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「好きだ」

「ぅええ?」


鋼くんからのロマンチックな告白も、私の情けない声のせいで台無しだった。それもそうだろう、だってあの鋼くんが。そう考えて、どの鋼くんだろうと思い直した。
小さい頃、一緒に遊んでいた鋼くん?ずっと一緒にいたくて、かっこよく活躍する、大好きな鋼くん。この大好きは、家族に向けるものだと思う。それなら、再会した鋼くんは?大きく、頼もしくなっていた鋼くん。あの頃と同じ大好きだといえるだろうか。……そんなはずがない。少し考えただけでも、緊張して鼓動が速くなるのに。異性というだけで、どうしてこんなに意識してしまうのだろう。なんて、この考えこそが悪あがきだと分かっていた。
昔の鋼くんも、今の鋼くんも、目の前にいる……告白してくれた鋼くんも、全部同じ人だ。ずっと大好きな人だ。大好きの意味が変わったのは最近の気もするが、それは私が気付いたきっかけであって、本当はもっと昔からかもしれない。
だけどどうしよう。すごく、すごく、恥ずかしい。顔から火が出そうなくらい熱い。少しでも冷まそうと頬に手を当てようとして、鋼くんに腕を掴まれていたことに気付く。その瞬間、掴まれた箇所が、服越しからでも熱が伝わりそうなほど熱くなった。そこから熱は全身を駆け回って、私の脳内はパニック寸前だ。ぴくりと動いたのを拒絶と捉えたのか、鋼くんは慌てたようにごめんと言って手を離した。途端に肌寒さを感じて、私は何も考えずに違うの、なんて答えた。一瞬、自分が何を言ったのか分からなかった。私は何を言っているんだ!


「ち、違うっていうか、何が違うのか自分でもよく分かんないんだけど、ていうか違うって言葉がまず違うっていうか」


だからね、と続けざまに口を回す。自分ですらよく分からない弁解をされて、鋼くんはさぞ困っているだろう。そう思うと言葉は次第に続かなくなり、情けない沈黙が降りた。私はどうしたいんだろう。


「俺、なまえが好きだよ」


鋼くんの言葉に、上手く息が出来ない。そんな私には気付かず、鋼くんは続ける。


「小さい頃から、ずっと好きだった」


こんなにも真っ直ぐな言葉を、受け止められる自信がなかった。今までずっと……いや、今ですら逃げているのに、私も同じ気持ちですだなんて厚かましいにも程がある。この考えもまた逃避だろうか。私は一体どうしたらいいのだろう。迷って、どうしても逃げたくなって、一歩後ずさる。その瞬間に、今さっき鋼くんに呼び止められたことを思い出した。待ってと言って腕を掴んだ鋼くんを想うと、足はそれ以上動かなくなる。自分が何をしたいのかも分からなくなり、また何も考えずに私なんて、と呟いていた。だってそうだろう、私には取り柄どころか面倒なところしかない。
たった一言、私の呟きを聞いた鋼くんは、私の名前を呼んだ。強くはっきりとした声にびくりと反応してしまう。怒ってはいないと思う、そういう荒々しさはなかった。ただ、私を否定するような強さを感じて、鋼くんが何を言うのか怖くなった。


「どんななまえだろうと関係ない。俺にとって大事なのは、なまえと一緒にいることだよ」


弱くても臆病でもいい、そういう時にだってそばに居たい。俺は色んななまえを知りたい。続けて言う鋼くんの言葉は、私の心を、まるで氷を溶かすように暖めてくれた。溶けて水になったそれは、私を熱く満たしていく。
私は、この言葉からも逃げるのか。こんなにも想ってくれる鋼くんから、逃げてしまうのか。荒船くんに聞かれた、どうなりたいか、なんて質問の答えはとっくに出ていた。
いつの間にか俯いていた顔を、恐る恐る上げた。私はきっと情けない顔をしているはずだ、あまり見られたくない。鋼くんがどんな顔をしているのかも、見るのが怖かった。それでも、しっかり向き合わなければならない。
鋼くんは真っ直ぐ見つめてくる。淀みのない視線に耐え切れず、一瞬だけ逸らしてしまった。逃げるなと自らを叱咤して、もう一度、鋼くんと視線を絡める。鋼くんの瞳に、期待が宿っていることに気付いた。私はきっと、この期待に応えられる。


「わたしは……」


唇が、声が、震えてしまう。たった一言口にするだけなのに、どうしても上手くいかない。こんなにも情けない私を、鋼くんは頷きながらちゃんと待ってくれる。その優しさが愛おしさになって私を満たし、涙となって溢れた。


「鋼くんがすき」