あかイおに

番外編:死が分かつまで


「正に鬼の霍乱だな。」


そう小さく笑えば、目の前の戸がひどい音を立てて揺れた。

恐らく枕か何か、手近にあった物を投げ付けたのだろう。


そして咳き込む声。


「…憐れなものだ。タタリ神の祟りを四度もはね除け、腹に鉛玉を食らってなお平然としていたそなたが今、たかが流行り病でこのざまとは。」

「っ…何しに来たんすか、エボシさん…」


以前なら、投げ付けた何かは戸を突き破っていたはず。

以前なら、その咳に血の混じる嫌な音などしなかったはず。


これまでも多くの病人を看取ってきたが、これほどの落差など目の当たりにしたことはなかった。


「なぁ、ケント。シシ神は本当にそなたを助けたのか?」


壊れそうにして壊れないその戸に手を触れ、そっと額を押し付けてみる。


「傷を癒す代わりに…命の代わりに、シシ神はそなたの人ならざる力を奪ったのではないのか?」


掠れ、弱々しい声がまた私の名を呼んだ。


この戸の向こうにいるのは病に侵され、苦しむか弱い人間が一人。

鬼の姿など見る影もない。


「…別に、力なんて、どうでもいいっす…」

「ほう?」

「死ぬのだって、まぁ生きてんだから、仕方ないことでしょ…」

「やけに物分かりのいい話だ。」

「………」


少し長く話し過ぎてしまったのか、ケントはまた咳を一つ二つし、疲れたように息を吐き出した。

ここらが潮時だろう。


「まぁ、いい。精々、養生しておけ。」

「…っす…」

「まだ死にそうにないと、アシタカには私からそう伝えておこう。」

「っ…あんたこそ、鬼っすね…!」


つい先刻まで悟りを開いたように穏やかだった男が、その名を聞いただけで途端に声を荒げる。

その様子があまりにもおかしすぎて、思わず声を上げて笑ってしまった。


「人が折角未練を断ち切ろうと努力してんのに!」

「くっくっ…はっはっはっ!死ぬことよりも、あの男を失うことの方が恐ろしいか!」

「ぐっ…!」

「そんなに恋しいのなら、一度ここに寄越してやろうか?」

「!だめっすよっ!」

「何、こうして戸を挟んでおれば移ることもあるまい。現にアシタカもそう申して、そなたに会いたがっておったぞ。」

「っ……だめ、なんすよ…」


やはりそこには鬼の姿など影もなく、今にも泣き出しそうな童が思い浮かんだ。


そして「また来る」と一言残し、その場を立ち去ろうとした瞬間。


「いっそ殺して欲しいっす…!」


そう苦々しい、恨みがましい呪詛を背に受け、私はまた笑ってしまった。





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(鬼の執念とはげに恐ろしきかな)
(死が二人を分かつても、)


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リクエストありがとうございました!

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嘘つき、ロンリー。