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第一話

「銀さんどうするんですか?僕達帰れませんよ?」

家賃を払えるお金を手に入れないと……と歩く足取りは重く。一歩前を歩く銀さんの背を追う。
最近は順調に依頼が入っていた為、追い出される前に家賃を払えていたのだが、今回払えるだけのお金が手元に無かった。そして、朝早く家賃の取り立てに来たお登勢さんにつまみ出されたのだ。
『家賃の金が払えるまで帰ってくんじゃないよ』と言うお登勢さんはそこ等の極道より様になっていて……いや、言われたのは僕じゃなくて銀さんだけど。僕にはちゃんと家があるし。でもやっぱり、そんなことを言われると落ち込むわけで……なんで僕、こんなにお金が無いんだろう、と考えてしまう。

「新八ィ〜、まぁ、なんだ。あそこで作戦会議でもしようぜ」
「アンタ馬鹿なんですか!?甘い物を食べるお金も今は惜しいんですよ!!」
「えー」
「えーじゃない!!」

ファミレスを指さして言う銀さんの人さし指を掴んで声を上げれば、不満そうな声を零す。この人、この危機的状況で何言ってんだ!!
不満を漏らしている銀さんの声を右から左に流して溜息を零す。商店街の道にある時計を確認すれば、もう昼前だ。朝早くに遊びに行った神楽ちゃんが一度帰って来る時間。いつもならお昼ご飯を用意している僕と寝っ転がる銀さんが居ないとなって不安に思うんじゃないだろうか。

「ほら!早く仕事見つけて帰りますよ!神楽ちゃんのことも心配ですし」
「大丈夫だって。あのババアなんだかんだ神楽には甘ェから。やっぱ見た目がガキっつうのはポイント高ェわ」

そんなことを言って、着流しの裾をゆらゆら靡かせて歩く銀さんに何度目かの溜息を零す。なんだってこの人はこんなに緊張感がないのだろう。家賃滞納で家を追い出されるっていうのは世の中の人にとっては死刑宣告みたいなものじゃないのか。ほんと緊張感の欠片も感じない。まぁ、そこに安心を見出してしまっている僕も僕なんだけど

ゆったり歩く銀さんの好きにさせよう。僕は僕で出来る仕事を見つければいいか……と周りを見渡していると、銀さんが八百屋さんの前で足を止めた。

「どうしたんですか?」
「甘いもん食えねぇし林檎食おうと思って。もう糖分ならなんでもいいわ」
「あの、ほんといい加減にしてくださいよ」
「すみませ〜ん。林檎くださ〜い」

もう果糖でもいいなんてことを言い始めた銀さんの着物を掴んだのだが、銀さんが止まるわけもなく、お店の人が奥から出て来てしまった。
『はーい。何玉になさいますか?』と問う声は、この八百屋のお婆さんの声では無かったことに視線を向けると二十代半ばの女性が立っていた。銀さんもその声に気付いたのか『一つしか買えねぇ……よ』と言葉を詰まらせている。
不自然な形で止まってしまった銀さんの着物を数回引っ張ったが反応が無い。八百屋の女性も銀さんを見たまま固まっていて……え、何、なんかあるのこの二人。そりゃ銀さんもいい年だし、その……女性関係の一つや二つはあると思うけど、と顔が熱くなり変な汗が流れる。

未だに林檎を掴んだまま固まっている銀さんにどうしようと内心慌てていると、八百屋の女性が最初に復活してくれたらしい。『一玉ですね』とサービス業特有の微笑みで『128円になります』と言った。
どう考えても【他人】ではなさそうなのに、全くの【他人】のように接しようとしている。僕は何も見てない、見てないですから!
此処に神楽ちゃんが居なくて良かった。
もし居たら、あの純粋な目で『銀ちゃんとどういう関係アルか?ヤッたアルか?』と普通に聞きそうだ。どう見たって突いていいもんじゃない。突いても爛れたものしか出てこない気がする。

「ぎっ、銀さん。128円ですよ」
「………ん」

先ほどまでの飄々とした雰囲気をどこに仕舞ってしまったのか大人しく財布を出した銀さんに、おい、その雰囲気やめろ!相手の女性は自然にしようと頑張ってるでしょうが!と言いたくなる。
ハラハラする僕のことなんてそっちのけで、財布から150円を出した銀さんが女性の掌に小銭を乗せ『いつ帰ってきたんだ?』と言った。銀さん、女性が他人のフリをしていることに気付いているはずなのになんで聞いちゃうかな。
女性は一瞬驚いたようだけど緩く微笑んだ。でも、その言葉に対して返事はせず『22円のお返しになります』と言った。こっちはこっちで他人のフリを続行するらしい。銀さんはその返答が気に食わなかったのか『ふぅん』とだけ零している。
や、やだな。この雰囲気。き、気まずい。

「そういう態度取っちゃうんだぁ。まぁ、いっけど」
「ちょ、銀さん」

嫌な感じを含んだ言葉に反応したのは僕だけで、女性は何も反応しなかった。銀さんもその女性をチラリと見て小さく溜息をついた。

「元気ならいいわ。じゃあな、冨喜ちゃん」

そう言って銀さんが林檎を掴み歩き出そうとしたのだが、僕は足が動かなかった。

だって……冨喜さんって。
今、銀さんはこの女性を確かに冨喜と呼んだ。

冨喜さんという名前で思い出すのは四年前で、銀さんが僕たちに紹介したいと言っていた女性だ。あの時は銀さんがえらく真剣で、僕も神楽ちゃんもついに銀さんが身を固めてもいいと思える女性に出会えたのだと内心喜んでいた。でも、僕達が冨喜さんに会えることは無かった。銀さんは何も言わなかったが別れたのだろうと僕も神楽ちゃんもそれには触れなかった。いや、触れられなかったの間違いだ。
銀さんは普通にしていたけれど、いちご牛乳を一週間くらい飲まなかった。普通じゃない。あの時はどうやって元気付けようか神楽ちゃんと奮闘したっけ……いちご牛乳も無理矢理飲ませたな、とその時のことを思い出す。

四年前に銀さんが紹介したがっていた女性。
この人が冨喜さん、か……と八百屋に立つ女性を見れば、少し困ったように微笑んでくれた。

「初めまして、新八くん」
「ぼ、僕の名前、ご存知だったんですか」
「教えてもらっていたから、特徴も一緒だし、そうかな、と……その、変な空気にしちゃってごめんなさい」
「いえ、こちらこそ、その……」

静かな人だと思った。静かなのに冷たい感じはなくて、柔らかい。
僕の周りには大人が多いし、銀さんも曲がりなりにも大人の枠に入るけど、でも、なんというか、大人の雰囲気とはこの冨喜さんのような人のことをいうのだろう。

「あ、そうだ。もしよかったら果物要りませんか?お手伝いをしたお礼に沢山いただいたのだけど、量が多くて。確か沢山食べる、神楽ちゃんという女の子もいますよね。それに甘い果物なら彼の機嫌も直るかもですし」
「え、あの」
「持ってきますね」

本当に沢山あるんですよ!と笑い奥に消えて行った冨喜さんの勢いにぽかんとしていると、肩を軽く叩かれた。

「お前ね、いくら銀さんが好きだからって探んのは良くねぇよ?」
「ぎ、銀さん。いや、探ってなんて……………あの人が冨喜さんだったんですね」
「ついて来ねぇと思えば、何やってんだ。おら、もう行くぞ」
「それが、冨喜さんが果物くれるらしくって」

僕がそう言うと、また『ふぅん』と八百屋から顔を背けて道ゆく人達を眺め出した。あ、先に行くわけではないんだ。この人、なんだかんだまだ引きずってんのかなと胸がざわざわする。
銀さんが戻って来てしまった今、冨喜さんとまた微妙な空気を醸し出すだろうか。それはちょっと見たくないなと思っていると、八百屋の奥から軽い足音が聞こえてきた。
成人した女性の足音には聞こえないそれを聞いていると、八百屋の中から道にひょこっと出て来た小さな男の子が僕を見上げる。

「しんぱちさん?」
「え、はい」
「これ」
「え、あ、はい」

艶やかな黒髪は冨喜さんとそっくりで、まだたどたどしい言葉で僕に紙袋を差し出してきた男の子からそれを受け取る。

「まだあるからまっててください」

そう言う男の子の言葉に紙袋の中を覗けば、バナナやリンゴが入っている。わぁ、美味しそうな色してる。じゃなくて、この子誰!?
髪色や顔つきが冨喜さんに似た男の子に言葉を失いながら、近くにいる銀さんをチラリと見ると、銀さんもじっと男の子を見ていた。
いやいや、これはまずい。かなりまずい。
誰かこの冨喜さんにそっくりな男の子は、冨喜さんの年の離れた弟だって言ってくれと強く願うが、冨喜さんの子どもというほうがしっくりくる。
さっ、最悪だっ!

いくら元恋人だったとしても、銀さんにとっては心に決めようとしていた女性なわけで。その女性に久しぶりに会ったら子どもがいたとか!
も、もう、僕見てられない。
これ以上傷が深くなる前に帰ろう。そう思った僕の優しさに神様が意地悪をする。冨喜さんが戻って来てしまった。

「桃も沢山あるのだけど、一人で持っていけ……そうですね」
「まま、ぼくの桃は」
「勝手に外に出ちゃダメって言ったのに……ちゃんと置いてあるよ」
「よかった〜。ひとりで持つよりふたりのほうが軽いよ」
「うん、そうね。ありがとう」

桃が入っているのだろう箱を持って来た冨喜さんに駆け寄る男の子が、冨喜さんをママと呼んだことに思わず目元を覆う。
冨喜さんはこの量を一人で持っていけるか聞こうとしたみたいだけど、銀さんの姿を視界に映してすぐ大丈夫そうだと笑ってくれた。
そして、自分の桃は無事と聞いて、胸に手を当てて大げさにほっとする男の子の頭を撫でている。

「はい、新八さん、桃。食べごろだと思うから今日にでも召し上がってください」
「わぁ、ありがとうございます!」
「結婚……したんだ」
「………ええ、まぁ」
「いつ?」
「えっと」
「お前の子?」
「え、ええ」
「歳は?いくつ?」
「二歳」
「二歳のわりに大きくね?で、本当はいくつ?」

可愛らしい色の桃を貰ってつい喜んでいると、銀さんが急に質問をぶつけはじめて冨喜さんが静かに慌てているのがわかった。いくら元恋人といってもそこまで踏み込まなくてもいいだろうに、とつい溜息をこぼしていると、冨喜さんの子どもが僕と銀さんをじっと見上げていた。その瞳を見て、鳥肌が立つ。
この色を僕は毎日のように見ている。

赤い目。

「いくつか聞いてるだけなんだけど」
「………」

銀さんがなんで此処まで聞くのか、やっと理解した。
この男の子は三、四歳だろう。
つまり、銀さんと冨喜さんが別れたくらいに出来た子ども。
その時、冨喜さんが別の男性と関係を持っていたか……銀さんの子ど……いや、ない!それはない!目の色そっくりだけど!!あれ!!天パじゃないし!!つやつや黒髪ストレートだし、それはない!!どちらかというと鬼の副長との子どもっていうほうが納得できる!
ないない!と僕が騒いでいると、隣にいた銀さんがしゃがみ、男の子と視線の高さを合わせた。

「坊主は今何歳かな〜?」
「みっつ!」
「良く言えたな。偉い偉い。三歳なんだぁ〜」

へぇー、と言い僕と冨喜さんに視線をやるその眼は鋭い。これは怒ってる。

「昔のことなんざ掘り返したくねェが、掘り返さなきゃいけねぇみたいだな」

ぽつりと零した声が僕の耳に入る。
銀さんは男の子の頭を撫でながら『坊主の名前はなんてーの?』『ときおみ!さん才!』と男の子がまた指を三つ立てている。利口そうな、品のある顔をした男の子だけど、やはりまだ子どもで、その動作は可愛らしい。銀さんは自分を主張するときおみ君の頭をまた撫でていて、『ちょっとママとお話ししたいんだけど、これでどうよ?』といつの間に取ったのか、片手に桃を乗せてときおみ君に言っている。この人、買収するつもりだ。なんつー大人だよ。
買収されようとしているときおみ君はというと、桃に目を輝かしたが口元にグッと力を入れた。

「それはしんぱちさんにあげた桃だから、いらない」
「おお、しっかりしてんなァ。どうしたらママとお話してもいい?」
「おねがいしたらいいとおもう」

まさに正論。こんな小さな子どもにまで正される銀さんって……と悲しくなる。

「じゃあ、お願いすっから。ときおみ君はしんぱち君と居てくれるか?」
「うん」

お願いすれば、案外すんなり頷いたときおみ君に銀さんも毒気を抜かれたようで、小さく笑うと僕を見た。それに僕も頷く。何もなかったかのようにしたいけど、此処でちゃんと話し合わないといけない気がする。
ときおみ君の父親が銀さんじゃないなら、それはそれで二股されていたっていう新たな傷ができるだけだけど。

「銀さんに子どもかぁ。神楽ちゃんになんて説明しよう」

僕の手を握って八百屋の奥に案内してくれるときおみ君を見て、二股かぁ、それはないな、と僕もまた確信してしまっていた。


***

「へぇ、また遠くから来たんだね」
「うん、でんしゃにたくさん乗ったよ」

八百屋さんの生活スペースなのだろう居間に案内されたのだが、そこには八百屋のお婆さんがお茶を飲んでいて、僕を見て驚いたようだけど、すぐにお茶を出してくれた。そして炬燵に入れてもらって、今、ときおみ君とお話ししている。
まだ難しいことはわからないようだけど、お爺ちゃんのところに遊びに来たらしい。里帰りというやつだろう。つまり数日後にはその遠いところに帰るということだ。
にこにこと笑うときおみ君が可愛くてつい口元が緩むが、あの二人は大丈夫だろうか、と思ってしまう。
まぁ、子どもの僕が聞いても何の助けにもなれないが……。いくら普段大人のように振舞おうとしても、こういう時、自分が如何に子どもかを思い知ってしまう。
そのことにハァと溜息を零すと、八百屋の黒電話から高い音が鳴った。僕とときおみ君の話を静かに聞いていたお婆さんが『よっこらせ』と立ち上がり受話器を上げる。

「そりゃ大変じゃ!!すぐ冨喜ちゃんを向かわせるわい!!」

急に大声を上げたお婆さんにときおみ君の肩がビクっと跳ねたのだが、僕も僕で驚いてお婆さんを見ると、お婆さんが慌てて部屋を出て行く背中だった。

「な、なにかな?」
「なんだろうね。ときおみ君は僕と居ようね」
「うん」

少し不安そうな顔をしたときおみ君が僕の手をそっと掴んできた。守らなきゃなと思う感情というのは、きっとこういうのなのだろう。
そう思っていると、部屋に足音が近づいてきて、ときおみ君が戸に走っていってしまった。咄嗟のことで慌ててときおみ君の名を呼び僕も立ち上がると、戸が開きすぐに銀さんが入ってきた。そして、銀さんを見上げて足を止めてしまったときおみ君の頭に手を置くと僕を見た。

「おーし、帰んぞ〜。時臣は自分の荷物持てよ〜」
「え!ちょっと銀さん!ときおみ君もですか!?冨喜さんはどうしたんですか!?」
「冨喜ちゃんは用事ができて帰ってこれねぇから、時臣君は銀さん家で預かりまーす」
「ええ!?ちょっ、ちゃんと説明してくださいよ!」
「うっせぇなぁ」

頭を掻きながらときおみ君に『母さん、えっとママの荷物もな。どこにあっかわかるか?』と聞いていて。いや、そんな急に言われて納得なんてできませんよ!と言っていると、部屋に八百屋のお婆さんが入ってきた。
ときおみ君にとって唯一知っている人だからか、ときおみ君がお婆さんに近づいていく。

「おばあちゃん」
「ほらほらそんな顔せんでも大丈夫さね。ほら、リュックちゃんと背負うんじゃよ。ママが後からちゃーんと迎えに来てくれるからね」
「……うん!」

お婆さんの言葉一つで納得してしまったときおみ君はというと、部屋の隅に置いてあった小さなリュックをいそいそと背負い、その近くにあった手提げの鞄を持って僕に近づいてきた。手提げの鞄はきっと冨喜さんの物でときおみ君には大きい。『僕が持つよ』と言うと『ありがとう』と渡してくれた。

「それにしても、どこで子どもをこさえて来たかと思えば、万事屋のあんちゃんだったとわねぇ。こりゃ、オヤジさんに言えんのも納得じゃよ」
「うるせぇよ、クソババア。手伝いも居なくなったんだから今日は店閉めて部屋で大人しくしてろ。冨喜が心配してたぞ」

銀さんの言葉にお婆さんが『あの子は昔っから優しい子だ』とふふっと笑っている。
お婆さんの言葉からして、やっぱりときおみ君は銀さんの子どもなのだろう。銀さんも否定しなかった。

今日は店を閉めると言ったお婆さんの代わりに銀さんがお店に鍵を掛け終えてさて帰るかとなった。そして、ときおみ君が『おせわになりました』とおばあさんに挨拶をしている。小さいながらも本当にしっかりしていて、この子に銀さんの血が混ざっているとは到底思えない。『おばあちゃんまたねー』と手を振るときおみ君の空いている手を銀さんがそっと握り、『迷子になってもしんねぇぞ』と言っている。ときおみ君が迷子になって困るのは銀さんのほうだろう。

「あ、家賃!どうします銀さん!?」
「時臣見たらあのババアも出てけなんて言えねぇよ」
「………それもそうですね」



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一話終わり