コメント
前はありません次はありません

13:香りはうつるもの



「すまないねぇ、鈴ちゃん」
「いえ、とにかく行ってみます」

お昼過ぎ、お店の買い出しから戻って来た私に店主であるおじさんが申し訳なさそうに謝る。別におじさんが悪いわけでも、誰が悪いわけでもないのだが、少し困ったことになったなとは思う。

「その……真選組の局長という方の元に行けばいいのですよね?」
「近藤さんっていう人なんだけどね。優しそうな面だったから大丈夫だとは思うけどねぇ。もし夕方になっても戻って来なかったらおじさんが迎えに行ってあげるから、心配いらねぇよ」

そんなことを言うおじさんのほうが心配そうにしていて、思わず笑ってしまう。
なんでも、私が買い出しに行っている間に、その真選組の局長さんが私を訪ねて来たのだという。
かぶき町に住んではいるが真選組――所謂警察とは無縁な私達なのだけど、どうやら、その局長さんが私に会いに来たのは花屋のお婆さんからある話を聞いたから、らしい。

少し前のことになるが、ご老体であるお婆さんの神棚の手入れを手伝ったことがある。そうなった切っ掛けはおじさんが『鈴ちゃんがしてくれるって言ったら、うちのもしてほしいって頼まれてな』というものだった。
そして神棚の手入れをした数日後、花屋のお婆さんが私にお礼を言いに来た。
お婆さんの店で買う花が驚くほど長く、綺麗に咲くのだと評判になったそうだ。
『鈴ちゃんは神様じゃ』なんて言うお婆さんにおじさんが『そんなこと言っても、もう鈴ちゃんは貸さねぇよ』なんて言っていたが……強ち間違っていないお婆さんにドキドキしたのは此処だけの話だ。
お婆さんやお爺さんというのは神様を感じ取る何かを持っているのかもしれないと最近良く思う。先日も道端で急に『神様じゃ、神様がおる。儂をわざわざ迎えに来てくださった、ありがたやぁ』と私に手を合わせはじめるお爺さんと『何言ってるんだ爺さん』とそれを止める息子さんに出会ったばかりだ。
あの時はどうしようかとあたふたしてしまったが、この話はいいとして……。

その花屋の常連らしい局長さんがお困りらしい。
局長さんから話を聞いた花屋のお婆さんが『そういうことなら和遊の鈴ちゃんに相談するといいよ、きっと助けてくださる』なんてことを言ったらしい。
そして、それを信じて本当に私に会いに来た局長さんにはもう頼るものが無い状態、藁にもすがる思いで私に会いに来たのだろう。



「……………」

その建物の前を通ることも左程ないからか、いざその門前に立つと緊張するというもので……悪いことなんてしていないというのに、局長様直々となると身がすくんでしまう。
それに、この真選組の御用改めというのだろうか、とにかく戦闘が主なお仕事であるらしい真選組のそれで毎回地面をえぐられ割と苦しい思いをしているからだろうか、出来れば関わりたくないという気持ちも少しあったりする。

「あの……ごめんください」

門を潜り、一歩敷地に入れば、外とは別物の空気に背中がぞわりと震えた。自分から出た声は別人のようで、ああ、私緊張しているな、これだと逆に怪しいのでは?と訪問するということで持ってきたお菓子を包んだ風呂敷をぎゅっと抱える。

「あの……どなたかいらっしゃいませんか?」

門を潜って一歩も動かず待っていたのだが、建物内は静かだ。でも奥のほうから何かがぶつかり合うような音が耳に入る。この音は竹刀だ、と、寺子屋時代によく耳にした音を思い出す。今では聞く機会がない高い音を聞きながらきっと稽古の時間だったのだろう、タイミングが悪かったな、とまた改めようと背を向けた瞬間、からから、と何かが開く音がした。
振り返れば、玄関らしき戸から真選組の制服を着た男性が竹箒を持って出て来た。その男性とぱちりと目が合う。

「あ、こんにちは」
「こ、こんにちは……え?お客さん?うちに?あの、ここ真選組なんですが」
「え?あ、はい、真選組ですね」
「あっ、もしかして落とし物ですか!?」
「いえ、真選組の局長様にお会いしたく」
「す、すすす、すみません!悪気はないんです!ちょっとストーカー癖がついてるっていいますか!あの!どうか勘弁してやってください!ちゃんと言い聞かせるので訴えるのだけはどうか!この通りです!!」
「え!?あの!?」

何やら初っ端から動揺している隊士の男性が、勢いよく土下座した迫力に思わず後退れば、隊士の胸元からぽろりとアンパンが転げ落ちた。

***

「すみません、てっきり物申しに参ったのかと」
「いえ、こちらこそ、ご連絡もせずに急な訪問で申し訳ございません」
「いやいや!早とちりした俺が悪いんです!局長には和遊の鈴さんが見えたことをお伝えしましたので、もうそろそろ見えると思います」
「ありがとうございます」

見事な土下座を披露してくれたのは山崎さんという方で、山崎さんはあの後、何を言っても『すみません!!』と謝るばかりで少々困ってしまったが、事情を話したところ局長さんに話しを通してくれた。
そして、たぶん客間なのだろうそこで局長さんが見えるのを待っていると、障子の向こうに人影が映る。

「いやー、お待たせしました。わざわざ足を運んでいただいてすみません」

すっ、と開いた襖から体格の良い、でも一目で優しいとわかる男性が入ってきた。そして『よいしょ』と対面するように胡坐をかく。この男性が局長さん、おじさんが言っていた近藤さんという方だろう。

「いえ、こちらこそ会いに来てくださったというのに、申し訳ございませんでした。こちら和遊の菓子になりますが、受け取っていただけると嬉しいです」
「おお!わざわざそんな!ほお!南瓜の饅頭ですか!すっかり秋ですなぁ、ありがとうございます」

真選組をまとめる将ということで、もっと怖いイメージをしていたのだが、なんだか花屋さんの常連だというのも頷ける。にこやかな男性であったことにほっと胸を撫で下ろす。

「もうご存知かとは思いますが、和遊で菓子職人をしております山田鈴と申します」
「お噂はかねがね伺っております。季節に合わせた見目も味も良い菓子をお作りになられると」
「あ、ありがとうございます。面と向かって言われたことがないので照れてしまいますが、とても嬉しいです」
「あはは!俺は真選組の局長を務めております、近藤勲といいます。よろしくお願いいたします」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします。あの、それで、私にお話しがあると伺ったのですが……」
「あ、あー、そのことなんですが……鈴さんには不治の病を治す力があるとお聞きしまして」

いざ本題に入って一分もしないうちに、これは無理だと確信する。
花屋のお婆さんがどう説明したのかはわからないが、流石の地主神様も病までは治せない。困っているところ申し訳ないけれども、力にはなれない。そんな私の心境が顔に出ていたのか、局長さんが眉を下げて困ったように、笑った。
きっと局長さんも無理だとわかっている。でも可能性に賭けてみたかったのだろう。

「病ということは、お医者様には」
「はい、政府お抱えの医者達にも診ていただいたのですが、一向に治る気配もなく。寝ても覚めても泣いている状態でして」
「それほど……」

状態は酷いようだ。病は局長さんではないところを見ると隊士の方なのだろう。でも、一般的な男性よりも遥かに精神力を鍛えていそうな真選組の隊士でさえ、泣いてしまうような恐ろしい病なのだろう。

「お力にはなれないですが、江戸の外れに病を治す力を分けてくれるという神社があると耳にします。そちらに一度行ってみるのもよいかと」
「やはり最後は神頼みですな」

今、私が言える精一杯のことがそれだ。この言葉を信じて行くかはわからないが、私からその神社の神様に手紙を出そう。
そう心に決めて肩を落とす局長さんを見ていれば、障子にまた人影が出来た。

「近藤さん、会議の時間だ。すまないが、俺は今回も欠席にしといてくれ」
「おお、トシ!いいところに、花屋の婆さんが言っていた方が見えていてな!入ってきてくれ!」

障子の影はトシという方らしく、局長さんが入って来いと言ったからか、すっと戸が少しだけ開いた。

「近藤さん、わりぃが俺はそんな胡散臭い奴の話しなんぞ聞かねぇからな」
「こらトシ!鈴さんになんてことを言うんだ!わざわざ来てくださったんだぞ!」

失礼な物言いではあるけれども、そう思うのもしょうがないと私自身が思う。だって、不治の病を治す人間と言われて、ああ、はい、そうですか、と受け入れられないだろう。トシという男性を叱りながら、私に謝る局長さんに『いえ、お気になさらず』と返した。
そして、障子から少しだけ覗く漆黒の瞳と目が合った瞬間、私は少し驚いてしまった。

「え、泣いて……」
「ええ、見ての通り、涙が止まらない病でして」

え、そっち!?
と、思わず局長さんを見てしまった。私はてっきり不治の病に悩まれて涙しているものと思っていたのだが、障子から覗く力強い瞳からぽろぽろと涙が止めどなく流れている。表情と涙がマッチしていない。
障子の向こうで鼻を啜る音と『あーくそ、水分無くなる』という小さな声が聞こえた。

「この通り、寝ても覚めても涙が止まらず。警察という職業柄この姿のまま外に出ることもできず、仕事もままならんものでして……副長として隊士に見せるわけにもいかんし、どうしたものかと」
「近藤さん、ティッシュくれ」

私に説明しながら、障子から伸びてきた手にティッシュの箱を渡す局長さんを見てから、そのトシさんを見る。
その時、開いた障子の隙間から部屋に風が入ってきた。
その風はトシさんが纏う匂いも運んできたらしく、その匂いを嗅いで鼻がヒクリと動く。

「お線香の香り」
「え?線香ですか?そういやトシも何か匂いがすると」
「…………」

思わず出た言葉ではあったが、本当に小さく囁いた程度のその声を拾うお二方はやはり警察官というべきなのだろう。
局長さんにはわからなかったようだが、このトシさんという人はその香りを感じているらしい。障子の隙間から射貫くような視線が向けられている。

「近藤さん、会議に出席してくれ、あんたがいねぇと始まんねぇ」
「え、でも鈴さんが」
「鈴さんは俺がもてなしとくから行ってくれ」
「え……、じゃあ、あまり失礼のないようにな、そのくれぐれも泣かせないでね」
「泣かせるわけねぇだろ。というか泣いてるの俺なんだけど」

私を気にしながらも『では、俺はこれで、本日はありがとうございました。後日お礼に伺いますので帰る際はお気を付けて』と部屋を出て行く局長さんに頭をさげる。そして、局長さんと入れ替わるようにどかりと私の前に胡坐をかいたトシさんと自然と目が合い、背筋を伸ばす。
なんだか雰囲気のある方だ。
何があっても曲がらない、よく斬れるまっすぐな刀のような人だと思った。ただ、その瞳からは未だ涙が流れているし、鼻はかみすぎてなのか赤く、痛そうだ。

「んで、この匂いは線香なのか?」
「え」
「だから、この匂いだよ」
「はい、お線香の香りかと」
「なんの匂いかと思ってたが、線香か…………近藤さんも他の医者達にも言ったが誰も匂いすらわからなかった」

あんたはわかんだな、そう言うトシさんの言葉に、これは病ではないのかもしれないと感じ始める。私が感じたのか、はたまた私の中の地主神様が感じたのかはわからないが……。

「あの、差し支えなければ教えていただきたいのですが」
「なんだ」
「こうなる前にいつもとは違う何かをされた覚えはありますか?」
「いつもと違うこと、なぁ」
「あっ、申し遅れました、私、和遊で菓子職人をしております山田鈴と申します」
「あ、ああ、俺は真選組副長、土方十四郎だ」

先ほどは障子から覗く瞳があまりにド迫力だった為に少し怖かったが、今、私の言葉を聞き、ちゃんと“いつもと違うこと”を考えてくれている姿を見ると怖いだけの人ではないことがわかる。
何日前からこの症状に悩まされているのかは知らないが、うーんと思い出しながら鼻をかむ副長さんが、かみ終わったティッシュをぽんぽん近くに積み上げていく。

「あの、ごみ箱をどうぞ」
「あ、わりぃな」
「いえ」

ぐずぐずと鼻を鳴らしてちゃんとお礼を言ってくれる姿がだんだん可愛く見えてきた。

「そういや、線香で思い出したんだが、高官の葬儀に参列したな」
「葬儀、ですか」

確かに、葬儀ならお線香の香りがうつる。
副長さんが言葉を繰り返した私を見て、顔色を変えた。

「いや、いやいや、それはねぇよ、いやいや」
「あの、どうかされましたか?凄い汗ですが、どこか具合いでも」
「いやいやいやいや、大丈夫だ。そんなの絶対ない」
「あの、副長さん?」
「ちょっと塩浴びてくる」
「塩、え!?あの、とにかく落ち着いてください」

急に立ち上がった副長さんに驚いていると、というか何故塩!?と不思議に思っていると、戸の前まで行った副長さんが此方を振り向き、鼻をすすりながらこう言った。

「アンタ、お祓いとかできんのか?」
「お、お祓い、ですか?」
「絶対アレだ。あの爺が俺を呪い殺そうとしてるに違いねぇ。公共の建物をぶっ壊してんのは総悟だってのに、死ぬ間際まで賠償金がいくらだと思ってんだってキレてたから、きっとアレだわ。休む暇なく来る損害賠償の波でおっちんだ可能性もなくはねぇ。俺が泣いたぶんテメェも泣けってことだったのかよ」

微かに震えながら片手で目元を覆う姿がどことなく坂田さんと被って見えた。

web拍手


第十三話終わり