09


休憩しようと思った荒船は、自販機で買った炭酸飲料を片手にボーダー本部のラウンジに来ていた。ここに来る途中、村上との会話を経て心配事を一つ片付けたためか、その表情はどこか晴れやかだ。


「あ!荒船さーん!」


元気に呼びかける声を聞き、荒船はそちらに顔を向けた。太一が大きく手を振っている。そばには来馬もおり、太一の手元に置かれた缶ジュースをテーブルの中央に移動させながら、荒船に笑顔を見せる。荒船は、来馬の手慣れた行動にさすがと感服しながら、二人が座るボックス席に近付いた。


「おう、太一。来馬先輩もお疲れ様です。珍しいですね、鈴鳴がこっちに来るのは」

「本部に提出する書類があったからね。その様子だと鋼にも会ったんだ?」


太一と荒船は同じ狙撃手であり、今日は合同訓練が行われていた。二人はここで会う前に一度顔を合わせていたから、お互いが本部にいることは承知している。来馬もそれを知っているため、太一がここにいる説明は省いた。


「鋼さん、変でしたよね」


太一はまるで自分もその場に居たかのように口を開く。おそらく荒船と会うまでのことを言っているのだろう。確かにあれは変だったなと荒船は思い起こした。


「何に悩んでるんすかねー……テスト?」


太一は少し不貞腐れた顔をしながら、テーブル中央に移動した自分の缶ジュースに手を伸ばした。それが何故少し離れた場所にあるのか、太一は内心で首を傾げたが深く考えることはない。目前の問題は別にあった。そしてなに食わぬ顔をしてジュースを飲む太一の姿に、荒船はいい性格してやがると軽く呆れた。


「なまえさんだったりして」


適当な思いつきだろう。軽い調子で言う太一だったが、それを聞いた来馬は、まるで自分のことを言い当てられたようにビクリと身体が動いた。それを見た荒船は、来馬は二人の関係をよく知っていると推測した。
以前、荒船が攻撃手をやめたとき、来馬は村上のために荒船のもとまで訪ねてきたことがある。来馬は仲間ために率先して動く男だ。それをよく知る荒船は、今回の件について来馬は何も知らないものだと思っていた。だから村上はああも腑抜けになっていたのだと考えていたが、どうやらそう単純な話でもないらしい。自分が想像していたよりも複雑な問題なのだろうと、やはりどこか他人事のように思いながら、持っていた炭酸飲料が入った缶ジュースのプルタブを引っ張った。


「まあ、多分大丈夫だろ」


荒船はひとこと言ってから、開けた炭酸飲料を一口飲む。続きを促すような二人の視線に、先ほど村上と交わしたやりとりを掻い摘んで話した。


「どんな問題も、案外あっさり解決することだってある。特にあの二人だからな。今回はそういうパターンじゃないか?」


実際経過がどうであれ、終わるときは一瞬だ。そしてあの二人は根に持つタイプではない。村上が口にしていた謝りたいということがどういう経緯なのかは分からないが、相手がみょうじなら問題もなくあっさり許すだろう。というかそもそも気にしてなさそう、というのが荒船の見解だった。
案外あっさり解決する、という荒船の言葉は、思いのほか来馬の心を軽くした。確かにそうだ。自分も含めて、少し考え過ぎていたかもしれない。当事者でない己が冷静さを欠いていたというのは情けない話だが、これで丸く収まるなら何よりだし、そう願わずにはいられない。来馬は穏やかな顔でそうだね、と荒船の言葉に頷いた。
太一はいうと、どうにも納得出来なかった。情報が断片的なために、二人ほど状況を把握出来ないのだ。しかし冷静で判断力のある荒船と、思慮深く仲間想いな来馬が言うならば大丈夫なのだろう。そう自分に言い聞かせ、溜飲を下げた。では解決したらどうなるのだろう。太一の頭は次の段階へ進んでいく。ちょっと状況を整理しよう。村上とみょうじは幼馴染で、みょうじは村上に好意的だった。村上の方はそうでもないのかと思ったが、先ほど聞いた荒船の話では、村上を悩ませていたのはみょうじだったらしい。しかもそのときにみょうじの連絡先を教えたとか。そうなると、導き出される答えは一つしかない。まるでぐしゃぐしゃに絡まっていた糸がするりとほどけたように、妙にすっきりした気分だった。


「あの二人って付き合うんすかねー?」


片や不器用で失敗ばかりの要領が悪い人、片や寝ればすぐに実践できる学習能力の高い人。デコボコな印象だが、逆にお似合いにも見える。みょうじは必要以上に人を羨んだりしないし、村上は他人の失敗を笑ったりしない。うん、お似合いだ。太一はそう思いながら荒船と来馬を見るが、二人の空気は固まっていた。あれ?首を傾げる太一に、ため息を吐く荒船と、どうだろうねと曖昧に笑う来馬だった。