其処に答えは無い




私はくのいち教室の生徒の中で、成績上位の優等生だ。
冒頭から自慢話のようで恐れ入るけれど、これは決してただの自惚れじゃあない。事実に基づいた自己評価なのだ。私の試験成績は実技も教科もいつだって満点、そうじゃなくても基本9割越えだし、その為の予習復習も日々欠かさない。宿題や、掃除など当番として与えられた仕事も勿論1度だってサボったことはなく、山本シナ先生が拍手をしてニコニコするほどに毎回完璧な仕上がり。普段の振る舞いも、多少の課題点は残るもののくのいち教室の4年生として申し分ないと先生のお墨付きを頂いている。私は、自他ともに認める優秀なくのたまだった。

そんな私だって、1年生の時からそうだったわけじゃない。誰だって1からのスタートだもの。入学したての頃は、今となっては思い出すのがはずかしいくらいに手裏剣をうつのが下手だったし、テストで名前を書き忘れたことも、うっかり忍たまの運動場にしかけられた罠にかかったこともある。
それでも1度失敗したことを何度も繰り返したりはしなかった。手裏剣で落第したのも、名前を書き忘れたのも、落とし穴に落ちたこともわずか1回限り。あれ以来、罠の印を見逃すような真似はしない。

──────────しなかった、はずなのに。



「やっと落ちてくれた、だぁいせぇこぉ〜」


間延びした声が上から降ってきて、慌てて起き上がろうとした私の脇の下あたりの地面目がけて、踏鋤がザクリと音を立てて突き刺さる。
ひやりとした私を他所に、1人2人がなんとか入れるような狭い穴の隙間に滑り込むように降りてきた男を、私はきっと睨みつけた。


「綾部!ひどい、目印は?」

「置いたよ。でも、これはなまえちゃんを落とすために掘った穴なんだ。なまえちゃんにわかる印は置いておかないよ」

「つまり、私はあなたの敵ってこと?」

「敵だなんて。僕はなまえちゃんの味方でいたいんだよ。でも、これはなまえちゃんのために掘ったんだ。」

「話にならない」


私のために掘った、などとしきりに言う彼に、私は呆れと驚きで目を丸くさせておもわず大きな猫目を覗き込んだ。
綾部喜八郎。1年生の時、落とし穴にかかった私を見てたいそう喜んだ彼に、私は「二度と落ちない」と宣言した。そうして、今日までその通りにしてみせた。
罠を避けた私を見て地団駄を踏んでいた彼の前を澄ました顔で通ってやった回数は、もう全ての指を使っても数えきれない。
それなのに、こんなのずるだ。印なんて、ぜっっったいに置いてなかった!そう思ったが、彼も天才トラパーと呼ばれる優秀な忍たま。ただの私の負けず嫌いだったら恥の上塗りなので、それ以上は黙り込むしかなかった。
そんな私に、得意げな顔でも披露してくれるのかと思ったが、綾部はあの頃と違い表情をピクリとも動かさず、何を考えてるか読めない顔で私の顔をじっと見つめてくる。


「なまえちゃん」

「なに」

「僕のことすきって言わなきゃ、ここから出してあげない」


無表情のまま衝撃的なことを告げた綾部に、私はもう目玉が飛び出すんじゃないかってくらいに目をまん丸に見開いた。それからすぐに、声を張り上げて言った。


「こまる!私、今日掃除当番だから」

「そりゃそうだよ。僕はなまえちゃんが困るようにしてるの。遅刻したら怒られるでしょ。ね、僕のことすきって言って。」

「私は、私を困らせる人のことは好きにならないよ」

「なるよ」

「なんで?」

「僕とこのままここで二人きりでいたら、なまえちゃんには僕しかいなくなるから、きっと僕のこと好きになってくれるよ」

「…ばかみたいだよ、そんなの」


綾部の言っていることはめちゃくちゃだった。
私が彼について知っていたことといえば、落とし穴を掘るということ、いつも飄々としていてマイペースであること、普段何を考えているかもわからないが、私を落としたあの時は嬉しそうだったこと。それくらい。決してよく知っているわけじゃないけど、それでも少なくともふざけた人間ではないのだと、そう思っていた。

綾部はいま、めちゃくちゃなことを言っている。ふざけているとしか思えないような冗談を真顔で言っている。では、綾部喜八郎はふざけた人間だったのか?──────────否、今でも私は、彼をただのふざけた人間だとは思えなかった。
だからだろう。そんなばかなことにはならないってわかってるはずなのに、なんだか自信がないのは。馬鹿なことを、と言いながら、笑い飛ばせないのは。このまま出られなかったら、私は当番に遅れるどころか、気を可笑しくしてよく知りもしない綾部にすきって言ってしまうかもしれないと、綾部のまっすぐな目を見ていたらそう思えてくるのだ。
「大きな声出したらちゅうして塞いじゃうからね」そう言った綾部は、私の腕を掴む。それからまた、じっと私を見つめて、どういう訳かその口を私の口にくっつけた。


「んむ」

「…………」

「……え?うるさくしてないのになんで?」

「なまえちゃんみてたらしたくなっちゃった」

「暴君だ」

「僕が掘った穴だから、ここでは僕が一番偉いんだよ」


顔はさっきと同じまま、何を考えているかわからないおすまし顔だったけれど、声は明らかに得意げだった。これはまずい。はやくここからでなくちゃ。
そもそもなんで綾部をすきと言わなきゃ出られないのかもわからないが、とりあえず優等生の私は、この4年間で習った授業を思い出して、この大ピンチを切り抜ける方法を探してみた。

190608


prev next
back