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よたよたとオムライスを抱えた彼女がこちらへ向かってくる。
教室の外から彼女を不安そうに見つめる少女も見える。
何かあったらその子がフォローに入ってくれるのだろう。
それにしたって心配だ。赤ちゃんを見守っている時のような変なハラハラ感がある。
「オムライスでーす」
そんな心配なんて無かったもののように彼女は涼しい顔でオムライスを机に置く。
ホッとしたのは多分俺だけじゃない。
扉の方を見れば彼女を見ていた少女が俺の視線に気付いたのかはにかんで、そのまま静かに扉を閉めた。
あくまでフォローするつもりだけだったようでここから先は彼女に任せるつもりらしい。
「ケチャップ〜」
テッテレーと彼女はそれっぽい効果音を呟きながらケチャップを取り出した。
むむむ、と悩みながら大きな丸を描く。
それも3つ、こうなれば流石に何が出来たか分かってくる。
「何で○ッキー?」
「オムライス、お絵かきって調べたら出てきました…他にも色々練習したんですけど」
申し訳なさそうに彼女が目尻を下げる。現状彼女はこれしか描けないらしい。
「ちょっと貸してみ」
彼女の描いた絵の横に猫を描いてみる。
かわいい…!と彼女から声が漏れた。
時間がまだあることを確認して、少しお絵描き教室でもしてみようか。
「わぁ…ケチャップだらけになりましたね…オムライスが見えない…」
一面の赤、卵の黄色なんてとっくに覆い尽くされてしまった。
「替えの用意しますね、明らかに私のミスですから」
引き留める、最初に彼女を誘ったのは俺だし彼女がわざわざ責任を取る必要はないだろう。
しー、と俺は口に手を当てて彼女を制した。
彼女も分かったようでじゃあ秘密ですね、なんていたずらっぽく笑う。
「味はお墨付きです、ケチャップだらけになっても美味しいオムライスですよ」
なんてったって私の好物ですから、なんてドヤ顔をされる。
聞いた感じ彼女の信頼する人が料理したらしい。
「いただきます」
たまにはこんなオムライスもいいかも知れない、ケチャップの主張が強すぎてちゃんとした味はしなかった。
それでも彼女が言う通り美味しいオムライスだと思った。
「今度はちゃんと絵を描きますから、また…来てくれますか」
時間を確認して、そろそろ行こうかという時に彼女が俺の裾を掴んでそう言った。
答えは一つ、静かに俺は頷いて満足そうに笑った彼女を見て。
「また来るから」
「…お帰りを、お待ちしてます」
幕が閉まるまで、彼女は礼をしたままだった。
いつもと違う一面というか…彼女の多様性をまた一つ知ってしまった。
それでもそんな彼女の姿をあまり多くの人に見てほしくないなと勝手ながらに俺は思うのだった。