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みょうじ先輩と鋼が幼馴染だという話と、最近の鋼の調子が悪いという話はほとんど同時期に聞いたものだった。
幼馴染の話はみょうじ先輩から、ランク戦のログの見方を教えるときに直接聞いた。聞き流すつもりだったのに、妙に明るい話し方だったから変な印象を受けた。違和感といってもいい。幼馴染も色々大変だな、とそのときはそう思っただけだった。
鋼の不調は太一から聞いた。みょうじ先輩と鋼が幼馴染だという話をしてきて、その流れで、最近鋼さんの様子がおかしいんですよねー、と続けたのだ。防衛任務などはともかく、平時にぼんやりしていることが多いとか。そのときに鋼とみょうじ先輩と太一という謎の顔ぶれで帰ったという話も聞いて、おそらく鋼の悩みの種はみょうじ先輩だと推測した。
みょうじ先輩の奇妙な反応から、二人の間に何かあったことは容易に想像できた。だがこれは当人たちで解決すべきことだろう。幼馴染同士の問題を外野があれこれ騒ぐのは野暮ってものだ。ただ、二人とも馬鹿みたいに考え過ぎて一人で勝手に暗くなる面倒な性格だから、そこだけ少し心配した。だからといって、一々あいつらに構っているほど俺も暇じゃない。そう割り切っていたのは、目の前の憂鬱そうな顔を見るまでだった。


「なに辛気臭い顔してんだよ」

「……そんな顔してたか?」


鋼はそう言って意外そうな顔をした。本人にそんなつもりはないだろうが、どうにも白々しく見えて、俺は盛大なため息を吐いた。


「みょうじ先輩だろ」


俺がそう言うと、今度は驚いた顔を見せる。もともと表情の豊かなやつではないから、きっと差して変わったようには見えないだろう。だがそれなりに付き合いのあるやつならその差も分かってくるものだ。


「……それは」

「太一から聞いた、お前の調子が悪いって話もな」


みょうじ先輩経由もあるが、下手に刺激しない方がいいだろう。太一から聞いたというのも嘘ではない。俺の言葉を聞くと、鋼はそうか、と納得した様子だった。


「それで、どうするんだ?」


少しの間のあと、鋼は口を開く。


「謝りたいんだ。10年ぐらい昔のことだし、向こうは忘れてるかもしれないけど」


やることは決まっていたようだ。少しホッとしたが、それならなぜ動かないのかが謎だ。鋼は自分で決めたことから逃げる男ではない。そう思っていたが、よほど迷うことでもあるのだろう。詮索は趣味ではないが、本音をいえば、鋼をそうまでさせる何かが少し気になった。だが、それこそ野暮だろう。


「みょうじ先輩は、思ってるほど明るい人じゃないぞ」


これが後押しになるかは分からないが、何かしらの効果は見込めるはずだ。それに、何も鋼をけしかけるために言った嘘ではない。あの人はネガティブな考えを、無理やり笑ってひた隠しにするところがある。おそらく無自覚だろう。だから本人でも気付かないうちに疲弊し、大したことでもないのに盛大な失敗をやらかす。不器用が連鎖するというのは恐ろしいものだ。


「……仲が良いんだな」

「おい、変な勘違いすんなよ」


何か考える素振りを見せたかと思えば、とんでもないことを口にしやがる。勘弁してくれ。
俺の返答に鋼はそういうことじゃないけど、とか呟いていたが、また少し考えたあと、俺の名前を呼んだ。それは先ほどまでの声と違い、芯の通ったこいつらしいもので、ようやく本調子に戻ったかと安堵した。