「あー…寝坊したのか」
昨日双子の兄が朝練だと言ってきたのは覚えているしそんな日は決まって早く寝かされるから起きれると思っていたのに。
時計の小さな針は10を指している、完璧な遅刻であった。
寝過ぎで痛む身体をやや強引に起こすと倦怠感から吐息が溢れた。
今更着替えてすぐに行く気にもなれなくて、かといって行かなかったことを考えても憂鬱で。
ぐうとなるお腹を抱えて階段を降りた。
「どうしたの立花、珍しいね」
「…お兄ちゃん、起きてたんだ」
スマホ片手にリビングのソファに座っていた兄が心底意外そうな顔をしてこっちを見た。
しかしあまり深くは追及せずにそのまま話してくれる。
そうして私が言うのをずっと待ってくれている。
「やらなきゃいけない案件があったからね」
これじゃああの頃と変わってない。
それでも何も変われずにのうのうと生きている。
その事実が無性に腹立たしく、歯痒くなった。
実感してしまえばそれは酷く簡単に私の中に這入ってきた。
人を傷付けて尚、失ってそれでも私はこうして生きてしまっている。
「立花」
その声ではっと我に返る、気付けば兄が後ろに立って私が手に持ったはずの包丁を取り上げていた。
「あとは俺がやるから座ってていいよ」
「ごめん」
酷く掠れた声が口から零れ落ちた、ふらふらとソファに蹲って、泣くこともできずそのまま下唇を噛んだ。
時折こうして精神状態が不安定になる時がある。
それは私があの頃を乗り越えられてない証拠で、未だ巣食ったままのトラウマがズキズキと痛む度に私は自分が嫌いになった。
「今日は学校休みなよ、そんな状態じゃ行けないでしょ?」
細い兄の指が額に触れた、ひんやりとしたその温もりが恋しかった。
「熱出てるよ」
そんなことない、否定しようとソファから立ち上がればよろめく身体。
弱ってたんだとようやく自覚した。
「あんま無理しないで」
そのまま、力なんてないはずの兄に横抱きにされてまた自分の部屋まで運ばれる。
ぼんやりと見上げた自室の天井、この部屋には何もなくて。
ただ広い部屋に簡単なベットと机しかない、本当に質素な部屋。
私色とからしさとかそんなもの微塵も感じられないこの部屋に少し安心した。
トロフィーだとか賞状だとか所詮人を図る道具でしかないものよりも、この方がよっぽど有意義だと感じられる。
「ほら、安静にしてなよ」
額に張られた熱さまシート、暖かい布団の中で否応なく眠りに落ちていく。
寝息を立てる妹を眺める、昔もこんな風にグズったときは俺が寝かしつけてたなと思い出す。
絵本を読んだり背中をトントンとかするよりも一緒にいるだけで愛らしい笑顔を向けて眠ってしまう妹は昔から全く変わっていない。
緩い力の拘束、そうして掴まれた袖口。
簡単に振り解けるはずなのに俺はそこに留まったまま。
「心配ばっか掛ける、困った妹」
俺も甘いなと思って、たまには仕事もないしこうして過ごすのもいいかと考え直す。
その髪を撫でてやると思い詰めたその表情が僅かでも柔らかくなった気がした。
ひんやりした俺の手が熱いその温度と混ざり合った。
普通なら嫌になるはずの行為が安心感を抱かせて。
それは確かに妹がここに確かにいると証明してくれているようで。
「言ってくれるまで俺はずっと待ってあげるから」
また笑えるその日まで、俺はこの馬鹿な妹から目が離せないんだろうけど。