「その……どうしてそんなお話になったのかわかりませんが、私にはお祓いとか、病を治すとかそういうことはできません」
申し訳ありません、と座り直した副長さんに頭を下げれば、咳払いの後に『俺こそ取り乱して悪かったな』と小さく聞こえてきた。
「そもそも俺ははなから信じちゃいねぇよ」
「そ、そうですか」
先ほどの取り乱した姿を見せたのが余程恥ずかしいのだろう、少し耳を染めて不愛想な表情で視線をあっちこっちに動かす副長さんに言葉を詰まらせながら返事をする。思いっ切り、お祓いはできるか?と聞かれたが、アレはもう記憶から消そう。副長さんの為にも。
男の人は強がりたい生き物だから、そういう時は立ててやりなさいと母が言っていた言葉をふと思い出す。きっと、それを実行するのは今だろう。
「ですが、お力にはなれるかもしれません」
「………祓ねぇって言ったじゃねぇか」
ぽろぽろと零れる涙を豪快に拭きながらぶすっとした表情をした副長さんに頬が緩む。不可思議なことは信じていない割に、祓おうとする。それはもう信じているようなものだ。
ただ、副長さんが考えている涙の原因は違うと思う。だから、お祓いをしたところで涙は止まらないだろう。
だって、神様が言っていた。
祟るのも呪うのも、いつの世も生きた人間が仕出かすことだと。死者の祟りにしてしまえば丸く収まるのだと、そう呆れたように言っていた。
「お祓いはできませんが……まず、副長さんのお話を聞かせていただけませんか」
「話だぁ?」
「はい、葬儀に参列した日のことを」
煙草を咥えたままそんなことを言う副長さんが、かちりとライターに火をつければ、ジリと煙草の先端に火が移る。
ふっ、と煙を吐き出した副長さんを見ていれば『あ、わり、煙草吸っていいか?』と遅くではあるが、一言掛けてくれた。
「どうぞ。あ、灰皿ならこちらに」
私の近くに灰皿があったのでそれを動かそうとしたのだが、ガラス製の灰皿は案外重く、片手ではほんの数センチしか持ち上げられなかった。そんな私を見た副長さんが腰を浮かせて私から灰皿を受け取る。
わざわざ腰まで浮かせて灰皿を取りに来たその姿を見ればわかる。きっと根はとても優しいのだろう。
とんとん、と硝子に灰を落とした副長さんが『何の変哲もない葬儀だった』とその日のことを思い出すように話し出す。
「たいして変わったことなんてなかったが」
「例えば、雨が降っていたとか、石畳の一つだけ濡れていなかったとか」
「……そんな話すんじゃねぇよ」
「いや、そんな感じのお話しをですね」
げっ、と言いたげな顔をした副長さんに、この人、きっと怖い話が苦手なんだなと確信する。
「じゃあ、その、葬儀の日のことを思い出す限りでいいので教えてください」
「………葬儀には近藤さんと行った。葬儀の流れはどこも同じだろ……遺族にお悔やみの言葉を言って……そういや」
女が泣いていた、そう、思い出したようにぽつりと言う副長さんを見れば、副長さんも私を見ていた。
「多分親族だと思うが、えらく泣いてたな。それ以上に近藤さんが涙と鼻水でえらいことになっていたが」
ふぅー、と副長さんから吐き出された紫煙が揺らめきながら天井へ上っていく。それを視界に入れながら、それだ、と思った。
葬儀で泣いている人は珍しくない、そのなか、その女性に目が行ったということは、余程の美人であったか……この世のものではないかのどちらかだろう。
「その帰りに近藤さんが糞踏んじまって、仕方なしに公園の水道で洗ったんだが」
次々に出てくるお話を、うんうん、と聞く。最初よりもお喋りになった副長さんは「それでな」と鼻をぐずぐず鳴らしながらも話すのが楽しそうだ。
そして、副長さんのお喋りはその日の夕飯にまで突入したが、きっとその日の就寝まで止まらないだろうと相槌を繰り返す。
「悪い、つい話しすぎた」
「いえ、大変面白かったです」
「どのへんがだ?」
「ご飯にマヨネーズをかけるこだわりの辺りです」
「面白いか?普通だろ?」
「好きなお笑い芸人さんの違い、というやつでしょうか」
「確かに、人によって笑いの好みが違うからな」
「ええ」
やっとその日の就寝までいったところで副長さんが止まった。きっと、ここ最近涙のせいで誰とも話をしていなかったからだろう。存分に話してスッキリしたような顔をしている。
「で、何かわかったのかよ」
私に対してまだ半信半疑だったはずの副長さんが信じてくれたのだろう、その言葉にゆっくり頷く。信じていなかったのなら“何かわかったか”なんて、きっと聞かない。さっさと帰してしまうだろう。副長さんはそんな性格をしていそうだ。
信じてくれているのなら、私もちゃんと返さなければ。
「はい、解決するかはわかりませんが……あの、ぬいぐるみなどはお持ちではないでしょうか?」
きょとんとする副長さんに私は小さく笑った。
***
ぬいぐるみはないか?
そう聞いた私に『野郎ばっかのうちにあるわけねぇだろぉが。あったらキモイだろ』と言われたのだが、副長さんが思い出したかのように立ち上がり客間から出て行ったかと思えば、すぐに帰ってきた。
手にテディベアを抱えて。
「……ありましたね」
「……………あったな」
「可愛らしいテディベアですね」
「これはアレだ、あの……去年やった忘年会のビンゴ景品であって、俺のじゃねぇぞ」
「真選組の制服ですね」
「特別感を出そうと思ってな、作らせた。俺んじゃねぇからな」
何度も俺のではないと言いながら『ほらよ』と私にテディベアを渡してきた。それを受け取れば、もふっとしたぬいぐるみが腕に収まる。
「これでいいのか?」
「はい、大丈夫です。でも、これは私が持つのではなく副長さんが持ってください」
「あ?」
愛らしい、くりっとした瞳のテディベアを撫でる。
やり方は縁切り様に聞いたことはあるが、まさか私がそれを使う日が来るとは思わなかった。成功するといいけれど……とテディベアの頬を撫でてから副長さんに返せば、素直に腕に納めてくれた。わりと素直な人だな、と思う。
一度信頼すれば、どこまでも信じる人なのだろう。
真選組の制服を着たテディベアを抱える同じ制服を着た成人男性というペア。それを目の前に思わず『可愛い』と呟くように言ってしまった私の頭にトンっと手が落ちる。所謂チョップ、手刀に『いてっ』と声が出てしまった。そのチョップは決して痛くはなかったのだが、こういった軽い掛け合いをする友人と最近は会っていない為、そのノリが少し懐かしい。そう小さく笑えば、副長さんが呆れたように、でもつられたように笑う。
「いいから、さっさと治すぞ」
「はい……ところで副長さん、涙、止まりましたね」
私がそう言えば、先ほどまでぽろぽろと涙を零していた副長さんが目元を触れて、私を見る。
涙が止まっていることに驚いているようだ。
「なんで治ったのかは聞かねぇが……礼を言う」
「あっ、テディベアはまだ抱えていてください」
治ったと思ったのだろう。テディベアを私に渡そうとする副長さんを止めたのだが、その手からテディベアが離れた瞬間、副長さんの瞳からぽろっと涙が落ちる。
「まだ、治ってはいません」
チッと舌打ちをしながら涙が零れる目元を擦る副長さんの手にテディベアを渡す。
「持っていれば涙は止まります」
「この先、こんなふざけたもんを持って生活しろってのか」
「いえ、今はまだ、です。ではまず、テディベアに名前を付けていただけますか」
「………………マヨ太」
どれだけマヨネーズを愛しているのだろう、と笑いそうになる口元に力を入れれば、それを感じ取ったのか、またしても頭にチョップが繰り出されて『いて』と声が出る。
「で、では、マヨ太くんと少しだけでいいので、遊んでください」
「遊ぶだぁ?……どうやって?」
「どんなことでもいいので、お願いします。……と、言っても難しいですよね。私も参加させてください。えー、と、こちらをお借りしてもいいですか?」
「お、おい」
近くにあった副長さんの煙草の箱を手に取り、『マヨ太さん、こんにちは』とまるで煙草が喋っているように動かす。所謂、人形劇、ままごとのようなものだ。
その私の行動に気付いたのか、副長さんがマヨ太を動かした。
「こ、こんにちは」
「今日はいいお天気ですね」
「そ、そーだねぇ」
「今日もお仕事ですか?」
「う、うん」
「真選組さん、いつも町を守ってくれてありがとうございます」
「いや、これが仕事だしな」
最初こそ、恥ずかし気に返事をしていた副長さんだったが、いくつか言葉を交わしはじめれば慣れてきたらしい。
「あっ、マヨ太さん、あそこに怪しい奴が!」
「おい、どんな展開だ」
「駄目ですよ。今はマヨ太くんが主役です」
「わーった、わぁった。真選組だ、御用改めである」
刀を掲げているのだろうマヨ太の片手を上げて、副長さんがくつくつと笑う。その雰囲気にいつの間にやら私まで楽しくなってしまい。人形劇の物語が途切れることなく続く。
「必殺技とかあるとかっこいいかもしれませんね」
「必殺技な」
「真選組マヨジャブとかいかがでしょう」
「刀どこ行ったよ。まぁいい、ジャブでいくか」
いつの間にやら必殺技まで完成したマヨ太くんは、もう立派な真選組のエースとなっていた。そしていよいよ舞台は宇宙に……というところで、マヨ太くんの瞳からぽろりと雫が落ちる。
「お、おい、なんか泣きはじめたぞ」
「あ、代わってくれたんですね」
「代わるって」
ぐすぐす、と声を出して泣きはじめたマヨ太くんにひぃという顔をする副長さん。でも、その手はマヨ太くんを離しておらず、つい笑ってしまう。
「遊んでくれたお礼に、泣女さんの感情を引き取ってくれたんだと思います」
「なきめ……つーと、あの雇われて葬儀で泣く女か?だが、今はそんなもん無いだろ」
泣くじゃくるマヨ太の頭を無意識に撫でながら話す副長さんに何と返そうか悩む。確かに一昔前に泣女という職業はあったが、副長さんが出会った泣女さんは泣沢女神という水神様だったのかもしれない。泣女のようなことをすると聞いたことがある。
もしかして副長さんはその女性に声を掛けたのかもしれない、きっと受け入れやすい体質なのだろう。泣女さんの感情を少し持って帰ってきてしまい、今回の涙が止まらないという症状が起きた、私はそう考えている。
でも、だからと言って全てを副長さんに話すのは止めておこう。見ての通り、妖怪やそういう系統は苦手なようだから……。
そう思い『もしかして、特別に雇われたのかもしれませんね』と言えば、副長さんが難しい顔をした。納得はしていないようだ。
「その泣女の感情が俺にうつったのが今回の原因ってことか」
「はい」
「………代わってくれたコイツはこのままなのか?」
「人形の場合は数分で治まると思います」
「そうか……アンタはこういうことをなんで知ってんだ?神社か寺の出か?」
「いえ、そういうことに詳しい者が近くに居た、というやつでしょうか」
「婆さんとかか」
「………そんな感じです」
「今回、近藤さんがアンタの話を聞いて声を掛けたんだよな……こういうこと、他にもしてんのか」
「こういったケースは初めてなので、少し緊張しました」
職業病だろうか、そう聞いてくる副長さんは根掘り葉掘り聞くつもりはないのだろうが、如何せん尋問のようなそのやり取りを曖昧に返す。神社の出と言えば良かったのだが、調べられればすぐに一般家庭の出だとわかるだろう。
泣いているマヨ太に視線を下げ、涙が止まったことに安心したのだろう。はぁ、と肩の力を抜く副長さんを見ていれば、ふと私を見た。
「涙を止めてもらったことには変わりねぇ、ありがとよ」
「いえ、お力になれて良かったです」
「もう夕方だ、なんか奢る。何か食いてぇもんあるか?」
「いえ、お気になさらないでください。私もそろそろ帰りますので」
「遠慮するこたぁねぇでさァ。牛一頭奢れよ土方」
「一頭でいいのか?」
「あの、今のは私では」
まるで私が言ったかのように『二頭だろうが三頭だろうが用意するぜ』というように煙草に火をつけた副長さんの後ろを見る。
局長さんでも山崎さんでもない、可愛らしい顔をした青年と目が合った。
「土方さんも隅におけねぇや。会議のさなか女を連れ込むたァ、職務怠慢もいいとこでさァ。はい、チーズ」
パシャリと一瞬だけ眩しくなったことに写真を撮られたのだと気付くが、私よりも先に反応したのは副長さんで、『総悟!テメッいつ戻ってきやがった!てか写真を撮るな!』と叫ぶ。
「俺に四日も出張警護ぶち込みやがって死ねよ土方。強姦現場撮ったりィ」
「誰がいつ強姦したよ!?」
「姉さん、大丈夫ですかい?この野郎に乱暴されなかったかい?今なら証拠もありやすぜ。ここはいっちょ、訴えやしょう。野郎を豚箱にぶち込むチャンスですぜ」
「え」
先ほどの雰囲気はどこへやら、嵐のようなそれに圧倒されていると、隣にすとんと青年が座る。
少し古風な話し方をする青年に視線を向ければ、『泣き寝入りはよくねぇですぜ』と言うその青年と目が合った。あちらも私をじっと見ていて、その瞳はなんだか見定めているような感じだ。失礼だが、猫に似ているなと思った。警戒心が強そうだ。
「訴えんなよ」
「訴えません。そもそも、そんなことされてもいませんので」
ハァと疲れたような溜息を零し、煙草を吹かす副長さんの言葉に少し笑いそう返せば、隣の青年が『姉さん』と私を呼んだ。
「はい?」
「ちょいとコレ持ってくだせェ」
呼ばれて反応した私の手に袋を渡した青年が一人でうんうんと頷いている。え、これは?とパッケージを見れば【激辛せんべい】とあった。渡されたまま不思議そうにしている私をまるでカメラマンの如く角度を変えて観察しだした青年に謎が深まり、副長さんに視線をやれば、何故か疲労困憊している副長さん。
先ほどの鋭くも優しい刀のような人だった彼が、青年の登場だけでこれほど疲弊している。
「あの、これは?」
「なんでィ、食べたいんですかい?いいですぜ」
「いえ、あの」
「はい」
「あ、どうも、ありがとうございます」
私から激辛せんべいの袋を取り、びりっと開封したかと思えば、真っ赤なせんべいを一枚だけ私に渡してくれた。思わず受け取ってしまったのだが、申し訳ないことに辛い物があまり得意ではない為、どうしようと思ったのだが……私を見る青年の眼差しに、食べようと腹を括る。そんな私の姿に副長さんが『おい、無理して食うこと……』と止めてくれたが、その時すでに私は口に含んでいた。
「……………っ……かっ」
一口含んだだけだというのに口内の感覚が消えた。辛いという味さえわからないほどカッ!と体が熱くなり口元を押さえた私に副長さんが近づき、そっと湯飲みを前に出してくれた。それを手に取ったのだが言葉が出ない為、頭だけを下げた私の背中を擦ってくれる副長さんがまたしても溜息を零す。
「総悟、いい加減にしろ」
「俺はただ、お近づきの印にって思っただけでさァ」
「阿保、近づく前に死んじまうわ」
「俺がしやす。土方コノヤロー退いてくだせぇ」
「なんなのお前、なんなの?」
喉に絡みつく唐辛子の粉に思わずコホッと咳をすれば、背中を擦る大きな手が少しだけ小さくなった。余りの辛さに涙目になってしまったが、視線を動かせば、私の背中を擦っていたのは副長さんから青年に代わっている。
「すいやせん、姉さんならいけると思ったんですがねィ」
「何基準でそう思ったんだよ……おい、茶飲め」
「あ……う、ありがとうございます」
***
「先ほどは失礼いたしました。和遊で菓子職人をしております。山田鈴と申します」
「こりゃご丁寧にどうも。一番隊隊長をしていやす、沖田総悟でさァ」
なんとか落ち着きを取り戻し、飲み干した湯飲みを置いてからゆっくり挨拶をすれば、青年――沖田さんがぺこりと軽く頭を下げた。
見た目は青年、まだ未成年のように見えるが、隊長を務めているとは、と微笑むと沖田さんが何故か激辛せんべいの袋を掴み、それを副長さんが何食わぬ顔でさっと止めている。
仲の良い関係だと微笑ましく思う。
最初こそ真選組とは関わりたくないなどと言っていたが、実際にお話をしてその考えが間違いであったことに気付く。
局長さんは温かい人であったし、副長さんは怖い顔をしているが面倒見が良さそう。そして隊長さんは弟枠なのか少しやんちゃのようだけど、憎めない愛らしさがある。山崎さんは丁寧で馴染みやすい方だった。その中で働く隊士さん達もきっとこのような雰囲気なのだろう。上に立つ人がそうならば、きっとそうだ。
「和遊にはよく行きやすが、鈴さんを見たことがねぇでさァ」
「私は裏方でお菓子を作るのがお仕事なので」
「なんでィ、じゃあ、俺が行っても鈴さんに会えないってわけですかい?」
「隊長さんが来た時は表に出てご挨拶しますね」
えらく可愛いことを言ってくれる、と微笑めば、隊長さんも頬を少し緩めた。なんだか神楽ちゃんと被るその姿に、ついつい敬語が外れそうになってしまうと気を引き締める。相手は未成年に見えても役職に就いている人だ。気を付けなければ。
「それで、鈴さんは土方さんと密会して何してたんですかィ?」
「み、密会ではないのですが、少し局長さんに用事がありまして……ですが、どうやら会議があったようで代わりに副長さんが私のお相手をしてくれていたんです」
流石にマヨ太くんで人形遊びに熱中していたなんて言えず、副長の涙が止まらない事件も他の者に隠しているようだったので、当たり障りのないことを言えば、副長さんが隊長さんに見えない位置で私に親指を向ける。ナイス、と言っているのだろう。小さくうんうんと頷く副長さんにほっと息を吐き出す。
「テディベアを持ってですかィ?」
「こ!これは私が欲しいと駄々を捏ねたんです!」
流石警察、目の付け所が違う、鋭い。
副長さんが未だ持っているマヨ太くんに視線を向けた隊長さんに慌てて言葉を返す。そして副長さんが持つマヨ太くんを掴み『ね、そうですよね!』と言えば『なんだ?これ欲しかったのか?』なんて普通に返してくる副長さん。
副長さん、お願いします!空気を読んでください!いや、普通に可愛いので欲しいですけれども、そういうことではないんです!
私だけが慌てているのが何故か虚しくなる……と思っている私に、副長さんが『早く言やいいだろ』とマヨ太くんをくれた。
いただいてしまった……とマヨ太くんを抱えれば、私達が居る客間の障子が開き、ここまで案内してくれた山崎さんが少しだけ顔を出した。
「副長……あ、沖田隊長もいたんですね。おかえりなさい、長期任務お疲れ様でした」
「どうした山崎」
「あの……表に万事屋の旦那が来ていまして」
「万事屋だぁ?なにしに来やがったあの野郎」
「それがどうも、鈴さんを迎えにきたようなんです」
と、山崎さんがちらりと私を見た。
え?私?と思っていると、副長さんと隊長さんも私を見る。
何故坂田さんが?と、何かに巻き込まれて私を探しに来たのかもしれない、とも思ったのだが、障子を開けて立っている山崎さんの後ろを見て、ああ、と思い出す。
空が茜色をしている。そう言えば、副長さんも夕方だと言っていた。
夕方になっても私が戻ってこなかったら、おじさんが迎えに来てくれる。そういう話だった。もしかしておじさんではなく、坂田さんが迎えに来てくれたのだろうか?
「副長さん、隊長さん。そのようなので私はそろそろ」
坂田さんも迎えにきてくれたようだし、どのみち、そろそろ帰らなければいけないと思っていたところだ。副長さん達に伝えて立ち上がれば、副長さん達も立ち上がった。どうやらお見送りしてくれるみたいだ。
***
「坂田さん」
「おー、鈴ちゃん、お勤めご苦労さん。どうよ、久々のシャバの空気は?感想聞いてい?」
広い玄関に腰かけて、外を見ていた坂田さんの背中に声を開ければ、くるりと此方を見て冗談を零す。そんな坂田さんに『美味しいです』と冗談で返せば、坂田さんが笑う。
「電話でさぁ、オヤジが鼻息荒くして鈴ちゃんのこと言うから何事かと思ったんだけど」
「すみません。行く前もとても心配されていたので」
「テメェで迎えに行くって約束した癖に、相手は警察だから腕っぷしが強くて捕まってもたいして困らない奴がいい、とか言って俺を向かわせるってどういうことなんだろうね?」
「そうですね」
ぶつぶつ言いながら立ち上がる坂田さんに笑ってしまう。
なんでこの人は、こう、和む空気を醸し出すのだろうか。
『はい、草履』と端に綺麗に置かれていた私の草履を履きやすい場所に移動させてくれた坂田さんにお礼を言いつつ、履こうとすれば、片手を取られた。体の重心が取りやすいようにしてくれたのだろう。本当に、さりげなく気を利かせる人だ。
少し前に、神楽ちゃんや新八さんが道行く夫婦を眺めながら『あの人結婚できるんですかね。ずっと独り身はやめてほしいんですけど。僕達そこまで面倒みられませんよ』と坂田さんの将来を少し気にしていたが、心配ないと思う。こういう人は案外女性に好かれる。あ、案外というのは失礼だな。
「……オメェら、仲いいな」
「なぁーにぃ?気になんの?ごめんねー相思相愛でぇ」
「なんだコイツ、むかつくな。おい、総悟」
「公務執行妨害罪でいいですかィ?」
私の腕を掴みながら副長さん達と口喧嘩みたいなことをしている坂田さん。どうやら顔見知りのようで、にやにやと見たことのない意地悪そうな、でも楽しそうな顔をする坂田さんと私と話していた時とは雰囲気が違う副長さんはどこか子どもっぽい。
「鈴さん、送ってきやしょうか?この二人こうなったら暫く終わんねぇんでさァ。パトカーになりやすが」
「いえ、歩いて帰れる距離なので、ありがとうございます」
「なになに、沖田くん。えらく猫被ってんじゃねぇの、鈴ちゃんに惚れちゃったかんじ?」
「冗談は頭だけにしてくだせェ旦那。俺はただ、逆らっていい奴とそうでない奴の区別がつくだけでさァ」
「ああ、そういや、お妙にもそんな感じだもんね、きみ。野生の勘働き過ぎじゃね?ってか俺のこと馬鹿にしたよね今?」
私に話し掛けてくれた隊長さんまでも巻き込みはじめた坂田さんを見ていれば、いち抜けたらしい副長さんが『おら、マヨ太忘れてんぞ』と草履を履くために玄関に置いていたマヨ太くんを渡してくれた。その名前は副長さんの症状をぬいぐるみに移す為に必要なだけだったのだが、このテディベアはこの名前と一生付き合っていくことになるらしい……、と小さく笑えば、頭にトンッと手が振ってきた。
「いて」
「何笑ってんだ」
「す、すみませ、いて」
「ギャアアアア!!何してくれてんの!?このブイ字前髪!?」
自分が笑われたと思ったのだろう副長さんから軽いチョップを食らって、それにまた笑えば、またまたチョップが降ってきた。そこで坂田さんが何故かこの世の終わりみたいな叫び声をあげて私の頭を守るように抱えこみ、周りをきょろきょろしている。急なことに私も驚いたが、目の前にいた副長さんも驚いたようで、チョップの手をしたままきょとんとしていて『な、なんだよ』と言っている。
「なんだよだと!?テメェがなんなんだよ!鈴ちゃんは繊細なの!!もっと優しく扱えぶっ殺すぞ!!ビックリしただろうが!!」
「っ、ビックリしたのはコッチの台詞だ馬鹿野郎ぶっ殺すぞ」
「土方さん、婦女暴行ですぜ。こりゃいい口実ができやした」
声を荒げている坂田さんに私も正直ビックリしたのだが、いきなり婦女暴行だと言い始めた隊長さんに『暴行はされていません、少しふざけ合っただけです』と慌てて言ったのだが、誰も私の声は聞こえていないらしい。
もしかして、この言い合うのが男性にとっては楽しいのだろうか。女性同士と男性同士の友情は違うというし……と、三人が言い合いっているのを副長さんと坂田さんという長身に挟まれたまま眺める。そう思うと、これはこれで賑やかだ。
ならそこに私が入っていくのはよくないな、と抱きしめられている状態から自然に離れようとしたのだが、もぞもぞ動く私を見てその手にあるマヨ太くんに気付いたのか、坂田さんが『なにそれ?』と覗き込んできた。
「これですか?いただきました」
「呼び出したお詫びにしちゃショボくね?」
「私が欲しいと我儘を言ってしまって」
「え?鈴ちゃんが欲しいって言ったの?……ふぅーん」
坂田さんは興味があるのか、私が持つマヨ太くんをじろじろと見ている。私の物であったのなら坂田さんにプレゼントできるのだが、流石にいただいたものをあげるわけにはいかないし……。
「あの、副長さん」
「あ?なんだ?」
「マヨ太くんをもうひとついただけないでしょうか?あ、もちろん代金はお支払いいたしますので」
「もう一つ欲しいのか?」
「確かまだあったはずでィ、待っててくだせェ、今持ってきやす、土方が」
「お前じゃねぇのかよ」
「鈴ちゃん、そんなにぬいぐるみ好きなの?銀さんが別のもん買ってやっから、こんな奴らの制服着た熊なんてやめとけって。貰ったやつも置いてこうぜ」
「え?坂田さんも欲しいのかと、私は思ったのですが」
「は!?いやいや!いらねぇよ!ほら、もうけーるぞ」
此処から早く立ち去ろうとしているのか、私の手を引いて歩き出した坂田さんに慌てて足を動かしながら、こちらを見送る黒い制服のお二人に『お邪魔しました!こちらもありがとうございます!大切にします!』とマヨ太くんを少し上げて言えば、小さく手を振ってくれた。
***
少し肌寒くなってきたな、と空を見上げる。
夏に見た空とはどこか違う。説明するのは難しいが皆が感じていることだろう。秋には秋の空がある。透き通っていて、どこか清々しく寂しさを感じる空。
そんなことを考えながら空を見上げていた視線を戻し、足を進める。
真選組を訪問してから一週間ほどが経った。
あれから副長さんは仕事に復帰したようだ。先日、局長さんがお店に見えた時にそう言っていた。お礼をということで、お金が入っているのだろう茶封筒を差し出されたのだが、それはいただけないと突き返してしまった。私が本当に祓い屋だったのなら、受け取ったかもしれないが、今回解決できたのは地主神様の力のお陰だ。
流石にそのことまでは説明できないが、やんわりと断らせてもらった私に眉を下げた局長さんに『そのかわり、新商品を試食していただけませんか』と代わりのことを頼めば、それはとても良い笑顔で『もちろんです!』と頷いてくれた局長さんを思い出し、ふっと頬を緩めながら歩く。
「あ」
そんな、先日のことを思い出しながら歩いていると、視界の先に黒い制服が見えた。前までなら、その近くを通ることさえ緊張していたのだろうけど、今はその姿を見ると嬉しく思える。
煙草を吹かしながら自販機の前に立つ副長さんは休憩中なのだろう。どれにしようかな?と人差し指をうろうろさせて迷っている姿は元気そうだ。良かったと思いながら鞄からある物を取り出して足を進める。
私が取り出したのは、女性ものではないシンプルなハンカチだ。
昨日、ある神社の神様から呼び出しがあり、私自身初めてお会いする神様だったので何事かと思ったのだが、私に会いたがっていたのはその神様ではなかった。
私に会いたがっていたのは精霊だった。それも異国の。
神様だけでなく、まさか精霊様にまでお会いできるとは思わず、とても緊張したのだが……その異国から来たのだという精霊――名前はバンシーというそうだ。
神秘的な容姿のその美女は死を予知して亡くなる者の家の周りで泣くのだそうだ。それを聞いて、副長さんが出会ったのはこの女性だったのだろう、と心の中で思った。
バンシーさんはある人間を探していて、それを聞いたそこの神様が『この地の土地神様は人間だ。相談してみろ』ということになったらしい。
実際に私を見たバンシーさんが『本当だわ、本当に人間なんですね』と何故か泣きながら私の体を触りまくっていた。きっとそれほど驚いたのだろうし、珍しかったのだろう。
そんな美人なのに可愛らしさも兼ね備えているバンシーさんの相談とは『このハンカチを持ち主に返したいのです』というものだった。
始終流れているのだという涙を零しながら、ある人間が貸してくれたのだというその話を聞いて、この持ち主が誰であるかすぐにわかった。
返しに行きますか?と言った私に『現れれば家の者が死ぬ、そう言われているのが私です。あまり喜ばしい存在ではないでしょう』と、代わりに返してほしいと言われた。
死ぬと言っても、バンシーさんが命を奪っているわけではないというのに、そう言って悲しそうに泣くバンシーさんに私も、私を呼んだ神様も悲しくなった。
バンシーさんはただ、今から死に向かう者を想って悲しんでくれているだけだ。でも、自身にとって大切な者が亡くなるとわかってしまうのは人にとって良いことではないのだろう。
死を予知するということは、副長さん達が参列した葬儀を行ったその家からまた亡くなる人が出るのは確実。こればかりは天命だ。
誰かが亡くなるとわかってしまったことに少し悲しくは思ったが、これもバンシーさんのせいではないと『では、私がお返しいたします』とハンカチを受け取った。
「私に声を掛けてきた人間には驚きましたが、泣くことしか出来ない私にもう泣くなと、その気持ちは伝わっていると言ってくださったんです」
とても嬉しかった、とずっと泣いていたバンシーさんがその時にっこりと笑った。
異国で泣き女と呼ばれているバンシーさんまで笑顔にしてしまうとは、とんだ色男だ。
未だに何を買おうか迷っているらしい副長さんの背中に近づき『副長さん』と声を掛ければ『おお、鈴か』と名前を自然に呼ばれた。
その感じは坂田さんを思い出す。
やはりどことなくこの二方は似ているな、と笑えば頭にトンッと降ってきた手に『いて』と声が出る。
「何笑ってやがんだ」
「す、すみません。こんにちは」
「おう、アンタは買い物か?」
「いいえ、副長さんに会いに」
「は?」
ふっと煙を吐きはしながら不思議そうにしている副長さんにハンカチを差し出す。
「こちらをある方から預かりました」
「……………」
そのハンカチを見て、口に咥えていた煙草を落とした副長さんは、これに見覚えがあるのだろう。
俺のだ、とは言わず、ただ黙ってハンカチを受け取りポケットに入れた副長さんに胸の奥が温かくなる。
泣いている者がいたから手を差し出した。誰もができることでは無い。
そういう人が江戸を守ってくれているのだと思うと嬉しくなる。
「………もう、泣いてなかったか?あーくそ、なんで微糖しかねぇんだよ」
私から言ってはいないが、副長さんも声を掛けたその女性が人間ではないと薄々気付いているはずだ。なのに、自販機に視線を戻してさり気なく聞いてくるその言葉に「はい」と返す。
神様達が人間は愛しいとよく言うが……私もそう思う。
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