天知と記憶喪失02
玄兎が階段から落ちた、らしい。
実際天知がその瞬間を見たわけではないが、ドンッと鳴り響く大きな音を聞き、通り掛かった現場も玄兎が落ちた直後のようだった。
後で知った話では、階段でふざけ騒いでいた連中が足を滑らせ、ちょうど下から上ってきていた玄兎を巻き込んだ、とのこと。
焦ったように様子を窺う周囲を押し退けながらふらふらと立ち上がった玄兎に一応天知も声を掛けたものの、玄兎は「寝れば治る」と素っ気なく吐き捨てて立ち去ってしまった。
だが、その足取りはやはり心許なく、それを目にしたからには放っておく訳にもいかない。
そう考えた天知は一度自販機に立ち寄り、それから玄兎の後を追い掛けて―…
「記憶がない?」
「…あぁ…」
ほんの数分、目を離した隙に一体何があったのか。
手渡した水に対し礼を言われたことにも驚いたが、その後玄兎が続けた話もにわかには信じられないものだった。
曰く、光嶺に入学してから今に至るまでの二年間の記憶が全くない、という。
頭を抱える玄兎は決して冗談を言っているような雰囲気ではなく、そもそもそんな冗談を言うタイプの人間でもない。
「そりゃあ…困ったねぇ…」
とりあえず病院には行くべきだろうが、見る限り他に目立った症状もないため、恐らく大した治療をされることはないだろう。
日常生活にも支障はなさそうなので、あとは失った記憶が自然に戻るのを待つしかない。
幸か不幸か、「勉強に付いていけない」なんて心配はここ光嶺では不要だが。
(……いや、ここが光嶺ってのが一番の問題かもしれないねぇ…)
派閥の一つのトップである玄兎を、事故とはいえ、このような事態に追いやった人間に対する報復は必ず起きるだろう。
玄兎派には盲目的で狂信的な輩が多い。
それに弱味を見せればあっという間に飲み込まれる、弱肉強食の世界だ。
そんな猛獣の檻の中、静かに回復を待つことなど果たして出来るだろうか。
「…悪いな、天知。」
「うん?」
「面倒なことに巻き込んで…」
「………」
どうも先程から、普段の玄兎では考えられない殊勝な態度に調子が狂ってしまう。
(…そういや、玄兎が有名になり始めたのは二年の頃だったかい…)
違和感があるのは、今目の前にいるのが「光嶺三年の玄兎」ではなく、「つい昨日まで中坊だった一年坊主」だからだろう。
そう思うと無下にすることも出来ない。
「まぁ、もう少し様子を見ようかねぇ…」
別に親しい間柄という訳でもなかったがここまで来たら乗りかかった船だ、と天知は一人静かに決断したのだった。
いちねんせいになったら
(それじゃあ、とりあえず現状について色々と教えてもらっていいか?俺は今、どこの派閥に所属してるんだ?)
(所属も何も、玄兎派のトップだよ。)
(そうか、玄兎派か………玄兎派?)
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嘘つき、ロンリー。