小夜子もんん?と顔を顰めた。


「なんだその顔は」

「佳川、お前また滝夜叉丸を褒めただろう」

「またそのことか。来る者皆に言っているんだが、私は別に、自分から行ってるわけじゃないよ。まして褒めているつもりもない」


手裏剣の箱を抱え直しながら小夜子はそう言う。そんな小夜子の後ろ側、遠くの方から乱太郎きり丸しんベヱがやって来るのが見えた。……こういう時必ず現れるんだよなぁ、この3人組は。三木ヱ門は少し離れた場所から様子を見守る彼らを横目で見ながら、その好奇心と野次馬精神にもう何度目かの感心のような、呆れのようなものを覚えた。それから、肩を竦めて小夜子に言う。


「美しい人、と呼ぶのが褒めてないとでも?」

「本当のことを言っているだけだ。彼が美しいというのは、世辞でも賛辞でもない。事実だ」


はっきりとした口調で、恥ずかしげもなくそう言ってのけた小夜子に、三木ヱ門は固まる。そんな三木ヱ門に対し、小夜子はまるで追い打ちをかけるかのようにぺらぺらと話し出した。


「後ろ姿だけだって、遠巻きに見たって、雑踏の中にいたってわかる。彼は飛び抜けているからな。あの風に靡く美しい髪を見たか?形のいい眉を、露の乗るような長い睫毛を、その奥のきらきらと透き通った琥珀のような瞳を見たか?あの恐ろしく整った面を、同級生の忍たまである貴方の方がきっとよく見ているはずだ。あまりの美しさに、私はたまにぞっとするが──────」

「佳川!もういい!具合が悪くなってきた……」

「え?」


頭を抑え、「ユリコ〜〜お前ももう嫌だよな〜?」と甘えるように名を呼びながら、クラクラとユリコに凭れかかった三木ヱ門に小夜子は手裏剣の箱を地面において、大丈夫か?と心配そうに声を掛ける。そこでようやく、小夜子はこちらをキッと敵視するように見ている乱太郎きり丸しんベヱに気がついた。


「……何か?」

「もう!なんで滝夜叉丸先輩のいい所なんか聞かなきゃいけないんすか!」

「私達滝夜叉丸先輩本人からじゅーーーぶん聞いてます!!」

「失礼します!!」

「ええ……?」


いつの間にか勝手に側までやってきていたかと思えば、プリプリ怒って去っていった3人組に、流石の小夜子も困惑する。
それから少し考えて、成程、と思った。噂の彼、平滝夜叉丸という男は、成績優秀で容姿端麗であるだけではなくかなりの自惚れ屋だという。その噂は、小夜子だって耳にしたことくらいあった。


「成程。話したがりなんだな、彼は」


それで1年生のあの反応なのか。それで、美しいという言葉にあまり慣れていない様子だったのか。
小夜子がひとり納得し頷いていると、三木ヱ門はきらきらと目を輝かせながら小夜子を見上げて言った。


「わかってくれたか……!」

「しかし何故、突然私に気づいたんだろう」

「え?いや…それはいつそうなったって可笑しくなかっただろ。佳川はずっと、滝夜叉丸を見て、堂々と滝夜叉丸を褒めていたじゃないか」


小夜子の視線は、確かに静かで、忍らしく自然だった。まるで風景でも見るようなその視線に、特別な熱は感じられなかった。ふと、流れるように滝夜叉丸を見る様子を、三木ヱ門は何度も見ている。
それでもだ。それにしたって3年以上続けば、気づかれるのは時間の問題だろう。滝夜叉丸が今まで気づかなかったのは、邪険にされすぎて自惚れることに精一杯で、まさか自分を見つめ続ける存在が、しかもくのたまがいるなんて思いもよらなかったからだと三木ヱ門は考えている。

だけどあの日は。悪戯な春風が、彼女の声を滝夜叉丸の耳に運んでしまったのだ。


「それに、誰に聞いたんだろうな。私の名前なんて」


小夜子の純粋なその疑問に、三木ヱ門はぎくりと言葉を詰まらせた。
​─────実は、散々被害者面をしていた三木ヱ門には誰にも言っていない秘密があった。小夜子の、滝夜叉丸を賛美する声を初めて拾った滝夜叉丸は、三木ヱ門にこう問いかけていたのだ。​「三木ヱ門、あのくのたまを知っているか?」と。
そして、彼女と付き合いのあった三木ヱ門はごく自然に彼女の名前を口にした。

三木ヱ門が彼女の存在を伝えた訳では無い。
しかし言えない。小夜子に文句を垂れておいて───────実は自分が口を滑らせて名前を教えてしまいました、なんて。そんなこと知れたら一年達はなんと言うか。
三木ヱ門は、何とか絞り出すように「さぁ、誰だろうなあ」と言ったが、その声はかなりぎこちないものだった。意外と嘘が下手な男である。

190505