「は?……ナニコレ」
ケツの毛まで毟られたと言っていいほどの大負けをしたパチンコ屋を出て、イライラする気持ちと今月ってーか、今日を乗り切る食費もねぇよ……どうすっかなぁ〜と考えながら駐輪所へ行けば、愛車であるスクーターのタイヤだけが盗まれた状態でポツンとあった。
タイヤが無い以上スクーターは前にも後ろにも進みもしないわけで、『盗まれたタイヤを取り戻してそのタイヤで盗人を殴り殺すッッ!!』と憤怒したものの、疲れた溜息を零しスクーターを持ち上げる。進まないんだ、抱えて帰るしかねぇ。
本来人間様を乗せて進むテメェが人間様に抱えられて進むってどうよ、なぁ、今どんな気分?とスクーターに聞きながら歩く。
なかなかに重いスクーターにまたイライラしながらも源外の爺んとこに修理を頼み家に帰って来てみれば、新八と神楽は家に居ないらしい。珍しく玄関に鍵がかかっていた。
今の俺は何にでもイライラする状態なんだろう。いや、俺をそんな状態にする世の中が悪い。
「あー、くそイライラすんなぁ。もう今日はジャンプ読んで寝るに限るわ。あ、パチですった金どうしよう」
滅多に使うことが無い家の鍵を使うべく、一緒に引っ付けてあるスクーターの鍵を探す。スボンのポケット、着物を手探りで探すもなかなか見つからない。
「……源外の爺に預けたんだった…………」
イライラメーターの天井がぶち抜かれた気がした。つまり限界を迎えた俺の片足が持ち上がり、玄関の戸を蹴る。二枚あるうちの一枚が砂埃を立てながら倒れてやっと家に一歩足を踏み入れる。
外れたことで倒れていた戸を適当に元に戻し、ソファーにどかりと座り天井を見上げる。しん、とした部屋には自分の重苦しい溜息だけが響いている。
三日前からてんで運がない。ツイていない……いや、犬のウンコのうんは踏んで靴裏にツイたし、鳥の糞って意味のうんなら頭に落ちてきたけど……。
天井を見ていた視線を下げて両手を見る。
五日前に山田というあのお姉さんの腕を掴んだ。神棚を掃除する新八の近くにストリートでファイトするアレの新キャラですか?って感じの筋肉で覆われた男がいて。え?甘味屋の神様?え?プロテインを売ってる店のじゃなくて?と、俺の身体をも片手で握りつぶせそうな手とそのド迫力に思わずお姉さんの腕を掴んでしまった。
いや、わざとではない。俺も新八に言われなかったら気付かなかった。
でも、よくよく考えたら神様に触れた両手だ。イケる!!って歓喜したわけよ。そして迷いもなくパチンコで玉を転がせば――。
「あん時は俺もいよいよ大富豪かぁ?なんて思ってたけどよぉ……なんでこうなる」
触れたその日と次の日は滞納していた家賃三ヶ月分を払っても余るくらいの大勝ちだった。それが三日前に今までが嘘だったかのように不運ばかりが続いている。不運と言っても怪我や病気になるものではなく、何故か金の要ることが多い。
神様のお陰で入ったモノなんだからその分出せよ、とでも言ってんのか。
「……賽銭くらいはするべきだったか」
ハァ、と何度目かになる溜息を吐き出し、夕飯にできる食材あったっけ?と台所へと足を進める。食料を買うお金さえパチンコにすってしまった今、新八と神楽に殺されるだろう未来は避けられない。ならばせめて夕飯を何とか作っておけば怒られる時間は少々短くなるだろう。
運と一緒に気分も落ちてしまいトボトボと歩いていれば、フローリングに何か茶色のものがぽつぽつと落ちている。近づけば、なんか下痢ん時のウンコに見える。水気の多い……。
「………んだコレ?……泥?」
まだ乾ききっていない泥が点々と続いている。神楽がまた汚れたまま家に入ったのかと思ったが、玄関には鍵がかけてあった。家の中に人の気配は残っていない。出たすぐなら少々は人の気配が残っているもんだ。つまり二人が出てから時間は経っている。だが、この泥は今さっき落ちたかのような状態だ。時間が経っている泥なら少々は乾いているはず……。
すっ、と腰に差していた木刀に手を添えながら泥をゆっくり追って行く。
また盗人だろうか。タイヤの次は何を盗ろおってか……もううちには塩と卵しかねぇよクソが!!しかも卵は賞味期限切れだぞ!!ねぇ泣いていい!?
泥が途切れたのは押し入れの前で、そこは神楽の寝床になっている押し入れだったことに木刀から手を離す。
きっと神楽が寝ていたから新八が心配して戸締りをしていったのだろう。
「おーい、神楽ちゃんよぉ。泥引っ付けて家ん中入んなって何度も言ってるよねぇ」
やれやれ、と音を立てて押し入れを開ければ、そこに寝ているだろう神楽は居らず。神楽とは似ても似つかない、ぼろ雑巾のような着物を着て、裾から覗く腕は骨しかないようながりがりの爺が居た。
「……………は?どちら様?」
「あんさん、儂が見えるのかい」
「……」
『もしかしてあんさんが』とまだ話している爺をそのままにそっと襖を閉じる。
「ななななな、な、な」
何か居たーー!!!!
見えるのかって見えてんですけど!?は?もしかして見えないやつ!?普通は見えないアレでアレな感じ!?
ばくばくと大きく鳴り出す心臓が口から飛び出しそうになりながらも背中で襖が開かないように押さえる。
向こう側では開けようとしているのかガタガタと襖が揺れ……怖い怖い怖い!!
「あんさん、あんさん、儂の話を聞いてはくれんかい」
「聞かねえよ!!てか何も聞こえません!!!!」
「この気、あんさんが代理の地主様じゃろう?」
「………」
「儂、噂を聞いて来たんじゃが、地主様に助けてもらいとぉて。地主様の気を辿ってここに着いたんじゃが、良かった、噂は本当じゃった。人間の地主様じゃ」
「お……おい。あんた……一体なんだ?」
襖の向こうで俺を地主様と言う爺の言葉を待てば。
「儂は貧乏神じゃ、地主様」
それを聞いて、木刀を襖に突き刺す。
「なな!なにを!?何か粗相をしてしまいましたかいな地主様!ひ、人の言葉は不慣れで、おっお許しを!」
「あ、ワリィ…つい」
襖に突き刺さった木刀を抜き、襖を開ければ、貧相な爺が頭を下げて『お許しを、お許しを』と謝っている。貧乏神と聞いて、最近のアレもコレも全ての原因がこれだと思った瞬間、手が勝手に木刀を振っていた。殺らなければと本能で体が動いたんだな、きっと、うんうん、わかる。
地主神を怒らせたと勘違いして震える爺に流石に木刀を突き刺すのは駄目だったよな、と可哀そうになり『悪かったな。とにかくそこから出てこい』と言えば、いそいそと押し入れから爺が出てきた。
そこらの女よりもちんまい身長に曲がった腰、弱っちそうなこの爺が貧乏神らしい、らしいといえばらしい。
***
「ふぅ〜ん、なるほどなぁ」
ソファーの上で正座している爺が何故うちの押し入れに入っていたのか詳しく聞いた。
何でも、今憑いている人間の元を離れようと思ったのだが、自分の一部である渋団扇をその人間の家の中で失くしてしまったらしい。
渋団扇がその人間の元にある限り、自分が家を出ても意味がないらしく。噂で江戸の地主神が人間で、神の話を聞いてくれる者らしいと聞いたそうだ。それで藁にも縋る思いでうちに来た……と。
いや、うちに来られてもな。確かに何でも屋だけどさ。流石に神さん相手に商売はしてねぇよ。
それも、俺が地主神だと勘違いしているようだし。
「で、地主神にどうしてもらいたいわけ?」
「地主様も人間であられる身、そして儂より気を見るお力はお強いじゃろうと思いまして。その者の家に行き、渋団扇の在処を見ていただきとぉて」
「あー、はいはい、そういうこと。でもさぁ、来たなら来たで言ってくんない?いつからうちの押し入れにいたのおたく?」
「三日前にたどり着きまして、地主様の住まう家の気が何とも儂好みで、このだらけた感じの気に少しだけ、もう少しだけとずるずると……地主様は世の貧乏神を虜にするお方でございますな。これはみな放っておけんじゃろう思います」
「放っとけ」
てへへ、とどこか嬉しそうに照れながら言った爺のそばに木刀を突き刺す。
つまりなんだ、俺が貧乏神にモテるってか。貧乏だからか?貧乏だから好みだってか?誰のせいで今日の夕飯の材料も買えねぇと思ってんだ。てめぇを見世物小屋に売っぱらうぞ。
「あんたの話はわかった。でもな、わりぃけど俺は地主神じゃねぇ」
「………え、ですが……地主様の気を纏っておられ……」
「あー、それが意味わかんないんだけど。地主神になった覚えはねぇよ」
「………これだけ強い神気を体に取り込んでおられるのに、地主様ではない」
「ん」
「じゃあ……地主様はどちらに」
唖然とした表情で俺を見る爺に言葉が詰まる。
地主神の居場所を教えてやろうとも思ったが、本当に教えていいものなのだろうか。相手が人間ではないということもあり、判断しかねる。もし、危ないモノだったらどうする。
俺が黙り込んだことで地主神の居場所を知らないと判断したのか、爺が『そんな、そんな』と肩を落としてしまった。
この爺には申し訳ねぇが、教えてもいいと判断できるまで俺の口からは伝えないつもりだ。
ただでさえ貧相な体を更に縮めて立ち上がった爺を見る。
出て行くのだろうかとその行動を観察していると、ぼろぼろの裾で目元を一度拭った爺がうんしょ、うんしょ、と押し入れに入り、その襖を閉じた。
「オイィィィ!!何勝手に押し入れに立てこもってんだ爺!!出てけよ!!」
「それほど地主様の神気に満ちておるんじゃ、あんさんが地主様と縁があるのは確実、儂は此処で待つ!!」
「ハァアアアア!?オイ!襖に何しやがった!?開かねぇぞ!!オイ!何か言え爺!」
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第五話終わり