秘かな願い(10年後)

暗闇の中を歩くと、足音が反響する。
陽はすっかり落ち、蛍光灯も必要最低限しか灯っていない。もう時刻は明日を告げようとしていた。日付が変った直後に渡したかったが、無理だろうか。焦って小走りになる。

もう10分と経たず、彼女が誕生日を迎える。そのプレゼントを渡すために、別件で来ていたボンゴレのアジトで彼女を探していた。右手で小さな花束を持ち直す。
実は昨日まですっかり忘れていた。それまで色々と忙しかったのもあって、慌てて用意したのだ。しかし何がいいのかさっぱり分からないくて、結局ありきたりの花にした。一応、意味のある花を。
生花だから後には残らない。それについては、いい案だと思った。自分や彼女ではなく、彼女に一番近いアイツにとって。なんだかんだと、この気持ちに後ろめたさがあるのは事実だった。

ふと足を止める。依然彼女は見つからない。もしかしたら、もう自室に戻っているのかもしれない。
考えてみれば当たり前だ。もう夜中だぞ?たとえマフィアだろうと、職務についていないなら休んでいるはずだ。無計画すぎるだろ、俺…。

早い時間に渡せないなら、諦めた方がいいかもしれない。そう思った時、足音が聞こえた。急いでいるのか、聞こえてくる足音の間隔が短い。
慌てて花束を後ろ手に隠す。どうせ渡せないなら、花には悪いが、誰にも見られずに消し去りたい。
隠したと同時に、足音の人物が角から現れた。それは捜し求めていた彼女だった。

「千柚璃?!」
「あ、ああ!ディーノさん!」

お互い相手の顔を見てびっくりする。咄嗟に隠した花束が、別の意味で功を成した。
一方彼女は、何故かあたふたしている。

「よ、良かった、まだ居たんですね!ツナ君から聞いて、慌てて捜してたんですよ!あぁ良かったギリギリ間に合った!」

腕時計を見てホッとしている。捜していたと言われ、一瞬心臓が高鳴った。
すると彼女は先ほどまでの様子を一変させ、落ち着いたように笑顔で言った。

「ディーノさん、お誕生日、おめでとうございます!」

―――。
思考が、止まった。元々静かだった廊下だが、本当に無音の世界になった気がしたというか…。
これは、さすがに…。不意打ち過ぎだろ……。

「前から誕生日は知ってたんですけど、任務が入っちゃって…。プレゼントとか何も用意してないんですけど、でも、ツナ君から今ディーノさんはウチに居るって聞いて。とにかく今日中に伝えたかったんですよ」

申し訳無さそうに笑いながら言う。しかしその半分も理解出来なず、右から左へ流れていく。
徐々に現状が解ってくると、顔が熱くなってきた。そういえば、今日は俺の誕生日か。
ふと、今日の自分のファミリーたちを思い出す。どこかソワソワした空気をしていたが、もしかしたらこの事だったのかも知れない。当の本人が忘れてこの様なのだから、アイツ等には悪いことをした。

「あ、と…あ、ありがとな」

とりあえず礼を言わねばと思ったのだが、出てきた言葉がこれだけだった。もっと何か気の利いたことを言えないのか。しかも変に上擦ってしまった。最悪だ。

「いえいえ。ところでその花束、どうしたんですか?誰かからのプレゼント?」

言われてハッと気づいた。いつの間に表に出ていたんだ!?

「あ、いや、これは違っ」

慌てて訂正しようとしたが、上手く口が回らなかった。どこまでも格好がつかないな…。
今更隠すのも無理だろうと諦め、腕時計を見る。ちょうど12時だった。
よし!と自分に渇を入れ、心持ち佇まいを直し、彼女を見る。
一番最初に、彼女へ伝えたかった言葉。

「千柚璃、誕生日おめでとう!」

告げると同時に、花束を差し出す。千柚璃は驚いた顔をした。

「これ、お前へのプレゼント」
「い、良いんですか?なんか高そうな…」
「千柚璃のために買ったんだ、もらってくれなきゃ困る。…この花もな」
「ありがとう、ございます…」

おずおずと受け取り、その花を見つめている。気に入ってくれるだろうか。

「ごめんな、もっとマシなのにすれば良かったけど、気付いたのが直前だったんだ。急いで用意したんだが、結局それだけでさ…」

決まり悪く言うと、千柚璃は勢いよく首を振った。

「そんな!祝ってもらえただけでもありがたいのに、プレゼントまで頂いて!それに急いで用意って、これ珍しい花ですよね?紫のカーネーション?すぐに手に入る物じゃないと思いますけど?!」

必死に訴える様に言われ、思わず口篭もる。
彼女が言ったことのほとんどが、その通りだった。正確には紫よりも青みが強いのだが、暗いためそう見えたのだろう。
しかし実際、そこまで珍しい物でもないらしい。一般の店では見かけないだけで、予想より入手しやすかった。存在自体は花言葉から調べて初めて知ったのだが、気恥ずかしいので本人には絶対に言わない。

「でもそんなに難しくなかったぞ?なんつったかな、その花…ムーンダスト?」
「ムーン…?ああ、なるほど。だからあたしに…」

いや、そういう意味じゃないんだが…。

「ありがとうございますね、ディーノさん」

訂正しようとしたが、彼女があまりに嬉しそうに笑うから、それでもいいかと思ってしまう。まあ訂正した後で、では何故それにしたかと聞かれても困るし、そっと流しておこう。

「今度改めて何かプレゼントしますね」
「気にすんなよ、気持ちだけで十分だって」
「そういう訳にはいきませんよ!もらってばかりじゃ悪いですし」
「あぁ、その点だったら心配するな。もう充分もらってる」
「え?あたし何か渡しましたっけ?」

キョトンとして見上げる千柚璃を、優しく見つめる。
彼女が笑っているだけで、充分なんだ。自分に向けられた笑顔だけで。これ以上のモノなんて無いだろう。しかし彼女はきっと、そのことに気付いていないんだろうな。
……もちろん、そんなことを言えるはずも無く。

「とにかく!誕生日おめでとうな、千柚璃」
「あ、はい、ありがとうございます!ディーノさんも、おめでとうござい…ました?」
「アハハ!確かに過去形だな!」

暗がりの中、お互いの誕生日を笑いながら祝う。それは小さくて、特別なことも何もない。
けれど、どこか満たされていた。少なからず罪悪感はあれど、嬉しかったのだ。
最高のバースディプレゼントをもらえた。



――――ムーンダスト。花言葉は『永遠の幸福』

君の幸せを秘かに、秘かに、願っている。