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俗にいう、気まずい空気……なんだと思う。
夕焼けの道を歩くなまえの歩調は、今までよりもずっと速い。隣に並ばれたくないのだろうか。変に勘ぐってしまい、これ以上近付くことが出来ず、俺は彼女の後ろを歩く。
この対応に、避けられているのは気のせいではなかったと思い知る。身に覚えがなかった。しかしなまえは意味もなく人を避けたりはしないはずだ。俺は気付かないうちに、また彼女を傷付けてしまったのか。
なまえと呼んでも、返事は決まって大丈夫、平気と言うだけだった。何が大丈夫なのだろう。その問いかけにも、大丈夫の一点張りだった。場違いなほど明るい声が耳に痛い。きっとなまえは笑っているだろう。でもそれは、俺が惹かれた笑顔ではない。
あの頃と何も変わっていない。俺は今でもなまえを追いかけている。俺よりも狭い歩幅は容易く追いつける。俺より小さい背中はとても頼りない。あの頃とは確かに違うというのに、この距離だけは一向に縮まらない。
いや、違うだろう。ここで何もしなければ、本当に何も変わらないままだ。あの時は何もしない道を選んだ。自分だけが楽になる道を選んで、その結果、なまえに"なんでもない"という嘘を吐かせた。何もなかった振りというのは、きっと想像以上につらいことだろう。そうしてまたあの笑顔を浮かべるのだろうか。とてもじゃないが俺は同じ道を歩けないし、二度とそうして欲しくない。今はあの頃と違う。手を伸ばせば届く距離にいるじゃないか。


「待って」


気が付けば、俺はなまえの腕を掴んでいた。なまえは驚いていたし、俺も自分自身の行動に驚いていた。小さい頃に巻き戻りそうだと思って焦ってしまった。咄嗟だったから力加減なんて考えていない。痛くなかっただろうか。強引なことをしてしまった。気を悪くしてないだろうか。一気に不安が押し寄せてきた。しかし、俺はさらなる驚きを目の当たりにして、それらは全て消し飛ぶ。
驚いていたなまえの頬が、徐々に赤くなっていく。夕日に照らされているからだろうか。では、目が潤んでいるのは何故だ。なまえの瞳は何を訴えているのだろう。唇が震えている。音にならず空気に溶け込んでいく吐息が、目に見えるようだった。
それらは俺の中の何かを突き上げて、俺はその衝動のまま、自然と口を開いていた。


「好きだ」