あかイおに
番外編:死と分かつても
「エボシ殿。」
ケントの小屋を離れてしばらく、自分を呼び止める声にエボシはその足を止めた。
振り向けば、そこにあるのは思った通りの青年の姿。
その用件にも思い当たるものはあったが、エボシは素知らぬ顔をして「どうした、アシタカ」と問い掛ける。
「ケントの容態は…?」
「あまり芳しくはないな…相変わらず病床でそなたの名を呼んでいたよ。」
「っ……」
アシタカの表情がより一層曇る。
そして今にも駆け出しそうなその様子に、今度はエボシが先回りをして呼び止めた。
「行くなよ、アシタカ。」
「、だが…」
「ケントの気持ち、察してやれ。飼い猫は主人にその死に様を見せぬと言うではないか。」
「…ケントは、人間だ。」
「そう怖い顔をするな。ただの喩え話だ。」
それにあれは猫というより犬かと、そう内心せせら笑うエボシにアシタカは気付かない。
(そろそろ頃合いか…)
「ならば…そうだな、これならどうだ?」
エボシは、ますます笑みを深める。
「愛する男に朽ちゆく己の姿を見せたくはない女心…なんて、それこそあやつには似つかわしくない話か。」
「…失礼する。」
言うが早いか、アシタカはエボシがたった今通って来た道へ、足を一歩踏み出した。
その背に向け、エボシがもう一度その名を呼ぶ。
「戸だけは開けてくれるなよ。」
アシタカは振り向かなかった。
『っ…あんたこそ、鬼っすね…!』
そう忌々しげに吐き捨てたケントを、エボシは不意に思い出す。
さて、次に会った時には何と呼ばれるのやら。
「くくっ…未練を断ち切るだと?そんなこと、私がさせはしないさ。」
失敗に終わったとはいえ、一度は神殺しを企てた女。
自身が手に入れた駒を易々と手放すつもりなど、微塵もありはしないのだった。
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(足掻け、藻掻け)
(それが人間というものだろう?)
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嘘つき、ロンリー。