本と楽器と恋の物語
第一話
「好きな人がいるの。」
最悪の一日だ。
夕子から「相談がある」と呼び出され、夏休みだというのに早起きまでして学校で待ち合わせ。
ラブレターをもらった、まではまだ良かった。
だが続けて、内緒話をするように耳元で囁かれたのは残酷な言葉。
それでもほんの一瞬、ドキッとしてしまった自分を殴ってやりたい。
「へ、へぇ…だれ?俺の知ってる奴…?」
聞いてどうする?
まさか、本当に相談に乗るのか?
なんて、どこか妙に冷めた頭が皮肉混じりに吐き捨て、思わず頬が引き攣った。
恥ずかしげに自分の手元を見下ろす夕子はそれに気付かず、俺の質問に答えようと口を、
「おーい、ケントー。」
呼ばれた俺自身より先に、声に反応して夕子が立ち上がる。
つられて俺も腰を上げれば、もう一度、少しがさついた声が俺を呼んだ。
「そこの荷物、取ってくれ!」
同じクラスの杉村だ。
部活中らしく野球のユニフォーム姿で、グラウンドからフェンス越しに声を張り上げている。
別に無視しても良かったが、何となく夕子の様子が気になり、さっさと追い払うことにした。
「うるせぇな!自分で取りに来いよ、万年球拾い!」
「ひっでぇ!」
言われた通り、すぐ側にあった荷物を鷲掴んで杉村の方へと近寄る。
そしてフェンスを越えるため、少し力を溜めて振りかぶった瞬間、視界の端に走り出した夕子の姿が見えた。
「夕子!?」
「な、なぁ、お前、やっぱり原田と」
「おい!ちゃんと受け取れよ!」
何やらごちゃごちゃと言っている杉村を黙殺して適当に荷物を放り、すぐさま夕子の後を追って走り出した。
杉村がきちんと受け取ったかどうか分からないが、今はそんなことどうでも良かった。
(あぁ、もう!一体何だよ!?)
訳が分からない。
思考も感情もごちゃごちゃになりながら、ただひたすらその後ろ姿だけを追う。
人が少ないおかげで何とか見失わないでいられるが、それでも出遅れた分だけ距離はなかなか縮まらない。
その途中、誰かとすれ違った。
「月島ケント。」
「っあ?」
かと思えば、突然呼び止められ、反射的に振り返ってしまった。
また夕子の姿が遠のく。
「これ、落としたぞ。」
見覚えのない男子生徒が一人、手にしていたのは少し開きかけた四つ折りの白い紙。
それが何なのか、ろくに考えることなく「ありがと」と手を伸ばした。
だが、何故かそいつは渡そうとしない。
それどころかガサガサとその紙を広げ、中身を読み始めた。
「、おいっ」
こっちは急いでいるんだ!と声を荒げそうになるのをギリギリで堪える。
もう行っていいだろうか。
何の紙か分からないが、今はそれどころじゃ、
「お前、『コンクリートロード』は止めた方がいいと思うよ。」
引ったくるように奪い返した紙。
そして再び走り出した時には、もう完全に夕子を見失ってしまっていた。
--------------
たった一言のきっかけ。
*前次#
戻る
嘘つき、ロンリー。