【やなぎのした】余談


「げんさん、げんさん。ちょいと頼みがあるんだが…いやねぇ、向こうの木の下でどうも童が一人おっちんでるみてぇでさ…経の一つもあげてやっておくれよ。」


そう指された先にあったのは柳の木。

ふといつかの、友との出会いの日を思い出していた。




【餓鬼】




(さて、と…)


投げ出された手足は最早骨と皮、頬も痩せこけて水気など微塵も感じさせない。

ただ腹だけが異様に膨れ上がっている。


食うに困った家で食い扶持を減らすために末の子を捨てるなど、まぁこのご時世珍しくもない話だが。


(どうしたもんか…)


困ったのは、予想に反してその子どもが生きていたことだ。

あばらの浮いた薄っぺらな胸が微かに動く。


そしてまた、空気が微かに黒く濁り始める。


厄介なものだ、仏心など出すんじゃなかった。


「…おい、聞こえるか?」

「…あ…ァ…っ…?」


ぎょろりと向けられた目はぎらぎらと怪しく光っていた。

悲嘆も諦観も何もない。


ただただそこにあるのは憤怒に憎悪。


「坊主、名前は?」

「ん、なもん…とっぐに、捨でぢ、まっだよ…」


涸れた喉が無理矢理言葉を捻り出す。

一瞬空気が和らいだ気がしたが、いつモノノ怪に変じてもおかしくはない。


咳を数回繰り返して、その子どもは続ける。


「あいづらが、おれを、捨てだように…」


危うい。


「……黒兎。」

「あァ…?」

「今日からお前は黒兎だ。」


気付けば咄嗟に、古く、まるでお守りのように心に仕舞っていた名を取り出していた。


「黒兎…?」

「そうだ。」


傍らに膝を着き、手持ちの竹筒からゆっくりと水を飲ませる。


「俺が修行を付ける。一緒に行こう。」


そして全てが落ち着いたところで手を差し延べれば、子どもは、黒兎は躊躇いがちにその手を取った。


「あんたは、何て呼べばいい…?」


それに応えようと自分の名を口にしかけて、寸でで飲み込む。

『黒兎』の名を与えた自分が、自分の名を名乗る訳にはいかない。


それに、


「…『師匠』でいい。」


いつかまた、あの友人が呼んでくれるまで仕舞っておこうと決めた。


「行こう、黒兎。」



そうして修験者の男はその小さな身体を抱え上げるのだった。

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嘘つき、ロンリー。