優美な指先としたたかな口許
「どうでした? 二年間の学生生活は」
「うーん、そうだなぁ……周囲の人に恵まれたおかげで毎日充実して楽しかったですよ。思い出もいっぱいです」
「……輪堂サンとは最後にキチンと話せました?」
「はい。おかげでこんな大荷物になっちゃいましたけど」
「え、これ全部輪堂サンから受け取った荷物なんスか!?」
「そうですよ。まあ、ほとんどは皆さんからの餞別を代理で受け取っただけですけど」
「なるほど。全部輪堂サンからの贈り物かと思いました」
「まあ、それも含まれてはいますけどね……断ったのに……」
「え、どれっスか?」
「その一番上の大きい包みですよ。なんかよくわからない書類と小説をもらいました。いらないって言ったんですけどね」
「もしかして小説って恋愛小説っスか?」
「え、すごい。そうらしいですよ。どうして分かったんですか?」
「……彼はよく、親しい人には本を贈るんスよ。たぶん技術開発局の書庫にもボクがもらった分があると思います」
「へぇ〜、そうなんですね。確かにあの人よく本読んでたもんな……」
「そっスねぇ。彼には霊術院の講師よりも図書館の司書の方が似合うんじゃないかってたまに思うっス」
「あはは、確かに。そっちの方がお似合いだ」
「……」
「……」
「――でも、輪堂サンが担任で良かったでしょ?」
「え?」
「彼は才能ある生徒を伸ばすのがすごく上手くて、勝手に無茶する人は絶対に甘やかさない人っスから。お転婆なアナタにはぴったりだったんじゃないっスか?」
「……そう、ですね。上手く乗せられたなぁって心当たりは多々あります」
「はは。頑固で意地っ張りな朝緋サンを乗せれるなんて、さすが輪堂サンだ」
「……もしかして、」
「?」
「輪堂先生が私の担任になったのって……浦原隊長の指示だったんですか?」
「いえ? ボクはなにも。ただの偶然っスよ」
「ええ〜……本当に?」
「……まあ、強いて言うなら。彼がアナタの担任になったから“何も口出しはしなかった”ってだけっスかね」
「……?」
「だって、ホラ。アナタの過去とか詮索されたら色々面倒じゃないっスか。その辺が上手く誤魔化せて融通が利く人じゃないと困るなァ〜〜とは思ってたっスね」
「あぁ、なるほど。……お手数、おかけしてます……」
「いいんスよォ。技術開発局はみんなそういう人たちばっかりですし。それでも仲間にしたいと決めたのはボクですから」
霊術院から寮までの長くも短くもない道のりを、二人で他愛もない会話をしながら歩いていく。道端には色とりどりの花が咲いていて、春の訪れがすぐそこまで迫っていることを教えてくれていた。
「いやァ、それにしても」
「はい?」
「朝緋サン、周りに頼れるようになったんスね」
「え?」
「『周囲の人に恵まれた』なんて言葉、前のアナタなら使わなかったでしょ」
「……」
「支えられて、助けられて、救われたって。そう思えるなら、もう十分人に頼れたってことになるんじゃないっスか?」
「……」
「ボクはそう思いますけどね」
……あぁ、なるほど。
「はあ。なんかもう、戦いなんて無くなっちゃえばいいですよね」
「は、はい?」
「世界が平和になって、虚も魂魄も穏やかに暮らせて、護廷十三隊も必要ないくらい平和になっちゃえばいいのに」
「ど、どうしたんスかいきなり」
「忘れないで下さいね。十二番隊の仲間たちは、浦原隊長のことが大好きだってこと」
「!」
「あなたは護廷十三隊の中で一番『仲間に恵まれた』隊長だってこと。絶対、忘れないで下さいよ」
「…………はは。そりゃあ……光栄、っスね」
弱さも、迷いも、恐れも。誰にも見せることが出来ないこの人を、慕っている仲間たちは大勢いる。天才だって本当はただの人であると、誰よりもあなたを愛してる私がいる。そんな私がこれから部下に加わるのだから、あなたは間違いなく護廷十三隊で一番仲間に恵まれた隊長だ。あなたが「周囲の人に恵まれた」と言えなくても、私がそれを証明してみせる。自分から寄りかかることが出来ないこの人を、私が十二番隊のみんなを引き連れて支えるんだ。だから、どうか――
「次、またそういう顔したらぶっ飛ばしますからね」
「え、……ボク、どんな顔してました?」
「“自分なんてどうなってもいい”って顔」
「……」
「自分を大切に出来るのは自分しかいない、って。あの時私に言いたかったのって、そういうことだったんじゃないんですか?」
「……ええ。そう、だったかもしれないです」
「なら、あなたも大切にして下さいね。自分のこと」
「……」
「約束ですよ」
あなたと私を繋ぎ止めるのにこの言葉を使うのは、不釣り合いだと分かっている。それなのにこの四文字を使ってしまう私は、卑怯な女なのかもしれない。胸の奥にじんわりと苦いものが広がっていく。それでも、自分の心を犠牲にし続けてしまうこの人を少しでも救えるなら。私はどれだけ卑怯になったっていい。この世界一の悪女になったっていい。――だからどうか、もう二度と「自分なんてどうなってもいい」なんて顔、私の前でしないで欲しい。
「……じゃあ、ボクも朝緋サンがそういう顔してたら、ぶっ飛ばしてもいいんスよね」
「ええ!? ま、まぁ……そりゃそうなるか。仕方ない、いいですよ」
「そんな怖がらなくても大丈夫っスよォ。拳か掌、どっちがいいかくらいは選ばせてあげますから」
「うわ、どうしよう! その日が私の死神としての最後になりそう!」
「ふ、はは! 冗談っスよ、冗談。女の子に手なんか上げないっスよ」
「私はもう女の子とは呼べない生き物だと思いますけど」
「何言ってんスか。朝緋サンは女の子でしょ」
「……」
「はは。まぁでも、今の朝緋サンにぶっ飛ばされたらボクでもただじゃ済まなそうだなぁ」
「……誰が怪力だコラ」
「お互いに頬が腫れ上がらないように、用心しましょうね」
「……はい」
それでもまだ、咲きかけの桜を背負って少し寂しそうに笑うこの人を。私はこの先も、ずっと、ただの部下でいいから支えていきたい。もう無力な翡葉朝緋には戻りたくない。この人を裏切ってでも、命だけは必ず守るという覚悟を百余年貫いていく日々が――もう、始まっているのだから。
「いつの日か、君に花を」 第三章[完]
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