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15:見たい夜がある

「いてて、くそ、なんだよ」

殴られて痛む後頭部を撫でながら、クリスマス一色となっている町をチラシ片手に歩く。

「今年もコレでいいじゃねぇか、何が駄目なんだよ、お妙の奴」

そう言って、握っていたチラシを見る。
チラシはクリスマス前になると新聞に挟まれてくるオモチャのチラシだ。所謂、サンタさんに何をお願いするかを決めるチラシ。ぶっちゃけ親共が破り捨てたい紙切れだ。
かくいうウチにもガキがいるわけで……去年はオモチャのチラシをまとめたやつをプレゼントしたのだが、お妙に『何を贈るか決めたんですか?』と聞かれたので、今年も去年と同じだと言ったら、一足早く頭を真っ赤なサンタにされた。

「ちゃんとしたもんってなんだよ。欲しいもんなんて知るわけねぇだろ。買ってこいっつーなら金もくれよ」

面倒くせぇな、と溜息をつく俺の耳に陽気な鈴の音楽が流れてくる。とにかく、適当に何か見繕って帰らなければ、次は体まで真っ赤なサンタにされかねない。
そもそも、クリスマスなんてイベントに関わるようになったのもアイツらがウチに来てからだ。正直、俺にはよくわからない。

「クリスマスっていやぁ、稼ぎ時ってくらいしか出てこねぇよ」

大型イベントということで、商店街にはクリスマス限定の露店も多く。サンタ祭りなんてもんも開催されている。
ガキの数より大人、つーか親の数のほうが多いサンタ祭りのそこをぶらぶらと歩きながら、適当に目についた店を見ていく。
ハンカチ、ぬいぐるみ、その他、見れば見るほどわけがわからなくなる状態。そもそも年頃の娘が欲しいもんなんて俺にわかるわけもなく、徐々に苛立ちだけが募っていく。
もう知るか……と舌打ちをして、あっパチンコ行こ、と思った視界の端で何かがキラリと光った。

「けっ、なんだよ、小間物屋かよ」

その正体は、サンタ祭りの露店並びから外れた小間物屋のつまみ細工だった。
金が落ちてんのかと思った……と道端で何かが光ると小銭だと体が反応してしまう現状に泣きたくなりながら、そのつまみ細工が並べられている露店に近づき覗く。賑わう通りから外れれば、人混みの音もいくらか静かになり、苛立っていた気持ちも少しましになる。
並べられた商品は決して派手ではなく、慎ましやかで品が良い。
ただ輝くしか能がない安っぽい髪飾りとは違うそれに、いいの置いてんじゃねぇかと顎を擦り眺める。
そういや、アイツ、初詣で着物着るつってたっけ?じゃあ、丁度良いじゃねぇか、とつまみ細工の一つを手に取る。値札を見ようとしたが、付いていないところを見るときっとそれなりの値段なのだろう。まぁ、聞くだけ聞いて、無理そうならその辺の安いやつにするか、と店主を探す。

「あの〜、すみませ〜ん」
「へい、なんでしょう!」
「お〜オヤジこれっていくら……です……か」

店主なのだろうオヤジと目が合う。いや、合ってんのかなコレ、合ってんだよな?
顔中に目玉があり、きょろきょろと動くそれにドっと汗が噴き出る。え?これ、目合ってる?てか、どれが目?全部?どこ見ても目が合うんだけど。

「おいおい、オヤジ、ハロウィンは終わったぜ?今はクリスマス一色よ?誰にも教えてもらえなかったのか?」
「やですよ〜鬼の旦那、知ってますよ!ほら、うちの商品見てくださいよ。クリスマス仕様じゃねぇですかい」
「いや、オヤジもクリスマス仕様にしたほうがいいんじゃないってこと」
「いやぁ、一年ってぇのはあっという間ですねぇ。おっ、旦那お目が高い!そりゃ、九州の尊いお方が作った物でしてね!むすびの神様ってーとあのお方ですよ!」
「は?あ、ああ、はいはい、あのお方ね、そ、そうなんだ〜、へぇ〜」

いくつもの目玉を爛々とさせて説明してくれるオヤジから視線を外し、今しがた通って来た道をチラリと見る。
クリスマス一色だったあの町並みが無くなっており、和風ハロウィンみたいな連中が行きかう石畳の通りが広がっていた。
神様、なんて言葉が出た時点で予想はしていたが……と、目元を覆う。
耳を澄ましても、あの鈴の音楽は聞こえて来ず、何故か神楽舞のような音が聞こえてくる。間違いなく、俺が居ていい場所ではないだろう。だが、来た道が無くなっている為、帰り方もわからない。

「ハァ、どこで入り込んじまったかなぁ、此処どこよ?迷子?迷子かなコレ?迷子だな?とにかくどこかでパフェ食って落ち着くしかねぇなコレ」
「旦那?どうされたんで?」
「おい、百目!地主様んとこの神使様を客に取るとはおでれぇた!」
「なんだって!?地主の神使様!?鬼じゃねぇんですかい!?」

あーどうすっかなぁ、と悩む俺の隣にひょっとこ面を着けた奴が現れ、俺のことを神使だと言う。何故か、この類は俺をそう呼ぶが、鈴が関係していることはわかる為放っておいたわけだ。でも、神使だと知っていくつもある目玉をギョッと開いて俺をまじまじと見るオヤジに、神使って何よ?と聞きたくなってきた。

「オラァてっきり鬼かと、こりゃ失礼しました!こっ、これ貰ってくだせぇ!!」
「お、おい、オヤジ」
「いいんですよ!地主神様の神使様に貰っていただけたとなりゃ、ウチに箔が付く!ありがてぇありがてぇ!」
「神使の旦那!うちのも見てってくだせぇ」

買うつもりで手に持っていた髪飾りを持って行け、持って行けと言うように押し付けてきたオヤジに圧倒されていると、ひょっとこ面の奴が強引に俺を店に連れて行こうとする。すると、その声を聞いてか、辺りで『地主神様の神使だって!?』『こりゃめでてぇ!』『祭りだ祭りだ!』とただでさえ、騒がしかった周りがざわつきはじめた。

「あ、いや、待って、おい!待て待て!迷子になった時はそこから離れちゃいけねぇんだよ!!三歳のガキでも知ってることだからねこれ!あっ、離れるゥ!!あの店がどこだか分んなくなんだろうが!!」
「神使様!山神様のお山の水を使用した酒でございます!貰ってくださいな!」
「え、酒?まじで?貰っていいの?」
「神使様、うちのも貰ってください!」

***


弾力も良く、だけど中はもっちゃもちゃの柔らかい三色団子を咀嚼しながら目の前を行きかう魑魅魍魎達を眺める。

「どうすっかなぁ〜」

人と呼べるような者が通る様子はなく、通るのは動物であったり、腕がいっぱい生えてたり足がいっぱい生えてたり、目玉が一つしかなかったり、いっぱいあったり……もう、なんかだんだん見慣れてきた。ハロウィンの町並みと思えば大丈夫な気がしてきた。
だが、帰れないという問題だけが解決しない。

「俺……一生ここから出られないんじゃ……いやいや、考えんじゃねぇ、大丈夫だから、大丈夫、帰れるって………泣きたくなってきた」

この異様な空間で骸骨になった自分を想像してしまい、迷子ってこんな気持ちなんだろうなと肩を落とす。
周りで騒いでいた連中共は、物を俺に押し付けるだけ押し付けて『地主の神使様がお買い上げになったお団子だよ〜!!』というように俺を出しに商売をはじめた。端からこれが狙いだったのだろう。

「もう、あの店さえ見失ったっつーの。あ〜団子うめぇ」
「旦那、神使の旦那」
「あ?」

まぁ、神楽にやるクリスマスプレゼントがただで手に入ったけどよぉ、あれ?これってやっていいの?人間が作ったもんじゃねぇんだよな?と考えながら歩いていると、隣にするりと男のようなものが現れた。
恰好こそ商人のような菅笠に合羽という出で立ちだが、顔から頭までも覆うようにリアルな鬼の面を被っている。

「んだよ、もう何貰っても持てねぇぞ。俺はテメェらみたいに腕何本も生やせねぇんだよ」
「いや、そろそろお帰りじゃねぇかと思いましてね。案内は必要じゃありませんか?」
「え?マジで?帰れんの?」

食べ終わった三色団子の串で歯の隙間をほじくりながら聞いてみると『御冗談を、帰れるに決まっていますでしょ』と人当たりの良さそうなカラッとした笑い声をあげる鬼を見る。話し方は至って普通のようだが、風に乗ってくる臭いをくん、と嗅いで『へぇ、帰れるんだ〜』とだけ返す。

「おたく、魚屋さんか精肉店の人?」
「いやいや、うちは骨董品を扱っていましてね。と言っても神使の旦那に捧げられるような品はねぇんですが」
「ふぅ〜ん」
「さっ、日が落ちる前に帰られたほうがいいでしょう。案内いたしやしょう」

迷っちゃ大変だと言い、俺の片手を掴んだその掌は人間の手と同じで温かいが、骨董品を扱う手にしてはえらく固い。これは普段から何かを握っている手だ。
まぁ、いざとなったら腰の獲物を使えばいっか………と、もしかしたら本当に出口まで連れてってくれるかもだし、と考えて足を進ませていると、着物をくいっと引っ張られた。

「ん?」
「おにいちゃんが地主神様の神使様?」
「おお、猫、いや、犬?犬娘?」
「ちがう………狸です」
「あっわりぃ、狸娘」

俺の着物を引っ張ったのは、年齢がまだ二桁いっていないだろうチビっ子で、人間に化けているのか、耳だけを生やしたガキがもじもじと俺を見上げる。何か話したいことがあるのだろう。俺の手を引く鬼に『おーい、一旦止まってくれや』と声を掛けてから、狸娘を見れば、嬉しそうに、でも照れ臭そうに『あの!』と話しはじめた。

「あの、あの……その」
「おー、慌てなくても聞いてやんよ」
「人のことば、そこまで話せなくて」
「いや、貧乏神の爺よりうめぇよ。自信持て」
「へへ、ほんとうですか、うれしいです。あの、きょう地主神さまは」
「あー、今日は一緒にいねぇんだわ」

俺に褒められたことが嬉しいのか、頬を染めてえへへと笑う顔は可愛らしい。やっぱりガキってのは素直が一番だよな、とつい、その頭を撫でてやれば、小さな狸の耳がぴくぴくと動いている。うちの下に住み着いてやがる猫耳とは大違いだ。

「地主様に………お礼がいいたくて、この手紙を地主神様に渡していただけませんか」
「礼?手紙なら自分で渡しに行け、そのほうが相手も喜ぶだろ」
「その、なんども現に行く力がなくて……地主神様がかかさまの病気を診てくれるようにお手紙を書いてくれたみたいで、先日うちに無病息災の神様がこられたんです。かかさま、良くなるって」
「そりゃよかったじゃねぇか、って、おいおい、泣くなよ。渡しといてやっから」
「かかさまに地主神様はもっと大切なものを守らないといけないお方だって怒られました。本当なら私の声を聞いている暇なんてないんだって………地主神様にごめんなさいとつつじのお手紙読んでくれてありがとうございますって」

ぐずぐずと泣きだした狸娘に、あーあーどうすんのコレと困りつつ、四つ折りの、手紙にしちゃお粗末な紙を小さな手から抜き取り懐に入れれば『ありがとうございます!』と小さいわりにしっかりした礼が返ってきた。

「神使様、地主神様が困った時はつつじを呼んでください。いっぱい大きくなって強くなるから」
「そのツツジ…ってオメェのこと?……毛が少し赤みかかってるからか?」
「はい、やまつつじといいます」
「そりゃ変化が大きい花だ、将来が楽しみな名をもらったじゃねぇか。おーし、銀さんが良いもんやっから気ぃ付けて帰れ」

涙で濡れた頬を力強く拭って俺を見上げた狸娘を見て笑ってしまう。涙は拭けても鼻水が出てっから間抜けすぎる。そんな狸娘に魑魅魍魎共から貰った食いもんを渡してやれば『わぁ!』と目を輝かせた。

「オメェが愛して止まない地主神さんならこう言うだろうよ。強くなって家族を守ってやんなってな。おら、沢山食わねぇと強くなれねぇぞ」
「し、神使様から食べものを、かかさまに叱られます!」
「んなこたぁ、言わなきゃわかんねぇよ。母ちゃんにも食わせてやれよ」
「……………ありがとうございます、神使様。大事にたべます」
「いや、なるべく早く食ったほうがいいぞ、賞味期限とかあるし」

やった食いもんをぎゅうっと抱えた狸娘が俺に向かって頭を下げる。
本当なら、この狸娘の気持ちは鈴が直接聞くべきだろう。自分が如何にそいつの助けになったか。

「ところでさぁ、ツツジちゃんは帰る時どうやって帰ってんの?」
「え?帰りたいと思えば、こう、パッ!って」
「そう………パっとね、パっと」
「神使の旦那」
「おお、わりぃな。じゃあなツツジ」
「あっ、神使様、だっ」

鬼が急かすように俺の手を掴むのを見て、狸娘が慌てて俺の手を引こうとしたのだがシーっと口元に人差し指を当て何も言うなとジェスチャーを送れば、きょとんとした目で俺を見た。
それについて行っては駄目だと言おうとしたのだろう、その頭を撫でてやれば、ピョンっと狸のひげが出た。どうやら化けるのはまだ半人前らしい。
だが、相手が何であるか知りながら俺を止めようと手を伸ばしたその勇敢さは一人前だろう。
狸娘が帰り道を知っていたら教えてもらうつもりだったが、どうも俺には無理そうな帰り方だった。しょうがないが、この鬼について行くしかねぇらしい。

***

「ねぇちょっと、まだ着かねぇの?」
「もう少しですよ、神使の旦那」

どこまで歩いても途切れることはない露店を眺めながら歩く。一体どこに連れて行こうとしているのかは知らないが、そこが出口であればいいなと鼻をほじる。
面倒なことになったな、とは思う。つまみ細工なんて見つけなければ、今頃俺はパチンコで玉転がしてたってぇのに。
それにコイツ、血生臭ぇんだよなぁ、と風が吹く度に感じる血の匂いに鼻をつまみ、はぁ、と溜息を零せば……鼻から下ろした手を誰かに握られた。
細く柔らかい感触は女の手のもので、次はなんだよ、と足を止めずに振り返れば、目が合った鈴ちゃんがにこりと笑う。

「おー、鈴ちゃん、奇遇じゃねぇの」
「奇遇ですね、坂田さん」
「なになに、鈴ちゃんも迷子?」
「お恥ずかしながら」

小さく笑う鈴ちゃんを見て、心底ホッとしている自分が居る。何かが化けているのかとも思ったが、何故かこれは鈴ちゃんだと何かが言っている。俺達の歩くスピードが速いのか合わせるように歩く鈴ちゃんの手が少し離れそうになり、その手を少しだけ強く握れば、握り返してきた。

「やはり、地主様の神使でお間違いなかったのですね!ようございました!」
「はい、案内していただきありがとうございます」
「人の子が迷い込んだと聞いていたのですが、見に行けば地主神様の神気を纏っていらっしゃるではありませんか。もうこれは一大事であると!ここは神々だけでなく、魑魅魍魎も出歩く市でございますから、神使様が誤って食われでもしたらとぞっとしましたぞ!地主神様のお怒りに触れるかと」
「………ご心配をかけして申し訳ありません」
「いえ!とんでもございません!」

鈴の近くを走りながら付いてきている狐がいるのだが、二本足で走り着物も着ているし、帽子まで被っている。
どうやら、この狐が俺のことを鈴に知らせたらしい。
ここでやっと、俺の手を引いていた鬼がチラリと後ろにいる俺を見たのだが、その隣の鈴を見て、あんぐりとした顔をした。地主神まで付いてきていることに驚いたのだろう。

「え、地主……神様」
「お、わりぃんだけどこの子も迷子らしぃんだわ。一緒に行っていいか?」
「坂田さん、この方は?」
「なんか知んねぇけど、案内してくれるみてぇでよ。手ぇ引いてくれてんだわ。親切な人もいたもんだねぇ」

繋がった手がじわりと汗をかいたのを感じる。やましいことを考えていた証拠だろう。俺の言葉に鈴が『そうでしたか、では私もご一緒させていただいてもいいですか?』と言っているが、その眼は鬼を見定めているような雰囲気で、鬼の手が微かに震えた。そして、鈴の傍から離れない狐が『地主神様、この者、人を食らっておりますぞ』と着物の袖を鼻に当て小さく言うと同時に、引かれていた手がふっと軽くなる。

「げっ、消えやがった」

砂のようにサァと消えた鬼に足を止める。地主神相手となると分が悪いとでも思ったのだろう。

「どうすんだよ、帰り道わかんねぇんだけど」
「あっ、狐さんが知っているそうです」
「え、私ですか!?地主神様もご存じではありませぬか!?」
「助かります、狐さん」
「地主神様の頼みとあればこの稲荷の神がご案内致しましょうぞ!!」

ふんふん!と興奮してんのか、鼻息を荒くし『ささ!こちらです!』と案内しはじめた狐の背中を鈴と眺める。

「さ、帰りましょう坂田さん。こういった類を知っている坂田さんなら想像がつくかと思いますが、此処は人が住む裏側といいますか」
「あ、やっぱそうなの?」
「その、坂田さんは此処に来た経験は」
「ねぇな。見えるだけでも精一杯だっつうのに、こんなとこホイホイ来たくねぇよ。見てみ?みんなハロウィン仕様なんだぜ?」

俺の言葉を聞いて鈴が困ったように笑う。
俺を見失わないようになのか、離さず握られている手をチラリと見る。耳に『地主神様だわ』『初めてお姿を見た』『なんて尊い』『市にお姿を見せられるとは』と言う声が聞こえ、ざわついている。鈴は少し居心地が悪そうだ。そんな思いをするとわかっていながら俺を迎えに来たのだろう。それも、此処まで走ってきたのか、白い首筋に汗が流れて後れ毛が張り付いているそれを見てふっ、と口元が緩んだ。

「鈴ちゃん」
「はい?」
「今日、うち、鍋なんだけどよ、来る?サンタも来る予定なんだわ」

サンタさんも来られるんですか?とおかしそうに笑う。汗までかいているというのに握っている鈴の手は異常に冷たい。向こうは雪が降っているのかもしれない。

「銀さん太が来ちゃうよ〜」
「それはまた大物サンタさんが来られるんですね」
「ついでに新八の姉も居るし、段ボールがマイホームな大物もいるし、新八もいるし、神楽もいる」
「賑やかそうです」

『来る?』と聞けば、嬉しそうに『はい』とだけ返事が来た。
そうだ、さっきオヤジからもらった髪飾りは鈴へのプレゼントにしよう、とふと思う。もっと笑ってくれるかもしれない、喜んでくれるかもしれない、そんなことを考えていた自分に気付いて後ろ手に頭を掻く。

「鈴ちゃんさぁ、神楽が欲しそうなもの知らない?もしくは聞いてない?」
「あ、サンタさんからの………そうですね。神楽ちゃんは最近新しいパジャマって買われましたか?」
「パジャマ?いや、買ってねぇけど」
「では、パジャマがいいと思います。この間、欲しいと言っていたので」

そう話す鈴の横顔を見ながら『ふぅーん』と返せば、鈴が『この間、神楽ちゃんに似合いそうな可愛らしいパジャマがあったのですが、見て行かれますか?』と何故かわくわくした表情で俺を見た。
女ってーのは本当に買い物が好きだな、と思いながらも『じゃあ、それ買いに行こうぜ』と出口に向かう狐の背を鈴と手を繋ぎながら追う。

不思議な空間だと思う。
歩いている感覚さえ曖昧ななか、露店の間にちんまりとあった鳥居を潜った。

「到着でございます!やぁ、行きはよいよい帰りは怖いなんて、人の子は的を射た歌を作りますなぁ、あやうく迷いそうになりましたぞ。はぁ、やはり此処は空気が良い」

鳥居を潜った先はどこかの裏庭のような場所だったが、狐の言葉からして、ちゃんと俺達が住む側に戻ってこられたのだろう。急に体の芯が冷えるような寒さを感じて体を震わせれば、ぼつん、と鼻の頭に冷たい物が落ちて空を見上げる。

「あ、やっぱ雪降ってんじゃん」
「はい、ホワイトクリスマスです」
「結局寒いだけだろ」

現に鈴の手は氷みたいに冷てぇ。普通、手を繋げば体温が移るというのに、ずっと冷たいままだ。
潜ったばかりの鳥居に振り返れば、露店の間にあったあの鳥居とは少し違っていた。どこにでも行けるドアみてぇ……とぼんやり思っていれば、鈴が『温かいお茶をご用意しますね』と言って俺の手からするりと離れた。裏庭の縁側から上がる鈴の背を見て、此処が鈴の第二の実家なのだろうと思う。

「此処って神社とか?上がっていいの?」
「はい、此処の方からお留守を任せられておりまして、あ、どうぞ上がってください」
「ふぅーん、掃除とか大変じゃね?」
「そこまで広くはないので」

多分ここは地主神という爺さんの神社だろう。そう確信するのは、通って来た鳥居に地主神社と掘られているからだ。
そんな神聖な場所に俺が上がるのも気が引ける。人を食っていると言われていた鬼と俺はそう変わらない。気付くやつは気付く、血の臭いが染みついてやがる。
捨てられた神社なら戦の中で何度か拠点にしたことはあるが、あそこと此処では訳が違うだろう。参拝ならするが、神さんの懐に入るわけにはいかねぇな、とつま先を逆に向ける。

「帰ってこれたみてぇだし、俺帰るわ。また夜な、あっ、温かい格好してくること」
「え!あの、坂田さん、今!今お茶をご用意しますので!」
「え?いや、俺、パジャマも買いに行かねぇと」
「ご一緒します!あの、お茶を」

すんなり帰れるとばかり思っていたが、俺が帰ると言った瞬間ぱたぱたと縁側から下りて必死にお茶を誘ってくる鈴の勢いに押されていると、既に部屋に上がっていた狐さえも『それはいけません神使様!』と庭に下りてきた。

「神使様は彼岸にて何かを食された身!少しでも薄めなくてはまた彼方に迷い込んでしまいますぞ!地主神様のお茶を召し上がるべきでございます!」

ああ、そういうこと……と理解する。そういうことなら飲んでかねぇと、また迷い込んでも面倒だしと思っていれば、鈴の両手が俺の二の腕を掴み思考がピタリと止まる。

「なになに、鈴ちゃんはそんなに銀さんと茶が飲みてぇの?」
「え、あ、はい!飲みたいです!」

理由はわかっているが、こうも必死に止められて茶を誘われるっていうのは悪くねぇなと口元がにやける。そんな男心ってもんを狐は感じ取ったのか『地主神様!もっと誘ってください!』とけしかければ、鈴が『お菓子もあります!』という。いや、意味わかってねぇな、とつい笑ってしまう。

「菓子付きか〜どうしよっかなぁ……どうしても?」
「はい、どうしても」
「一緒にお茶したいと?」
「はい、一緒にお茶がしたいです」
「銀さんと?」
「銀さんと、あ、坂田さんと」
「今のキタわ」


***


「では、私はこれにて……神使様にはもうあの場所には立ち入らないようお伝えくださいませ」
「はい、ありがとうございます。狐さん」
「いえいえ、私は地主神様に助けられた身、まだまだ恩は返せておりませぬ。また何かございましたらお呼びください。稲荷総出で駆け付けますゆえ」
「それは大変なことになりそうですね」

くすくすと楽しそうに笑い狐を見送る鈴の声を耳にしながらブーツを履く。美味い茶をよばれて狐も帰るしついでに俺も帰るかということになったわけだ。
裏庭とは違い正面玄関を出れば、賽銭箱が見えた。確か向拝所というものだったっけ?と昔、寺子屋で教えてもらったことをふと思い出しながら、懐から四つ折りの紙を取り出して、地面にそっと置く。

「あれー?なんだこれ?鈴ちゃーん、なんかアッチから飛んできたんだけど」

なんて言って、今置いたばかりの紙をしゃがんで手に取れば、狐を見送っていた鈴が俺の隣にしゃがんだ。
『なんでしょう?』と首を傾げる鈴に『さぁ?』と、俺も知らねというように言いながら、四つ折りの紙を開く。
なかには『かかさまを助けてくれてありがとうございます』とかろうじて読める字が書かれていた。
人の言葉がそこまで話せないと言っていた狸娘を思い出す。話すのは上手かったが書くのは下手くそだな、と心の中で笑ってしまう。

「手紙っぽいけど、内容からするに、此処の神さんに母ちゃんを助けてもらったんじゃね?」

そう言って、隣にしゃがみながら俺の手元を見る鈴に『はい、どうぞ』と紙を渡してやれば、それを受け取り、その下手くそな字を見ながら『そうかもしれませんね』と鈴の口許が微かに緩む。
鈴にはわかったのだろう、この差出人が誰であるか。
ほんと、よくやるよと呆れてしまうが、その生き方が酷く愛おしいとも思う。俺も世の中の奴らもテメェとその周りの奴くらいで手一杯だっつうのに、この、ただの町娘は人どころか人ならずモノにまで手を伸ばす。だが、ただのお人好しではない。先を見据えてしっかりと考えているだろうこともわかる。
ただ優しいだけでは代理は務まらないのだろう。その点、此処の地主神である爺さんはいい目を持っていたと言える。
どうすればこんな女が生まれんのかね……と紙を元の四つ折りにして大事そうに懐に入れる鈴を眺めた。

「拾っていただきありがとうございます。後で私がちゃんと社へと届けます」
「ああ、そうしてやってくれ。んじゃ、パジャマ買いに行くか」
「はい、案内いたしますね」

365日サンタみてぇに願いを叶えては贈るこの神さんに、贈り物をする夜を想像する。

***

「サンタが二人いるアル!何アルかァお前らァ!!」


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第十五話終わり