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2:何事も縁

「銀さん、いくら通ったってねぇ。うちの娘はお前さんにはやれねぇよ」
「は?」

店先の長椅子に腰かけ、忙しなく通り過ぎる人の流れを眺めながら団子を口に放り込む。そんな俺に店主のオヤジが話しかけてきた。

「銀さんは良い人だと思うがねぇ、その間抜けな面と職がねぇ」
「だから何の話だっつーの。ちょっと待て、今、俺の顔が間抜けっつった?おい?」
「半年に一度来ればいいくらいだったお前さんが、最近じゃ三日に一度来る。娘が喜んじまって、最近じゃ洒落づきやがった……狙ってるんだろう?うちの娘を」
「ああ、夏場所的な?千秋楽で優勝を狙っていくとか、そんな感じ?」
「優勝!?結婚まで考えてるのかいお前さん!?」
「テメェの娘が関取だって言ってんだよ!!!!」

本気で呆けているのかわからないオヤジの言葉に声を張り上げてすぐ、溜息を吐き出す。
確かに半年に一度来るか来ないかだったこの店に三日に一度は足を運んでいる。勘違いされてしまってもしかたがないだろう。
目的は全く別なのだが……、と後頭部を掻きながら肩を落とす。
約二週間前、この店で働く地主神の女を見かけたというのに、あの日から一度も見ていない。オヤジに聞こうかとも思ったが、今のやりとりでそれは止めておこうと確信した。この色ボケたオヤジに聞けば、あることないこと恋だの愛だのに持っていかれそうだ。

「とは言っても、娘が決めた男ならもう認めるしかないねぇ」
「おい、俺にも選ぶ権利があんだけど」
「娘が先日検査入院しちまってね。こりゃ、早いとこ嫁に出してやんねぇとって考えちまう」
「ねぇ、俺の話し聞いてる?……どこか悪いのか?」
「いや、たいしたことは無かったんだがね。むしろ早期発見で大事に至らず、さ。医者にもよく体調の変化に気付いたと驚かれたくらいだ。やっぱり家の守り神っていうのは大事にするべきだねぇ」

そう言って、オヤジが店内の神棚に向かって手を合わせている。
家の守り神のお陰で早期発見に至ったかのような話し方に、「神さんねぇ」と最近よく考える言葉を零しながら神棚に視線をやれば、そこに見慣れないものが捧げられていることに気付いた。

「神棚にから揚げが置かれてるんだけど、なにアレ」
「ああ、神様への貢ぎ物さね」
「神様にから揚げ捧げる国とか聞いたことねぇよ。おいおい、オヤジ、肥満にするのは自分の娘だけにしとけよ」

あんな脂っぽい神棚、見たことねぇわ。と言えば、オヤジが「銀さんもそう思うかい?」と笑っている。いや、笑いごとじゃねぇし。
こりゃ、娘が病気を早期発見できたのは、神さんが「こんな脂っぽいもの食わせるな」と娘の肥満と向き合わせる為に起こしたことのように思う。

「俺も最初のうちは違和感があったんだがねぇ。から揚げを捧げはじめてからというもの、おかしなことに良いこと、助かることが起こっちまって……俺の思い込みだろうがな、神棚も前より明るく見えんだ」

まぁ、商売繁盛ではなかったがな!と言うが、その表情は明るい。「ふぅ〜ん」と気のない返事をしてしまったが、良い面で笑うじゃねぇの、とオヤジの笑顔に口角が少し上がってしまう。

「で、なんでから揚げなんだ?この店の団子がお気に召さなかったとか?」
「おいおい、銀さん、何年もうちの店で団子を食ってきたお前さんの台詞がそれかい?神棚の捧げもんは鈴ちゃんが決めてくれんのさ」
「……鈴」
「おや、銀さんは会ったことがなかったかい?うちの裏方で働いてくれている娘でな、その子が用意してくれんだよ。から揚げ作っちゃったんで今日はから揚げにしましょうってな」
「へぇ」

オヤジから出た鈴という名と神社の爺が女を呼んでいた名は同じだ。やはり先日ここで見た女が地主神で間違いない。
最初こそ、神棚にから揚げって罰当たりじゃね?とか思っていたが、あの女がそう言うのなら間違いないだろう。このオヤジ、運、つーか、神を味方につけやがったな。
何も知らないオヤジが「いい子だよ〜鈴ちゃん」と話す。まさかその雇っている娘が神さんだとは思いもよらないのだろう。
まるで自分の娘かのように「嫁にはやりたくねぇなぁ」と目元を押さえはじめたオヤジを横目に、らしくもなく大事にしてやれよ、なんて台詞を言いそうになった自分の口元をそっと手で塞ぐ。

「その良い子の鈴ちゃんは今日はいねぇの?」
「ああ、今は買い出しに行ってもらってんだ。そろそろ帰ってくるとは思うんだがね。ああ、そうだ、夏の和菓子食うかい?鈴ちゃんの新作なんだがね。甘いもんが好きな銀さんの意見も聞かせてくれ」

俺の返事を聞く前に、ちょいと待ってな、と言って店の奥へ入って行くオヤジを見て、裏方だから見かけなかった訳か、と手に持っていた団子に視線を下げる。

「………これ、もしかしてその鈴ちゃんが作った感じ?」

まじで?と独り言を零す。
もしかして俺は今、とんでもないものを口にしているのでは?と串を持つ掌にじわりと汗をかく。
俺、神さんが作った団子を食べてんの……ツケで?
そういや、ここ最近パチンコで負けがない。いや、勝つと言っても大きなものでないが、それでも前に比べれば運がいい気がする。

「まじでか!!」
「なに騒いでんだい銀さん。ほら、これが夏限定の水まんじゅうだよ」

食べかけの団子を見て、ここの団子を食べれば運気が上がんじゃね!?と感動している俺の盆に餡子を包んだ半透明がえらく綺麗な水まんじゅうが置かれた。つやつやとした表面に日の光が当たる。それは夏のようで涼しげだ。
思わず「お、うまそう」と口に出した俺に、オヤジが「だろう?」とまるで自身のことのように喜んでいる。

「なぁ、オヤジ、こっちの緑色も水まんじゅう?」
「おうよ、そっちは露草の水まんじゅうでな、中身が黄身餡だ。どうだい、綺麗だろう」
「まぁな。夏って感じだわ」
「そうだろう、そうだろう。つっても今日は夏にしちゃ涼しくてねぇ。残っちまってんだ。遠慮なく胃に収めてくんなぁ」

露草の水まんじゅうを指さし「このな、ここがな」と説明してくれているオヤジの声を聞きながら、一般的な水まんじゅうを掴んで口に放り込む。
つるんとした舌触りと優しい甘みが広がって美味い。パフェも良いが和菓子も良いなと一口で無くなった水まんじゅうに少し残念に思う。
未だ水まんじゅうの出来の良さを語るオヤジに「説明がなげぇよ」と露草のほうを掴む。次は一口で食べるのではなく、半分を残してみた。
夏の日差しに当てられた緑のような中に黄色の餡子がよく映えて、オヤジが絶賛するのもわからなくねぇなと考えていると、隣に座っていたオヤジが「おっ、帰ってきた」と言い、腰を上げる。
店の奥へ消えていくオヤジを少し目で追い、通りに視線を向ければ。いつか見た日傘を差した女が歩いていた。
店と女との距離はまだあるが、目視で確認できるその姿は元気そうだ。

「なーんか、見てると、こう安心するっつーか、心が休まるっつーか…」

こう感じるのはやはり、神さんだからだろうか?と頬杖をつく。
行きかう人の間をゆっくりと歩く女から視線を外さず、茶を啜っていると、あることに気付く。
女の足元に何か居る。
黄金色の粉がきらきらと輝いているそれは、サイズ的には少し大きな猫くらいだろう。そして女の唇が動いていることに、その動きを読んで頭の中で言葉にしていく。

「たつたひめ、ねぇ」

女が『たつたひめさま、ちゃんと付いて来てくださいね』と言っているのは読めた。その“たつたひめ”とやらは考えるまでもなく、神の類なのだろう。
ひめ、とは姫のことか。爺の次は姫様とはなぁ、猫みたいなサイズっぽいけど。
茶をちびちびを飲みながら、たつたひめとやらの想像をしてみる。
徐々に近づいてきた女に、そろそろ視線を向けるのは止めておこうと半分残していた露草色を掴み口に放り込む。咀嚼する俺に女が「いらっしゃいませ」と会釈して店の中へと入って行った。
いつもなら、此処で軽く声を掛けてそこから話を広げて顔見知りとなるのがパターンだ。だというのに、俺の口はまったく開かなかった。

「………」

もぐもぐと露草の水まんじゅうを食べながら、だらりと汗が頬を伝う。
……なんて声を掛けていいのか、一瞬わからなくなった。
つまり、らしくもなく俺は緊張している。
どっどっと脈打つ心臓の音が体中に響いている感覚を消すために湯飲みを掴み、残りを一気に飲み干して「はぁあ!!」と息を吐き出す。

「ええ?なにこれ?なんで俺、こんなに緊張してんの?相手が相手だからか?」

神さんである女があの時の猫が俺であると気付くのではないか、そんなことをほんの少し思ってしまった。
そして、あの時見せた柔らかい笑みを向けてくれるのではないか、と少し期待してしまった自分が気持ち悪くて、思わず髪を掻きむしる。

「………まぁ、わかんなかったみてぇだけど……あ?なにコレ?紅葉?なんでこんなもんが此処にひゃあ!!」

夏にあるはずもない紅葉が俺の膝に落ちてきたことで、思考がそちらへと移る。膝に乗った紅葉を摘まもうとした俺の視界に黄金色の粉が入った。その輝く粉が俺の足元に居て、勢いよく片足を上げたのだが、その拍子に着物の裾を椅子で引っかけてしまったらしい。ビリっと嫌な音を耳にしたが、今はそれどころではない。

「え、え、え」

片足を上げた俺の下で、黄金色の粉がうろうろとしている。
お姉さん!!お姉さんんんん!!!!たぶん、たつたひめさん此処に居ますけどーー!!
心の中で叫んでいる俺の声が聞こえるはずもなく、店内からオヤジの「お疲れ様、冷たいお茶を用意したからね」という声と「ありがとうございます」と微笑ましい会話をしている女の声が聞こえる。
おい!!茶ァ飲む前にたつたひめどうにかしてくれ!
未だ、俺の足元でうろちょろしているのだろう粉を恐る恐る観察していると、ふっと粉が消え、やっとどっか行ったか……とほぅと息を吐き上げていた足を下ろす。

「まっ、え、ちょ、嘘」

ほっとしたのもつかの間、着物の裾をくいくいと引っ張られる感覚に背筋が凍る。
消えたと思った粉がさっき椅子で破れた着物辺りに居る。
もう悲鳴さえ出ないほど硬直した俺の着物のくいくいと引っ張るその粉……おい、何して、おい。やだやだやだ、怖い、なにこれ。
見るのも怖いが見ていないのも怖い!とちらちらと視線を向けていると、破れたはずの着物が少しずつ直っているのに気づく。
もしかして、俺が着物を破いたのは自分のせいだとか思ってる!?いや、そうだけど!驚いて破いちゃったけど!気にしないで!というか良い奴だな!!

冷や汗が滝のように流れてくるが、徐々に直って行く裾を眺める。いつ終わんのコレ。

「お茶、お注ぎしますね」
「ひっ」
「す、すみません。驚かせちゃいました?」
「あ、いや、わりぃな」

綺麗になった裾に、へぇたいしたもんだな、と思えるほど慣れ始めていると横から入った声に驚き振り返れば、例の女が空になった俺の湯飲みに茶を注いでいた。
女から差し出された湯飲みを受け取り、落ち着くためにもと一口飲めば、冷たいものが喉を流れていく感覚に目を閉じて小さく息を吐く。
あ〜びっくりした。
あ、この茶、うめぇ、ともう一口含みふと目を開ける。

「今日はそれほど暑くもなく過ごしやすい日ですね」
「………え、あ、そうです、ね」

俺の食べ終わった皿を盆に乗せながら軽く話しかけてくれたというのに、俺はそれよりも見えてしまっているソレに思考が奪われていた。

おいおい、たつたひめさん、見えちゃったんだけど!?

俺の足元にちょこんとお座りしているのが“たつたひめ”とやらなのだろう。
龍のような体ではあるが、大きさはそこらの猫と変わらない。ただ、頭に生えている角らしきそれは木で、葉っぱが赤く色づいている。さっき見た紅葉はコイツのものだったらしい。
いや、なんで見えてんの俺、いい加減にしろよ。本来見えちゃいけねぇもんなんだよ。そこは見えないようにしろよ、しっかりしろ!
見えない、俺は何も見えない、と目頭を何度も押さえるが、やはりしっかり見えてしまっている。
なんでだよ、と肩を落とす俺の近くで女が小さく、本当に薄っすら聞こえるくらいの小さな声で「あ」と零した。なんだ?と目頭を押さえるのを止めて、顔を上げてみれば……なんか増えていた。

『姫様―!勝手に居なくなられては困ります。ささっ、帰りましょう。竜田姫様の御役目はもう少し先でございますからね』

俺の人差し指ほどしかない、黒子のような姿をしたちんまい小人がとてとてと俺の足元に駆けてきた。

『土地神様がお見つけになられたから良かったもの、駄目でございますよ、もう!土地神様、大変ご迷惑おかけいたしました。そろそろお暇いたします』

俺の足元でちんまい黒子がちんまい龍の首にしがみ付いて、なんか可愛いことになっている。え?可愛くない?と隣の女に言いたいが、言ったが最後、これが見えていると知られてしまう為、口を紡ぐ。
土地神とは隣の女のことだろう。黒子がぺこりと何度も頭を下げるのを俺もちらっちらと見てしまう。
話しから見て、このちんまい龍、たつたひめさんが居なくなり、探すのを手伝っていたような会話だ。
俺が此処に居ることで碌に会話も出来ねぇんだろうなと、自然に立ち去ろうとも思ったが……俺の足元にいるちんまいコンビを避けるように立ち上がれば、それこそ怪しまれる。どうすっかなぁ〜と考えながら、湯飲みに口を付ける。

『では、また秋にお会いしましょうぞ』

その言葉と同時にふわりと顔に涼しい風が当たり、何か大きなものが空へと上がって行く。
先ほどまで小さかったはずの龍が空を覆うくらいの巨大な龍になったことに、飲むはずだった茶が口の端からぼたぼたと零れ落ちた。

「お客様、お茶が!」
「ああ、ああ、銀さん何やってんだいあんた。鈴ちゃん、此処は俺がしておくから裏を頼んでいいかい?」


***

「なぁ、新八くん」
「なんですか?」
「ちょっと携帯でさぁ、たつたひめって調べてみてくんない?」

あのあと、湯飲みに口を付けたまま茶をだぁだぁ零す俺から湯飲みを取り、女がタオルで俺の胸元や顔を拭いてくれていた気がするが、気付くとオヤジに変わっていて。いや、俺も変なモノが見えるほうだからね、多少のことでは驚かない自信はあったよ?……でもな、規模が違ぇんだよ。生でシェンロン見た気分だわ。
とんでもないものを見てしまった、と家に帰ってきてからも暫くぼんやりしていたわけで、そこに丁度来た新八にたつたひめのことを調べてもらった。

「えー、っと。竜田姫。秋の神様らしいですよ。裁縫の神様でもあるみたいですけど」
「へぇ、あんがとよ」
「これがどうかしたんですか?」
「んー?ただ気になっただけだから、気にすんな」

テレビから夏にしては涼しい一日だったというニュースが流れてくるのを耳にしながら、破れていたはずの裾の部分を掴む。

「通りで裁縫うまいわけだわ。どこが破れたのかまったくわかんねぇし」

破れた箇所を探しながら、その竜田姫に微笑み、話し掛けていた女の顔をふと思い出す。あの黒子の小人に何度も頭を下げられ、礼を言われていた時、女はどんな表情をしていたのだろう。きっと柔らかく微笑んでいたに違いない、と少し口元が緩む。
正直、あの女の周りで起こることは心臓に悪いことばかりだろうが、あの女がこの江戸でどう生きていくのか見ていたいとも思う。
深く関わらなければいいだろうか。
静かに見守るくらいなら、いいだろうか。
天井に顔を向け考えてみたが、まぁ、なるようにしかならねぇなと早々に考えるのを止めて、鼻に指を差し込む。

「あ〜、明日も行ってみっかなぁ。んで、その足でパチンコ行くか。勝てそうな気がする」
「おい、仕事しろヨ天パ。それより銀ちゃん、名刺ちょうだい」
「あ?何に使うんだよ?」
「今日、お手伝いして来たアル。次は依頼として受けてやるから電話しろって言いたいネ。いいから名刺よこせヨ」

そう言って、名刺を要求してきた神楽の手に「へいへい」と渡してやった。




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【二話終わり:後書きもどきはmemoにございます、もしご興味のある方がいらっしゃれば…!】