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18:花よ笑って

お瀬戸さんは人ではありませんでした。

鈴の声が頭の中で繰り返し聞こえる。

「あ、坂田さん!お待たせしました!」
「おう、夜遊びの準備はできたか若旦那よ」
「若旦那なんてやめてくださいよ」

小さく笑うもその姿に品を感じる喜助が俺の隣に立つ。
時刻は深夜を回ろうとしている。
喜助を女に会わせる案内役として来た俺が立っているのは、喜助の実家の前だ。
喜助の実家は旅館で、政府の会談やら宇宙連中などの話し合いにも度々使われている。ニュースで何度も映る老舗中の老舗。喜助はそこの跡取りだ。これを若旦那と言わずになんという。
喜助はどうも俺らに若旦那と呼ばれるのはお気に召さないらしく、神楽が失礼にも呼び捨てにしているのだが、そちらのほうがいい、と笑っていた。
擦れていなく、優しさを兼ね備えてはいるが、こんな深夜に出歩く姿がご近所さんにどう見えるのか考えていない。至る所から刺さるわかりやすい視線に思わず苦笑する。
喜助の家の者達だろう。素人丸出しの視線の数だ。
大切な坊ちゃんがこんな深夜にお出掛けなんぞ、そりゃ心配だろう。
こりゃ、鈴が来たものなら大騒ぎだったはずだ。まぁ、その辺り鈴のほうが周りが良く見えている。きっと人目のない場所での待ち合わせを希望していただろう。
こういうのを箱入り息子っていうのだろう、と喜助を見る。

「母ちゃんにはちゃんと言ってきたか?」
「あはは、もうそんな年ではないですよ。手伝いのカヨさんに出かけてくることは伝えてありますから大丈夫でしょう」
「お手伝いさんね」

金持ちの発言だが嫌味に聞こえないのは、それを普通として育ってきた喜助の雰囲気だろう。
喜助と知り合ったのはつい最近ではあるが、今までで一番顔色が良く、その顔は喜びを隠しきれていない。例えるなら散歩が楽しみでしょうがない犬みたいだ。そのくらいウキウキしている。
その姿に思わず、仕方ねぇな、とため息交じりに頬を緩ませながら頭を掻く。

記憶を消されるとも知らねぇで。

「おら、定春、散歩行くぞ」
「え?さだはる?」
「あ、間違えた」


犬だ犬だ、と考えていたせいでつい出てしまった言葉を誤魔化すように咳ばらいをする。気を取り直して、鈴から預かった二つ折りの紙を広げる。それは手書きの地図で、女との待ち合わせ場所が記してあるそうだ。
見なくてもわかる、あの山だ。

またあの山に登んのかよ……とついつい思いながら足を進めていると、家紋が入った提灯を持ち、夜道を歩く喜助に呼び止められた。

「ア?何?トイレ?緊張のし過ぎじゃね?だから家出る前に行ってこいって母ちゃん言っただろォが」
「いえ、お手洗いではなく」

俺の言葉を軽くかわし、懐を漁っている喜助の行動にじっと待っていれば、お目当てものを掴んだのだろう。懐から風呂敷に包まれた物を出し、それを俺の手に乗せた。
ずしりとした重さ、形……それが札の束であることは感覚でわかった。

「おいおい、まだ依頼は済んでねぇんだけど」

それが依頼金であるのはわかるが、予想よりも額があるだろう金に眉が寄る。
何故、今渡す必要がある。
普通なら依頼が済んだ後に貰うもんだ。
もしかして鈴はもう、喜助に全て話しているのだろうか?とも思ったが、あの鈴のことだ。わざわざ悲しい話など聞かせたりはしないだろう。どうせ消える記憶だ。幸せな記憶だけのまま消してやるだろう。

手の平に風呂敷包みの金を乗せたまま喜助を見ていると、喜助が微笑む。

「お瀬戸さんに会えた喜びで忘れてしまいそうなので、今渡しておこうと思いまして」
「……ふぅーん」
「それに、懐にそんな重い物を入れて歩いていたら疲れますし」
「俺は荷物持ちかよ。カヨさん呼んでこい」
「カヨさんは掃除婦ですよ、坂田さん」

おかしそうに笑う喜助を見てから、溜息を零し風呂敷を懐に仕舞い、止めていた足を進めた。


***


男女の逢引きにしちゃ色気のねぇ山を登っていく。
普通なら、なんで山なんですか? と言ってきそうなものだが、喜助は何も言わず俺の背を付いてきた。
そして辺り一面樹木しかなかった視界が開ける。濁った湖が視界に入り、そして月明りの下に見慣れた着物。鈴が俺達に気付いて手を振ったそれに振り返す。
連れて来てやったぞ〜と言いかけた俺の横を喜助が駆けていく姿に軽く上げていた手をそっと下ろす。

俺には鈴しか見えちゃいなかったが、喜助はすぐに気づいたのだろう。
鈴の後ろ、木に寄り掛かるように座っている女に。
女に向かって掛けていく喜助だったが、女に辿り着く前に鈴に止められている。きっと、女が人でないことを先に伝えるつもりなのだろう。
いや、先に伝えなければいけないだろう。

なんたって半透明なんだから!!

そりゃ銀さんも見落とすわ!視界に捉えた瞬間ちょっと鳥肌立ったもの!昨日はまだハッキリクッキリしてたじゃん!それにさァ、なんか発光してんだけど!?そんなの昨日あった!?なかったよねェ!?
え?なんで半透明なの?病気?ってなるだろ?説明は大事だ。うん。

「喜助さん、まず私から説明を」
「いえ、大丈夫です。鈴さん、ありがとうございます」
「え……」
「鈴ちゃん、銀さんとこおいで」

喜助に説明しようとするも、喜助から返ってきた言葉に戸惑っている鈴を手招きする。
鈴は手招きする俺を見てから喜助を見上げて、まだ戸惑っている。

「折角の逢引きなんだからよ。早く会わせてやろうや」

そう言い、来い来い、と再度手招きすれば、不安げな目をしていた鈴が少し迷った後、喜助に深々と頭を下げて俺の傍に来た。

「………坂田さん」
「そんな不安そうな顔しなくても大丈夫だろうよ」

俺と鈴から少し離れた木の下で喜助と女が対面する。

「喜助さん……あの、わたくし」
「お瀬戸さんが教えてくれた、あの山に行ってきたよ」
「………」
「君が話してくれた通り、綺麗なところだった。残念ながら君の言っていた村は見ることができなかったけれども」

女の目線に合わせてしゃがんだ喜助が話し出したそれに、神楽と新八がついて行った山の話を思い出す。アイツらの報告によれば山しかなかったと聞いているし、俺も一応地図で確認したが、その近辺に村など無かったはずだ。

そういや、喜助の行動が落ち着いたのもその時だ。
女が言っていた村が無いことに不思議に思い調べてみたのかもしれない。そして、その村が遥か昔のものであったのかもしれない。
女がいつからこの湖に居るのかは知らないが、変わらない景色もあれば、変わる景色もある。

喜助はあの時わかってしまったのかもな。

「その村は君の故郷だった?」
「はい、金木犀が沢山咲いて綺麗な、とても美しい村で」
「それは見たかったな」

穏やかに話す二人の姿は普通の恋仲にしか見えない。

「もっと早く気付いてあげるべきだった。不安にさせてごめん……忘れてあげられなくてごめんね」

微笑みながら女の手を取った喜助とは裏腹に、女の顔が凍り付いたのが見えて、ああ、やはりと思ってしまった。
依頼金をあのタイミングで渡されてから薄々わかっていた。
喜助は記憶を消されることを知っていて俺に付いてきていたこと。

「喜助さ……知っ」

て、と女の消えていく言葉に喜助が頷く。
それには鈴も驚いたのだろう。無意識か、隣に居る俺の着物の裾を少し掴んできた。

「両親も、一緒に行った小間物屋の店主も君を覚えていなくて、皆して何の冗談だろうかと、皆してからかっているのかと腹も立ったけど……今思えば、僕は考えないようにしていたのかもしれないね」

この場で一人だけ可笑しそうに微笑む喜助に誰も何も返せない。

「君に心配を掛けさせたくはないから」

次はちゃんと忘れるよ。

喜助がそう言ったと同時に女の目から涙が落ちたのを見えた。
こりゃ、喜助以上に女も辛いもんがあるな、と腕を組めば、俺の袖を掴んでいた鈴の腕の重さを感じた。それと同時にぽつん、と俺の鼻の頭に一滴、夜空から落ちてきたそれを見上げるのではなく、隣に視線をやる。

鈴が静かに泣いている。
視線の先の男女から目を逸らすことなく。
いや、本人も泣いていることに気付いていないのかもしれない。そのくらい静かな表情に涙がどうも似合わない。

それを見て、やっぱり鈴が泣くと空も泣くのかと納得する。


「喜助さんはお人好しでございます……こんな女に騙された記憶など貴方の人生には不要でございましょう」
「騙すだだなんて、おかしなことを言う。君の目は本当だったよ、ちゃんと僕を愛してくれている目だった。今もそう」

その喜助の言葉に女が顔を下げた。
喜助が言ったことも真実、そして女が言ったこともまた真実だと。

女が江戸の町に下りたのには他に理由があったそうだ。
恋も知らずに散った若い命は、どうやら恋がしたかったらしい。いや、旦那様探しを軽い気持ちで考えていたようだ。もう散る存在なのだから、そのくらい考えるのは自由だろうと。その儚い想像をして町を歩くのは楽しかったそうだ。
まるで、人に戻ったようだと。

だが、そんな女と喜助が出会ってしまった。

最初こそ恋真似ができているだけで嬉しかったのだと女が言えば、その背中を喜助が撫でるような素振りをしている。

女の想いは徐々に募り、喜助を共に連れて行こうと思い始めたらしい。喜助が結婚の返事をもらったのが丁度その頃だったのだろう。
だが、出来なかったのだと女が泣く。
一緒に居たいのに、一緒に行きたいのに、それ以上に喜助が死ぬのが怖かったのだと。
連れて行くには湖の中にある女の亡骸と一緒に居なくてはならないらしい。
冷たくて、暗くて、苦しい、そんな中に喜助を連れては行けないと、騙してしまってごめんなさい、約束を破ってごめんなさい、と小さく謝るその姿は痛ましく。
恋を知りたかった女が愛を知ってしまったのだと感じた。

震えた声で謝る女に喜助からの言葉はない。

「僕は……一緒に行きたいよ……でも、お瀬戸さんは違うんだよね」
「当たり前でございます!冷たいのでございますよ!」
「うん」
「とっても寒くて、それに暗いのでございます!」
「うん」
「それに苦しいのでございますよ!」
「うん」
「だっ、駄目でございます!」
「駄目かぁ」

先ほどまで弱弱しく謝っていた声を張って主張する女に喜助が弱ったように微笑む。そんな喜助の表情に女が再度『絶対駄目です!』と完全拒否している。それに対して喜助がおかしそうに笑う。

「うん、わかったよ」
「わかっていただけてようございました」
「此処で駄々を捏ねたら君に嫌われそうだ」

その言葉に女が小さく、困ったように笑う。
今の一連はただ、女を泣き止ましたかっただけなのか、はたまた本心で一緒に連れて行けと言ったのかはわからない。
だが、小さく笑い声を零す女を見る喜助の横顔は愛する者を大切にする男の顔だったことに俺の口も緩む。

お似合いじゃねぇか、と思うも、別れの時間は着実と近づいてきているわけで。

「喜助さん………お元気で」

そう言って、女が喜助の首に腕を回せば、二人の体が軽く重なる。
いよいよか、と俺も感じたのだ。もちろん、隣にいる鈴も感じたのだろう。二人の姿を焼き付けるように見つめる横顔を見て、俺の袖を握る手を外してやり、その小さな手を握る。
何かが手を包んだというのに鈴は見向きもせず、その視線は二人に向けられている。

俺が居なくとも鈴は一人で此処に立ち、二人の行く末を見送ったのだろう。
ただ、そこに俺が居たかっただけだ。

「僕はこれからも生きていくけれども、いつかは死ぬ。その時、最後に見るのはきみがいい。最後の日、きみが居ないことに後悔するはずだから、だから会いに来てくれないかな……これも駄目かな?」
「………約束はできませんが、わたくしめも会いとうございます」

女の返事に喜助が何か言ったのはわかったが、声までは聞こえなかった。
言葉は喜助の記憶と共に消えたのだろう。
女の腕の中でくたりと意識を失くした喜助を見てそう思った。
だが、その口の動きは確かにこう言っていた。

愛している、と。

いや、これはあの女だけが知っていればいい。

意識を失くした喜助の体を抱きしめたままの女が俺と鈴を見る。その瞳をしっかり見たのはこれが初めてだが、日か差し込んだ湖のような色をしている。
俺がその瞳に気を取られていれば、握っていたはずの手がするりと俺から離れていき、俺が掴んでいたはず手が女に触れる。
鈴の手が女に触れた瞬間、女の目から涙が零れた。

女も女で、喜助を想って笑っていたのかもしれない。

『地主神様、ありがとうございます。貴方様に出会えたことに感謝申し上げます』

ぼろぼろと涙を零しながらも微笑み、喜助の頭にすり、と頬を付けて幸せそうな女に『私もです。私と出会ってくれてありがとうございます。そしていつか喜助さんとまた出会ってください』と鈴が返せば、女が少女のような笑顔を零した。

ずっと微かに感じていた金木犀の香りがさらに強くなった、とふと見上げれば、先ほど女が背もたれにしていた枯れ木が、小さな花を無数に咲かせていることに『おお』と内心感動する。

まるでこの女を迎えに来たかのように、季節外れの金木犀の鮮やかな花びらが舞う、その光景は俺でも綺麗だと感じる。
俺が見た感じでは、ここ一帯に金木犀はこの木だけだ。
女の故郷によくある木だという金木犀。
一体、これは誰が植えたんだろうな。

女が金木犀を見上げて嬉しそうに微笑む。

『地主神様、またわたくしめと出会ってくださいませ』
「待っていますね」
『神使様にもどうかお礼を』
「あの、坂田さん」
「ん?」
「彼女が坂田さんにもお礼がしたいと」
「え?なに?何かくれんの?じゃあ考えとく」

俺の言葉に女と鈴がポカンとした顔で俺を見上げる。

「一生の別れじゃありめぇし……だろ?だから、次までに考えとくって言ってんの」

そう言えば、聞こえたのはおかしそうに笑う女達の笑い声だ。
女共の笑い声はうるせぇから好かねェだが、こんな笑い声なら悪くない。
くすくすとそこら辺に居る年頃の女と変わらないように笑う女と鈴を見ていると力が抜ける。

「お瀬戸さん、ではまた」
『はい、また』
「気ィ付けて帰れよ」

また俺の言葉にくすくすと笑いながら、女が透けていき、座ったまま抱えていた喜助をこちらに差し出した。
喜助に腕を伸ばした鈴より先に俺が喜助の腕を掴む。

「ちょいちょい、これは俺の仕事」
「あっ、すみません。ありがとうございます」

俺達の元に喜助が行ったのを見て、まるで安心したように微笑んだ女が地に額を付けて一礼をして、そして風に攫われるように消えた。
それを横目にして喜助を背負えば、鈴が一度目元を擦り立ち上がった。
今、俺が声を掛ければ、せっかく泣かないようにしている鈴の気持ちを崩してしまうだろう。
崩してやりたいとも思うが、きっとそれは今じゃねぇ。
地主神としての鈴は続いている。それがいつまでかはわからないが、此処で崩してしまえば、後に辛いのは鈴だ。

「よっと」

立ち尽くす鈴を置いて、だが、すぐに追いつけるくらいの歩幅で歩きだす。
背負った喜助を落とさないよう、ゆっくり山を降りていれば、後ろから駆ける音が聞こえ、片方の指がじんわりと温かくなった。

見なくともわかる。
俺の指を遠慮気味に握る手を握り返せはしないが、好きなだけ掴んでいればいい。
立ち止まりたいほどやるせないと悲しむその体を引っ張って歩くくらいなら俺にも出来る。





***


一時的意識を失っている間、喜助の一件を夢に見ていた気がする。
夢に見るほど昔でもなく、つい最近のことだったそれを夢に見たのは何故か。

耳の奥まで響く雨の音。
冷たい雨が体の熱を奪い、手足が冷えていく。

地に這い蹲って見つめる先には、墓に寄り掛かって静かに眠りにつこうとしている者。

「………バーさん」

バーさんの血が雨と混ざり土を染めていく。
早く連れて行かないと、そう思うが次郎長との一戦で指先さえ動きそうにない。
閉じそうになる瞼を何とか開いているが、視界が霞む。
バーさんどころか、俺まで眠っちまいそうだ……と瞼を閉じて、ふ、と思い浮かべたもんに笑えば、腕やら頭やらから血があふれ出る。

「いっ……てぇ、はぁ………鈴に会いてぇ」

ただ思い浮かべた、ただそれだけでどこか暖かい。
もう一度指先に力を入れ、瞼を上げようとしたが、一度閉じてしまった瞼は持ち上がらない。
息が浅くなっていく感覚に『くそっ』と吐けば、近くに気配を感じた。

『おやおや、何事かと思えば。こりゃいかん』
「………誰、だ」
『話しては駄目だ。余計に血を流してしまう。あちらの御婦人も危ないな。梅丸、住職殿を連れて来てくれ。あの者なら多少我らの気配がわかる。なんとかして連れて来ておくれ』
『はい主様。神使殿、もう少しの辛抱でございまする』

目が開けられない為、話している者達は見えないが、そいつらが誰かを呼ぼうとしているのはわかる。そして………人ではないことも。

「鈴」
『地主神殿をお呼びするかい?』
「鈴には、言うな」
『あいわかった』

その返事と共に、俺の頭を何かが触れる。話している男の手だろうか。そして『御婦人の体が冷えてしまうな。お前達御婦人に雨がかからぬようにしておくれ』と何かに指示してくれている。
その何かは俺にも雨がかからないようにしてくれているのだろう。
『地主神様が悲しんじゃう?』『温めちゃう?』『神使様の為に頑張っちゃう?』とガキのようでガキではない高い声がし、体の至る所に何かが引っ付いている感覚がする。
そんな何かに『こらこら、傷口に触れてはいかん』と注意する男の声を聞いていれば、耳に足音が入ってきた。
その足音は人のものだろう『住職様どうなされたので?』『いや、何やらあちらが妙にざわついているように思えてな』『お墓のほうですか?』という話し声が徐々に近づいて来ることに安堵からか、ふっ、と息を自然と吐き出す。
いや、なんとかして呼んで来いとは言っていたが、その梅丸とやらが太鼓や何かを叩き『こちらでございますよ!こっち!こっち!こっちでございますよー!』と、どんちゃんどんちゃん騒がしい。まさかそんな愉快な呼ばれ方をしているとは住職も知らないだろう。うるせぇ。傷に響く。
だが、方法が何であれ、連れて来てくれたことにはかわりはない。

「わ、りぃ、な、ありが、とよ」
『礼には及ばんさ。其方の主殿、地主神殿に恩があるのでな。返させていただくよ。だからもう大丈夫だ。少し眠るといい』

多少頑丈な俺の頭も流石に今回はダメージを受けているのだろう。
ぐらぐらと何度も遠退きそうになりながらも保っていた俺の意識がゆっくりと落ちていく。
そんな俺の頭を男がまた軽く一撫でしたことに、触んじゃねェと声が出ないが思ってしまう。最後まで視界に映んのが男なんて最悪じゃねぇか。

最後に見るなら………鈴がいい。


沈んでいた意識が浮かび、視界に映った白い天井をぼんやりと見つめて数秒、起き上がる。
病院特有の匂いに、あの住職とやらがちゃんと見つけてくれたのだろう。

ババアは大丈夫だ。
なんたって神さんのお墨付きだ、と湿布が貼られている左頬を押さえる。

「ババアも最後に見んなら鈴にしとけ……」

きっと極楽に連れてってくれるだろうさ。
俺ァ、最後に見たい鈴が居ねェから逝きそびれたな、と小さく笑ってしまう。

ベッドから片足を下ろす。

やることなんざ決まっている。


***


四天王の一件が落ち着き、ババアが帰ってきた。
帰ってきたら帰ってきたで店も室内も騒がしいったらない。
まぁ、騒がしいのはババアじゃなくその周りだが。その原因であるババアはテメェの旦那の仏壇の前に座っている。
その背中を何気なしに眺めていれば、わかりやすい視線を感じた。感じたほうをチラリと見れば、部屋の隅にある神棚から顔を覗かせている何か。
神棚の戸を少しだけ開けて此方を見下ろしている瞳だけが見える。小動物のような瞳の視線の先はババアで、この正体不明の神棚の主もババアを心配したのだろう。
このババアは何だかんだと色んなもんに見守られているのかもしんねェなと口元を緩める。

そして、もう一つの視線。

ただ、こっちは俺の視界に入らないように居るらしい。
隠れるのが上手いそれの二本の尻尾だけ、唯一見えた。

もしかしてだが、鈴が様子見に向かわせたのかもしれない。

あの騒動だ。
江戸そのもののような鈴の耳に入らないわけがない。
まぁ、あの騒動に鈴が巻き込まれなかったことが唯一の救いだ。
その辺りは鈴も自身の重要さをしっかり理解している女だ。関わらないようにしたのだろう。
あの狐が言ってたじゃん、ほら、『稲荷総出で駆け付けます』とかなんとか、怖すぎんだろうが。つまり鈴が動けば、他の奴らも動くってことじゃん?
そんなことになったら妖怪大戦争だわ。味方だろうが俺は誰よりも早く離脱するね。

「江戸の大将は将軍だけじゃねェ、ってな」
「銀さん!お登勢さんの快気祝いしますよ!」
「おお、先行っとけ」
「ヒャッホー!銀ちゃんいらないアルか!?私が食べていいアルか!」
「馬鹿テメェ!ケーキは銀さんのって名前書いてあるでしょ!!!!食べんじゃねェぞ!!」

頼んでもいないのに妖怪大戦争がおき慌てふためく鈴を思い浮かべてしまい内心笑っていれば、仏壇の前に集まっていた奴らはいつの間にか店へと移動したらしい。廊下から新八の声が響く。

かたんっ、と天井板から微かに聞こえたその音に。

「もう大丈夫そうだって言っとけ」

そうこぼせば、たんっと板を蹴った音がし、気配が消えた。

「どいつもこいつも」

お人好しが多すぎるったらねェな。

いつの間にか仏壇に飾られた花が一輪多くなっていることに後頭部を掻き、背を向ける。




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第18話終わり