黒い楽園へようこそ
桃源郷の番人
医師に後を任せ、部下を数人残して病室を後にすると、思ったより面倒なことになりそうだと小さく舌打ちした。
事の発端は数日前、一夜にしてほぼ壊滅状態と化した中堅どころの某組事務所。
うちとは特に友好関係も結んでいなければ敵対関係にあった訳でもなく、常ならばその末路など冷ややかに笑って済ませるところだが。
『一体どこの馬鹿だ?』
十数名の構成員を事務所ごと蜂の巣にしてそのまま放置、逃走用の車は爆破処理という派手な演出は明らかにただの抗争ではなく、相手は「外からの客」だろうと誰もが結論付けた。
そして、どちらかというと昔気質である上の人間らはそれが気に入らなかった。
『舐めやがって…探せ。探し出して落とし前付けさせろ。他の奴らへの見せしめだ。』
法律による締め付け、暴走する無所属の若手世代、海外製の薬に暴力の輸入。
山積みの問題の中、どうにか折り合いを付けている現場の苦労も知らず簡単に言ってくれると苦々しい思いは抱くものの、どんな命令でもオヤの言葉は絶対だ。
それから交渉、譲歩、脅迫とありとあらゆる手段、あらゆる人脈を駆使してあれこれ情報を集めていく内に、浮上したのはメキシコの麻薬カルテルの一つ。
件の事務所との関係性、訪日のタイミングを考えればまず間違いなかったが、一足遅かった。
『警察が?』
『どうも結構な人数が出張ってるみたいです。あれじゃあ踏み込むのも時間の問題かと…玄兎さん、どうします?』
『……もうしばらく様子を見てろ。いいか?絶対にどちらにも気取られるな。』
『了解。』
そして、次に受けた報告では「幹部とその息子を乗せた車が事故に遭った」と―…
「玄兎さん。」
ふと部下の一人が追い掛けてきたことに気付き、足を止めて振り返った。
「とりあえず、医者の話じゃ今のところ容態は安定してるようです。身柄の移動も許可取れました。」
「そうか。分かった。」
「でも、アレがカルテルの殺し屋って本当ですか?」
「…………」
「どこからどう見ても、ただの日本人のガキっすよ?」
「…母親が日本人だそうだ。しばらくこっちに住んでたこともあるらしい。」
「へぇ…?」
さほど興味もなさそうに相槌を打つ部下に、改めて次の準備を指示して追い払うと、その後ろ姿を見送ってまた舌打ちした。
どこからどう見ても、ただの日本人のガキ。
そう部下が評したそれが、目下一番の問題だった。
(……あのガキを上の連中の前に突き出したところで、どうなる?「警察の隙を突いてどうにか身柄を回収した、麻薬カルテルの幹部の息子です」なんて説明して、上が納得するか?)
いや、納得させられないこともないが、手間が掛かるのは目に見えている。
いっそもっと分かりやすい「それっぽい人間」を用意した方が上のウケは良いだろうし、こちらとしても楽だ、とさえ正直思った。
どうせバレやしない。
「…………」
少し考えた後、ひとまず上に報告することを決め、病院を後にすることにした。
【桃源郷の番人】
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嘘つき、ロンリー。