本と楽器と恋の物語

第九話


「それって、ほとんど生き別れじゃない。」










天沢が無事クレモナという街に発つことが決まったその日。

久し振りに夕子から家へと誘われた。


てっきりまた杉村関係の相談事かと苦笑していたものの、予想に反してその口からは一向に杉村の「す」の字も出てこない。

むしろ俺の方がここ最近のことを根掘り葉掘りと聞かれてしまった。


「生き別れって、んな大袈裟な…」

「だってそうでしょ?二ヶ月の見習いして、中学卒業したらさらに十年も向こうにいるなんて…折角出来た、ケントの友達なのに。」

「お前は俺の母親かよ。」


そうからかうように笑ってみたものの、夕子の顔は真剣そのもの。

そして自身のことが一段落着いたせいか、周囲へと向けられたその目は冷静で、妙に鋭かった。


「それで、ケントはどうしたいの?」

「え?」

「だって、何か悩んでるように見えたから。」

「……………」


その観察力が夏休みのあの日に発揮されていたら何か変わっていただろうか、なんて今更の話だ。


いや、きっと何も変わらなかったはず。

夕子は杉村のことが好きなままで、俺と天沢が親しくなるのも時間の問題で、



『俺、向こうに行っても頑張るよ。だから―…』



だから?



『…いや、やっぱりいい。帰ってきたら言うよ。』




「ケント?」


傍らにあったクッションを抱きかかえ、それに視線を落とす。

上手く言葉が纏まらない。


「…なんか、差を見せつけられたような気がしてさ。向こうは色々頑張ってるのに、俺は一体何やってんだろうって思って。」


あの時、天沢は一体何と言おうとしていたのか。

それも勿論気になったが、同時にその続きを聞く資格が今の俺にあるのか、とも思う。


夢に真っ直ぐに突き進む天沢の隣に、俺は今のまま立っていていいのか。


俺に今、何が出来るのか。


「…何か、書いてみようかなぁ…」

「何かって?ケント、今までも色々書いてたじゃない。」

「そうだけど、俺に出来ることなんてそれくらいだし…何て言うか、もっとこう…自分が書いたんだって胸張って言えるようなものを書きたい。」


長い、長い、物語、なんていいかもしれない。

天沢を待つ間、二ヶ月でも十年でも書き続けることが出来たなら、その時は。


「まぁ、書けるかどうか、分からないけど。」


思わずこぼした弱音に、そういうところが駄目なんだと自分でも苦笑してしまう。

だけど「大丈夫よ」と夕子は笑った。


「ケントが書いた『カントリーロード』、声楽部の後輩にも好評だったもの。」

「……夕子。」

「なぁに?」

「話、聞いてくれてありがと。おかげですっきりした。」


本当に、ありがとう。





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終焉へと向かう、第二部。

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嘘つき、ロンリー。