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19:晴れのひ滾々

「ぎゃはははは!!!!!!」
「……銀さん」
「……」

唾を飛ばし、げらげらと笑い声をあげている神楽ちゃんが苦しそうにひぃ、ひぃ、ブふぉッ!!と床を転げまわっているが、それどころではないことが起こってしまっている。

いつも通り万事屋に出勤した僕はまず大抵銀さんを起こすことから始まる。今日もいびきをかき、腹をかき、とにかくだらしのない大人代表のような男である銀さんのいつもの光景だったのだけれども、そのいつもが一点だけ違っていた。

居間のソファーで座り心地が悪いのか、もぞもぞとする銀さんの背後から毛並みのいい………ふっくらとした狐色の尻尾。眉を寄せて不快感を顔全面に押し出している銀さんから視線を上げれば、銀髪の間にピンと立つ……これまた毛並みの良い狐耳。

「……あの銀さ……」
「猫耳か!?猫耳アルか!?ギャハハハハ!!」
「うっるせエエエエエ!!!!」

神楽ちゃんの大爆笑が本気で煩かったらしく、いや、僕も煩いとは感じるけれども……銀さんが両手で耳を塞いだ姿を見つめる。

あっ、駄目だ。変な汗が出てきた。

「あの、銀さん」
「あんだよ!神楽うるせェつってんだろ!!」
「その……そこ耳じゃないんですけど」

本来ならそこに耳があるはずなのだ。そう、銀さんが丁度押さえている部分。
でも、今、そこに耳はなく。
あるとすれば、あの、ぴくぴく動いている狐色の耳のほう。
銀さんは僕の言葉にぴたりと動きを止めて、押さえていた両手で本来耳がある場所を触り、少しして頭の上の狐耳を両手で押さえた。

「……」
「……」
「……新八」
「……はい」
「……鋏くれ」
「アンタ何する気だよ!?!?駄目ですよ!!何考えてるんですか!!」
「ねぇ、ほんとナニコレ……なんで俺の尻から尻尾生えてんの?俺の耳は?」
「僕に聞かれても知りませんよ、ってさっきから何度も言っているじゃないですか。何か心当たりないんですか?」

もう何度目か。
銀さんは起きてからといもの、慌てふためいたり、冷静になったかと思えば狐耳と尻尾の現実にまた困惑したりの繰り返しだ。
神楽ちゃんはやっと落ち着いたのか銀さんの尻尾を興味深そうに見て『ぺっぺっ!毛が口に入ったアル!』と口に手を突っ込んでいる姿を見て溜息を零す。

「まず、昨日は?また飲みに行っていたんですか?」
「銀ちゃんが帰ってきたのは深夜ネ」
「……昨日は……あ、ダメだ。飲みに行ったトコまでしか思い出せねェ」
「酔った勢いで病気貰ってきたアルか……不潔ネ。近寄らないで」
「いい加減にしろよ!!んなことするわけねェだろ!!テメェの名前を忘れようが、旨い記憶だけは失わねぇ。いや!そもそも狐耳生える病気ってなんだよ!!」
「最低アル」
「最低ですね」

両耳を押さえたまま、頭を抱えるポーズの銀さんの様子に神楽ちゃんと目が合う。神楽ちゃんがヤレヤレと言いたげに首を振り、まるでしょうがないと言うようにソファーから腰を上げた。

「ちょっと行ってくるネ」
「どこ行くの神楽ちゃん?」
「駄菓子屋のババアのところアル。前に花屋のババアと話していたこと思い出したネ。ちょっと聞いてくるヨ」

よくわからないが、神楽ちゃんに何か考えがあるらしく『気を付けてね』と見送る。

***

神楽ちゃんが出て行ってからどれくらい時間が経ったのかはわからない。
やっとその日の洗濯物を干し終えて、ふぅ、と背筋を伸ばしながら銀さんに視線を向ければ、自分から生えている耳が気になるのか、つんつんと突いている。そして、ソレはくすぐったかったのだろう。ブルッと体を震わせている銀さんに呆れてしまう。
しょうがない、僕も僕で、この情けない雇い主の為に動くとしますか、と腰を上げる。

「じゃあ銀さん、僕はキャサリンさんのところに行ってきますね」
「キャンサリン?なんで?」
「狐耳も猫耳もかわらないんですから、生えている人に聞くのが一番でしょ」

くすぐったかった両耳を押さえている銀さんが、出掛ける準備をしている僕をぼけっとした顔で見ていたかと思えば、急に焦り出した。

「イヤイヤイヤ!!狐耳生えたとか言うつもりか!!銀さんの恥を晒してそんなに楽しいか!?」
「いや、まったく楽しくないですけど、そのままにしておくわけにもいかないじゃないですか」
「いや、アレだよ!何かこう尻尾が爆発するかもしれねェじゃん!一人にしちゃ駄目なやつじゃん!」

尻尾が爆発って……何言ってんだこの人、と更に呆れてしまうが、要は一人にするなということだろう。
まぁ、キャサリンさんに聞いたところで面白がられるのは目に見えているわけで、神楽ちゃんが動いてくれているのなら銀さんの傍に居てあげるのもやぶさかではない。
そう考えがまとまり、玄関に向けていた体を居間に向ければ、僕が残ることがわかった銀さんの尻尾がほんの小さく揺れた。

やっぱり尻尾って感情と直結しているんだな、と感動してしまう。
付いている人が人だけれども。

「着る物とかどうしますか?」

今の銀さんは寝巻きである甚平のままで、いつもの服や着物を着ようにも尻尾が邪魔で着られなかったらしい。もちろん、甚平に尻尾用の穴が開いているわけもなく。半ケツ状態だ。
僕の言葉を聞いて、顎に手を置いて考えていた銀さんが僕を見る。

「耳は聞くために置いておくとして、尻尾いらなくね?」
「駄目だっつってんだろ!!なんでそうすぐに切り落とそうとするんですか!」

いくら銀さんでも、尻尾を切る流血シーンなんて見たくない!と青ざめながら銀さんから鋏を遠ざける。
そんな僕の慌てように、銀さんが溜息を零しながら項をぼりぼりと掻く。うん、このだらしのなさはいつもの銀さんだ。
多少でも意識を他に移そうといちご牛乳を出せば、尻尾を緩く振りながら早速飲みはじめて鼻までほじり出した。いちご牛乳には人を駄目にする成分でも入ってんのかと思わずにはいられない。

まぁ、何はともあれ最悪な展開は逃れられたと銀さんを観察する。

獣耳と言えば天人特有のもの。やはりそれらが関与しているのだろうとは思う。残念ながら銀さんの記憶力は頼りにならないが、飲みに行って何かあったことはわかる。
狐関係の天人に聞き込みしてみたほうがいいかも……と、自分に用意した熱めのお茶を喉に流していると、微かに水の音が聞こえてきた。

「あ、お天気雨ですね」

窓に視線をやれば、窓から入り込んでいる陽は明るい。でも、しとしと、と瓦を濡らす音も聞こえてきた。
晴れているのに雨が降る。よく耳にする言葉ではあるが、そうそうお目に掛かれないものでもある。『銀さんも見てくださいよ』とケモ耳になってしまった本人である銀さんがついにジャンプまで読みはじめた姿にそう言えば、銀さんが視線を少しだけ窓に向けたと同時に、その耳がぴくぴくと動いた。
そして、窓から玄関のほうに顔を向けた銀さんが慌てたように寝室に入って行ってしまった。ばん、と音を立てて閉められた戸を唖然と見る。一瞬のことに「え……あの……銀さん?」と声を掛けた僕の耳に玄関が開く音が聞こえてきた。

「助っ人連れて来たアルよー!」
「あ、神楽ちゃんお帰り」

銀さんが立てこもった寝室の戸から、ばたばたと玄関から足音を立てて居間に入ってきた神楽ちゃんに視線を向ければ、神楽ちゃんに手を引かれた山田さんが居た。
山田さんは僕と目が合うや否や、申し訳なさそうに『勝手にお邪魔してしまってすみません』と謝ってきたけれども、神楽ちゃんが強引に連れてきたのだからしょうがないことだと思う。でも、山田さんにとって、家主の許可も下りていない状態で家に上がってしまうのはいただけないのだろう。恐縮してしまっている。
相手は年上の女性だけれども、その姿が愛らしいと『気にしないでください』と自然と笑みがこぼせば、山田さんがほっとした表情をした。


そして、急に逃げ出すかのように寝室に立てこもった銀さんの謎の行動もわかった。
今の銀さんの耳は狐耳、つまり動物の耳だ。
きっと神楽ちゃんとは別の足音も聞こえて隠れたのだろう。いや、もしかして山田さんの足音だとわかっていたのかもしれない。
そりゃ、意中の相手に尻尾や耳が生えた姿なんて見せたくないだろう。僕も男だ。なんとなくその気持ちはわかるな、と少し笑ってしまう。

「ところで、神楽ちゃんが言った助っ人って山田さんのこと?」
「そうアル!花屋のババアが駄菓子屋のババアに、不可思議なことは誰々に相談するのがいいって言っていたのを思い出したネ。じゃあ、鈴だったアル」
「ええ、それで山田さんを連れてきちゃったの?山田さん、すみません。仕事中だったんじゃ……」

僕がそう聞けば、山田さんがやんわり微笑んで『大丈夫です』と答え、神楽ちゃんが『私がオヤジに説明したアル!おやつ時までには返せって言われたネ!』と、どう考えても無理やり連れて来た感がある。
『ネー!鈴』と山田さんが家に来たことが嬉しいのか、にこにこと山田さんに抱き着く神楽ちゃんは相変わらずお姉ちゃんっ子のようで、山田さんも山田で、そんな神楽ちゃんが可愛いのか『ねー』と微笑む。うん、和む。

「ところで、坂田さんはどちらに?あの……坂田さんの……その、股に卑猥な物が付いているって言われたのですが……その」
「…………」

山田さんが切り出した話に表情が死んでしまった僕は悪くない。
どんな説明をしたんだこの馬鹿娘と視線を送れば、その馬鹿娘が『夜遊びして病気を移されたネ!』と更に馬鹿を重ねてきた。
昼間からとんでもないことを高らかと言った神楽ちゃんを、なんとも言い難い表情で見た山田さんが凄く言いづらそうに『申し訳ないのですが、私では役に立たないかと』と言う……山田さんに土下座したい。その山田さんの小さな声と馬鹿娘の大声は寝室の銀さんにも聞こえたようで、がたん、と物音がした。正直銀さんに同情してしまう。
女性に言わせていい言葉ではないソレに、どうやって謝ろうかと考えを巡らせていれば、山田さんが『私が寺子屋でいただいた保健体育の冊子があるので、使っていただければと』、と手提げから風呂敷に包まれたもの僕に渡してくれた。
本当に真面目で、そして優しい。
僕達と同じ空気を吸わせていい人じゃない。

「あ、ありがとうございます」
「……その、お年頃だと思いますし、もしよろしければ学び舎をしている知り合いがいるのでお話しを通しますが」
「いえ、もうお気持ちだけで、本当にありがとうございます」

山田さんの優しさと申し訳なさに心が潰れそう、と涙が出そうになっていれば、用事が済んだと判断した神楽ちゃんが山田さんの腕を引き『定春居るアルよ!なでなでしてあげてヨ!』と楽しそうに話すが、少女と言っても神楽ちゃんは夜兎で、その力強い引っ張りに山田さんの体が傾く。

木の床ではあるけれども、周りには机もあるわけで……そんなところに山田さんが倒れれば危ないと咄嗟に腕を伸ばした。
でも、僕の腕が届く前に山田さんの体が何かに支えられたことにほっとしてしまう。
神楽ちゃんでも僕でもないとなれば、一人しかいない。

「あっっッぶねェ……だろ!神楽!」
「ごめんネ鈴!大丈夫アルか!?」
「す、みません。足がもつれてしまって」

山田さんが床に倒れる前にその体を腕一本で抱えた銀さんが神楽ちゃんを叱れば、神楽ちゃんが慌てて山田さんの顔を覗き込み、山田さんは支えてもらったことに慌てて姿勢を整えようとしている。
とにかく、山田さんに何もなくて良かった。山田さんが怪我しなかったかこともだけれども、もしそうなってしまえば、させてしまった神楽ちゃんも傷ついてしまう。
『テメェの馬鹿力しっかり考えろ!』と怒る銀さんもきっとそのことを言っている。

「足とか捻っていないですか?」
「え、いえ、私こそぼんやりしていてすみませんでした。神楽ちゃん大丈夫だからね」

銀さんの腕が山田さんから離されたことで、僕が声を掛ければ、山田さんが眉を落として微笑み、そして、謝る神楽ちゃんにそう言う。神楽ちゃんはそんな山田さんの言葉に何かを思ったのか、山田さんの首に腕を回し、やんわりと抱き着いている。
山田さんは抱き付く神楽ちゃんの背中を撫でながら『坂田さん、ありがとうございます』と支えてもらったことにお礼を言ったのだけれども、その視線がある一点で止まった。

「……耳」
「あ」

山田さんの視線が銀さんの頭で止まっていることに、銀さんがやべっと顔をして両手で耳をおさえたのだけど、山田さんの視線が下がる。

「……卑猥な、もの」

ふぁさ、と音がなりそうなほど立派な銀さんの尻尾を見た山田さんが、ばっ、と両手で顔を覆ってしまったことにぎょっとする。
ふんわりとした雰囲気の山田さんのまさかの行動に驚いていれば、銀さんが『おい、どうした?やっぱ足痛めてんじゃねェだろうな?』と心配しはじめ、僕も神楽ちゃんも声を掛ければ、山田さんから蚊の鳴くような声が返ってきた。

「すみません、私、なんて勘違いを」

顔は両手で隠されている為見えないが、唯一見えている山田さんの耳がじわっと赤くなったことに、ああ、とわかってしまった。
いや、もとはといえば神楽ちゃんが勘違いしてくれと言わんばかりの伝え方だったからであって……というか、普段落ち着いている山田さんが照れているという状況にキュンキュンする。なにこれ。僕にはお通ちゃんが……。

「いや、照れんなよ。逆に興奮すっから」
「す、すみませ……っ」
「いや、アンタは何言ってんだよ」
「耳、真っ赤アル。どうしたネ?」
「すみません」
「いや、原因が何言ってるの」

もう『すみません』としか言わない山田さんが落ち着こうと深呼吸するのが聞こえ可愛いとしか思えない。銀さんなんて真顔でじっと見ているし。

「落ち着いた?」
「はい、すみません」
「まだ耳あけェけど」
「……すみません」
「保健体育の本くれんだろ?」
「聞いていたのですか、その、す……すみませ」

余程恥ずかしいのか、徐々に声も体も縮こませていく山田さんをにやけた顔で見て面白がっている銀さんに非難の目を向けるが、そんなことはどうでもいいらしい。
もう尻尾なんてご機嫌に振っている。

「山田さん、とにかくお茶でもどうぞ」
「あ、ありがとうございます。その新八さんにも大変失礼な勘違いを」
「そんな!むしろ親身になってもらえて嬉しかったですよ」
「そう言っていただけると助かります……あの坂田さん……その耳」
「おう、生えた」
「そうアル!尻尾も生えたネ!鈴治せるアルか?こんなのが四六時中銀ちゃんにくっ付いていると気を遣うネ」

何故山田さんが耳を染めていたのか、唯一わかっていない神楽ちゃんの言葉に山田さんが銀さんの耳をじっと見上げる。
さっきとは逆で、山田さんに見つめられた銀さんはにやけた顔を仕舞い、落ち着かないのか尻尾をゆらゆらと左右に揺らしている。

「治るかは別として、多分ですが、原因はわかるかと」
「え!本当ですか!?」
「はい、一度知り合いに相談してみないことにはわかりませんが」
「山田さんありがとうございます!」
「良かったアルな銀ちゃん!」

山田さんの返事に喜んでいれば、銀さんが山田さんをじっと見下ろしていた。

「やっぱコレってソッチ関連?……巻き込んでわりィな」
「いえ、そういう仲なのでお気になさらず」

その言葉に銀さんが頬を緩めて、少しおかしそうに笑う。え?どういう仲?とぎょっとしてしまう。いや、日に日に二人の雰囲気が良くなってきているのは流石の僕でもわかるけれども。でも、付き合っているとかそんな感じは見受けられない。
特に銀さんなんてそういった類をチラリとも見せてくれないタイプだし。でも、山田さんに関しては偶にわかりやすいところがある。

今だって、山田さんが来てから尻尾振りっぱなしだし。凄くわかりやすい。
知ってはいたけれども、むしろ応援しているけれども、銀さんは確実に山田さんに気がある。
でも、山田さんは、そんな感じには見えない。大人な対応って感じだ。
そんな二人の様子を盗み見ながら、山田さんに出す茶菓子を用意すれば、いち早く神楽ちゃんが口に放り込んでいて、それを止める。

「尻尾、触ってみる?」
「いえ、尻尾って神経が通っていると聞きますし、もし痛かったりでもしたら」
「確かに、服にねじ込んだ時痛かったわ」
「た、大切にしてください」
「尻尾のせいで服着れねェわで困ってんの」
「だから甚平のままなのですね」

僕と神楽ちゃんを他所に、銀さんと山田さんのゆったりとした会話が聞こえてくる。何度も思うけど、この二人の会話って穏やかなんだよな、と感じる。


その後、四人でテーブルを囲み茶菓子を摘まんだのだけれども、自然と山田さんの隣に座った銀さんと、それまた山田さんの隣に座った神楽ちゃん。何故か向かいが僕だけという、微妙に寂しい気持ちになるお茶をした。途中、銀さんの尻尾が隣に座る山田さんの腰に巻き付くということもあったが、銀さんも無意識だったようで『やめなさい!』って尻尾に怒っていたけれども、山田さんが加わると、このメンバーでも落ち着きというのが生まれるから不思議だ。特に神楽ちゃん。

銀さんの件は山田さんの知り合いに聞くということで進み。甘味屋が忙しい時間帯であるおやつ時が近づいたことで山田さんは帰っていった。

その時、山田さんが帰って寂しそうにする神楽ちゃんはいつも通りだけれども、山田さんが玄関の戸を閉めた瞬間、見送っていた銀さんの、ゆらゆらとご機嫌そうに振っていた尻尾が、へたり、と垂れ下がったことにぷっ、と吹き出してしまったのはしょうがないと思う。

そんな、笑う僕を振り返った銀さんが不思議そうに見る。
この人、無意識なんだ!とさらに僕の笑いのツボを突いてきた。

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第19話終わり