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11:金平糖が降る昼間

薄暗い雲に覆われた空からぼつぼつと小雨が降るお昼過ぎ。
太陽が顔を隠している為か辺りも暗く。その中、片手に傘を差し歩く。

「う?う?」

もう片手には一歳くらいだろう女の子を抱いて。

傘に雨が当たる度に『う?う?』と手を伸ばす姿は可愛らしく、思わず口元が緩んでしまう。
『雨ですねぇ』と話し掛ければ私を不思議そうに見つめるその瞳は綺麗で、穢れなんて一つもない。見ているだけで心が洗われるようなそんな存在だ。子どもは国の宝である、というのがわかる。この瞳のまま育つような世の中であってほしいと願えるのだから。

ただ、子どもは国の宝なのはもちろんだが、私が抱えるこの子は国に必要な宝と言うべきか。

普段、こんなに小さい子との接点はなく。ましてや、抱っこなんてそうそうしたことがない為、その柔らかく小さな体を大切に抱える。
片手で抱えている為、腕が悲鳴を上げているがそんなものどうってことはない、と傘を持ち直したところで、後ろからトントンと肩を叩かれた。

「あらら、ガキなんて抱えちゃってどうした?あっ、もしかして産んじゃった?俺の子?」

振り返れば、私の傘に入り後ろから覗き込むような感じで腕の中を見下ろしている坂田さんが居た。
会うのは、あの猛暑でお世話になって以来だが、前までなら見かけても声を掛けるような関係ではなかっただろう。でも、あの猛暑での2日間で坂田さんも私も少しだけ自然と素が出ていたな、と思う。そのせいか、前よりも話しやすい雰囲気になったと感じる。私がそう感じるということは、勘の良さそうな坂田さんもまた同じように感じているだろう。
面白おかしく話す坂田さん特有の冗談に小さく笑えば『ちょっと雨宿りさせてくんない?』と手から傘がするりと抜けて、坂田さんの手に渡っていた。

「あっ、大丈夫です。差します」
「鈴ちゃんの背で差されると俺しゃがまなきゃなんねーから」
「……なるほど、そうですね」
「そうなんだよ」

そう言われてしまえば、もう私が傘を差しますなんて言葉は出て来ず。ぐん、と高くなった傘を見上げる。
坂田さんが持つのと私が持つのではこんなにも差があるのかと新鮮に感じながら、空いた手を抱える為に使う。片手だけだったのが両手となり、腕への負担が減って安定もする。傘を持ってもらえて良かったと心の中でほっとした。

「んで、どうしたの、そのガキ」
「あ、えっと、子守りでしょうか?」
「ふぅーん」

興味なさげな返事を零しながらも人差し指を子どもの目の前でちょいちょいと動かし気を引こうとする坂田さんは子ども慣れしているように見える。そのちょいちょいと動く指に釘付けになった子どもがハシッと坂田さんの人さし指を掴んだ。

「おいおい、えらい可愛い顔してんな。目なんてくりくりで唇なんて薄っすらピンクのぷっくりじゃねぇか」
「あの、坂田さん」
「ほっぺなんて餅みてぇ、食べたら美味そうだな。髪なんてつやつやストレートだしよ。くそ、羨ましくなんてねぇから」
「あの、坂田さん」
「ん?」

坂田さんが子どもに夢中になるのはわかる。だって、本当に可愛いから、将来は美人だと約束されているだろう顔だからわかる。
でも、そんな坂田さんを道行く人達がチラチラと見て、不審者を見るような目を向けられていることに冷や汗が流れる。

「この子……坂田さんと私にしか見えていません」
「……………」

そう、この子は人の子どもではない。
つまり、坂田さんが今言っていた言葉は、周りから見れば私が言われているように見えるわけで……そのことに坂田さんも気付いたのかピタリと足を止めた。

「じゃあ、なに、俺が今言ったことって鈴ちゃんに言っているように見えんの?」
「………申し訳ないことに」
「でも……鈴ちゃん抱えてんじゃん。周りから見たら変じゃね?」
「周りからは林檎が入った紙袋を抱えているように見えていると思います」

そう言い、子どもの背中が見えるようにしてやれば、その小さな背中には人間の文字ではない札がペタリとはられていて――それを見た坂田さんが片手で目元を覆う。

「俺、不審者みたいな目で見られてない?アイツまじヤバくね?みたいな目で見られてない?大丈夫?こえーからちょっと鈴ちゃん周り見てくんない?」
「大丈夫です。誰も見ていません!大丈夫ですよ、坂田さん!」

嘘泣きとわかっていても、うっうっ、と肩を落とす坂田さんを慌てて励ます。本来なら坂田さんにもこの子は見えなかったはずだ。地主神様の力の影響で坂田さんが恥をかいてしまったことを申し訳なく思う。


***

「うし?」
「はい、雨師様といいます」

かぶき町から外れたところに出れば人通りも少なくなり、坂田さんと腕の中の子どもについて話す。
かぶき町を抜ける前に、まず傘が無い坂田さんを万事屋に送ろうと思っていたのだが『鈴ちゃんどこ行くの?デートしようぜ。今なら傘持ちもしちゃうよ?ここは銀さんに甘えとけって』と言われ、傘を返してもらえなかった。
つまり、逆に送ってくれるつもりで私の傘に雨宿りしたらしい。

先日の猛暑でお世話になる前からわかってはいたが、坂田さんは優しい。ただ、その優しさを素直に出さないだけで……でも、大抵の人はわかってしまうから、坂田さんはきっと周りの人に愛されているだろうな、と思う。

「どんな字?」
「降るほうの雨に師匠の師です」
「ああ、雨ね、はいはい、なに?雨降らせんの?」
「はい、大正解です」
「だからさっきから、雨見て楽しそうにしてるわけね」

雨が傘に落ちる音を聞いて『うー!う!』とご機嫌の雨師様を見る。

「雨の神様なので」
「こんなちんまい神さんもいんだな」
「この雨師様は子どもで、今はまだ親御さんが雨師としています。つまり見習いという感じでしょうか」
「親とかいんの?神さんってーのもいろいろあんだな。で、その親は鈴ちゃんに子ども預けてどこ行ったの?パチンコ?」

今時の若い親っつーのはそういうところあっから、なんてオジサンのようなことを言う坂田さんに笑いつつも、雨師様の名誉の為に違いますと否定する。

「実は勝手に来てしまったみたいで、最近雨が続いていたので親と勘違いして来ちゃったみたいです」

そう、最近までかぶき町は雨が続いていた。
まるで梅雨のように。
雨師様というのは本来梅雨を運ぶ神様で、連日かぶき町が雨だったせいか親と勘違いして来てしまったらしい。
例えるなら、デパートで親の後ろをついて行っていると思っていたら同じ色の服を着た知らない人の背中だったアレだ。大抵これで迷子になるお子さんがいるだろう。

そこまで話すと何故か坂田さんが『ああ、アレね』と挙動不審になっている。『あの、アレ、お天気戦争のせいかな、うん』とよくわからないが坂田さんにも何かあったらしい。でも、坂田さんも神楽ちゃん達も無事なようだ、ならいい。ここで根掘り葉掘り聞くのはきっとしてはいけない。

「だから、親御さんがお迎えに来るまで預かることになりまして」

現在江戸の代表が私で、神様というものは警戒心が強いというか、そこまで慣れ合わないというか……、つまり唯一どの神様からも信頼されるのが地主神ということだ。だからこういったことが起これば、まず私の元に知らせが来たりする。
流石にこれは坂田さんには言えないな、なんて思っていれば、坂田さんが『オメェも大変だな』と、そんな一言で済ましてくれた。

「そのガキのことはわかったとして、今はどこ向かってんの?鈴ちゃんの家?行っていい?ケーキある?」

ケーキ好きなのかな?と笑いつつ、首を横に振る。
私が今から向かうのは縁切り様の神社だ。

「今日はたまたまお仕事がお休みだったので良かったのですが、明日はお仕事なので、知り合いに頼もうかと……なので、私の家ではないです。ケーキは帰りに買いますね」
「ショートケーキな」

傘を持ってくれたお礼を兼ねて、という気持ちで言えば、坂田さんからリクエストが来た。


***

先ほどの小雨が嘘のように、大荒れの雨のなか縁切り様の社から出る。
滝の下にでもいるかのような大粒の雨を見上げてから思わず肩を落としていると、神社の外で待ってくれていた坂田さんが傘を持って此方へ向かって来ている姿が視界に入った。

「おーい、すげぇ雨なんですけど〜」

どどど、と激しい雨の音で坂田さんの声も消えるほどだ。

「んで、頼みに行ったにしては……まだ抱えてんな」

ソレ。と坂田さんの視線は私の腕の中で。
そこには雨師様が居て、ぼろぼろと涙を零している。大声ではないが、大泣きと言えるその大粒の涙は今降っている雨のようだ。

「駄目でした」
「みてーだな」

縁切り様は雨師の子どもということで、『雨師とな!まさかお会いできるとは思わなんだ!うむ!任せろ!』とそれはもう大歓迎だったのだが、雨師様が駄目だった。
縁切り様に抱っこのバトンタッチをしようとしたところで私の着物をそれはもう、凄い力でしがみ付き、ぼろぼろと泣き出した。
それを見た縁切り様が『やはり地主神の気が安心するのであろうなぁ』と残念そうに言い、雨師様が泣き続ければ作物にも影響すると断られてしまった。

でも、職場に神様、ましてや、私以外には見えない1歳くらいの子どもを連れていくわけにもいかない。また、仕事をお休みするべきだろうか……この代理をはじめてからというものお休みを頂くことが増えた。そろそろクビにされそうというのが最近の悩みだ
溜息を吐きたいところだけれども、雨師様を置いて仕事に行くなんて選択はまず無い。
とにかく、こんな大雨のなか坂田さんを待たせるのは良くないと傘に入る。
家に帰ってから考えよう、と少し泣き止み始めた雨師様の背中を軽くトントンとあやしながら待ってくれていた坂田さんにお礼を伝えて歩き出した。

「あ、ケーキ屋さん。坂田さん、寄っていってもいいですか?」
「おう、ショートケーキな。忘れんなよ」
「はい」

かぶき町内に入ってしばらく、ケーキ屋さんが見えてきたことで足を止めたのだが、ここで問題が起きた。
私の両手が雨師様で塞がっている。

「坂田さん……その、大変申し訳ないのですが、鞄からお財布を出していただけないでしょうか」
「あ?ああ、そういや、ガ、紙袋持ってんだったな……俺が抱えてやかっから」

と、お店の前で傘を畳んだ坂田さんが両手を軽く差し出してくれた。
それは大変助かるのだが、残念ながらこの雨師様は私から離れると泣くことがわかった今、坂田さんの預けることもできず、なんて説明しようと迷っている間にひょいと腕から雨師様が持ち上げられた。

「あっ」
「鈴ちゃんは俺のケーキ買うから、テメェは銀さんと留守番な」
「う、う!」
「んだと、ケーキが欲しいだぁ?オメェにはまだはえーよ。母ちゃんの乳から出る生クリームの元で我慢しとけ」
「え」
「鈴ちゃーん、ケーキ」
「は、はい、買ってきます!」

坂田さんの腕の中でご機嫌に両手を上げる雨師様に驚いていたのだが、坂田さんの言葉に慌てて店に飛び込んだ。


***

「うおっ、おめぇ、鈴ちゃんに抱えられてた時は大人しかったっつーのに、俺になった途端活発になんじゃねーよ。人選んでんですかコノヤロー。今のオメェは紙袋、いいか、気持ちを紙袋にするんだ。そうするとな、だんだん自分から紙袋の匂いがしてくんだろ?わかるか?」

ケーキ屋さんを出てからも雨師様は坂田さんに抱えられている。その姿はご機嫌で、坂田さんの襟を噛んだり、着物の合わせ目を引っ張りあむあむと食べたり、つまり、今の坂田さんは涎まみれであるということ。

なんだか、凄く懐かれている。

何故だろう?と考えてみたが、答えは案外あっさり出た。
坂田さんが地主神様の神気を取り込んでいる影響だろう。
雨師様にとっては坂田さんもまた安心する存在ということだ。
そのことに気付いて、明日坂田さんに雨師様を見ていただくのはどうだろうか!とハッと思ったのだが、これ以上坂田さんを巻き込むわけにもいかないし、これ以上お世話になるわけにもいかない、とすぐにこの案は頭から消した。

「坂田さん、送っていただいてありがとうございます。傘はどうぞそのまま持って行ってください。小雨ではありますが、まだ降っていますので」

私が住まうアパートの前に着き、足を止める。
『ここが家ね』と確認するようにアパートを見上げる坂田さんの腕から雨師様を抱き上げれば、雨師様が会いたかったとでも言うように私の首に柔らかい、ふにふにの腕を回して抱き着いてきた。
可愛らしい存在に思わず頬ずりをしていると、坂田さんが『なぁ』と私を呼ぶ。

「はい?あ、ケーキ、ぜひ神楽ちゃん達と食べてください」
「ん、ありがとよ……あと、俺万事屋なんだけど」
「え?はい?万事屋さんですね?」
「頼まれれば何でもすんだけど」
「はい?」
「子守りもしちゃうんだけど」
「………」
「お困りでない?」
「…………お困り、です」

坂田さんが言いたいことがやっとわかって、小さく返事をした私に坂田さんの唇がにっと伸びた。

「んじゃ、ま、報酬の話といこーや」

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第十一話終わり