夢は青薔薇と共に眠る




「え!? わ、私が十七席……ですか?」
「ハイ。何か困ることでもあります?」
「ありますよ。ありまくりですよ。何かの間違いですよね? 私が席官になるなんて。ありえない!」
「何も間違いじゃないですしありえてますよ。ホラこれ、委任状」


 入隊早々に隊首室(だった部屋)へ呼び出され、一体なにを言われるのかと思えば。大きな机を挟み、立派な肘置きのある椅子に座って頬杖をついた彼は、片手でその委任状とやらを摘んでヒラヒラと私へ見せびらかしてくる。……そこには確かに、私の名前が刻まれているのが見える。見えるけども!
 ――ないない。ありえない。新卒でいきなり役職任されるなんてどんだけ杜撰な職場なんだ。こんな新人のぺーぺーに席官なんて務まるわけがないでしょう。何言ってんだこの人は、どうかしちゃったの?


「諦めや、朝緋。コイツ元々、オマエの意思なんか聞くつもり無いで」
「なるほどこれが隊長命令か……権力社会恐るべし……」
「人聞き悪いっスねぇ、こうしてきちんと話の場を設けてるじゃないっスか」
「話の場? 隊長命令を下す場じゃなくて?」
「……なんか朝緋サン、段々ボクの扱いが雑になってません?」
「気のせいじゃないですかね」
「気のせいじゃないと思うけどな……」
「で? どうして私が十七席なんて身に余る立場を任せられる事になったんですか? 誰がどう考えたってその辞令はおかしいと思いますけど。ねえ、ひよ里さん」
「いや別にウチはなんも間違ってへんと思うで」
「んええ……?」


 散らかった室内。隊首室として用意されていたこの部屋は、大きな機材や実験装置が並べられ、今となっては彼の個人研究室と化している。(技局にも似たような部屋がいくつもあるのに)
 来客向けに置かれている質素な椅子へ、ひよ里さんはドカッと腰掛けて腕を組み、口をへの字に曲げてツーンとしている。「朝緋の説得はオマエがやれ」とでも言いたげに、我関せずという顔で彼を威圧していた。……なるほど。彼女はどうやら私の味方ではないらしい。


「そうっスねえ。まずはその“私が十七席なんて身に余る”という認識がもう間違ってるんスけど、」
「そうかなぁ」
「――卒業試験の時。朝緋サンの始解状態での霊圧は、少なく見積っても七等から六等霊威でした。霊圧だけで言ったら上位席官相当なんですよ。十七席じゃむしろ、評価が低すぎるくらいだ」
「え、ええ〜……?」
「アナタを上位ではなく下位席官に留めたのは『経験がないから』。ただそれだけです。始解が出来て霊圧も高いアナタをただの一般隊士にしておいたら、それはボクの評価が間違ってることになる」
「……ずるい言い方だなぁ」
「スイマセン。隊士の実力をきちんと評価するのが隊長の仕事なもんで」


 そうは言うものの、彼は大して悪びれる様子もなく。机に置かれた委任状をくるりとこちらへ向けて、机上を滑らせるようにすっと私へ差し出した。……これ以上聞いても、私が納得するまでは答えてくれないんだろう。頬杖を辞め、少しだけ背を伸ばしてこちらを見る灰緑の瞳が、話は仕舞いだと言っている。
 ……これが覆すことの出来ない決定事項であるというのは、私だってもう、頭では分かっているんだけど。喉に刺さった魚の小骨のように、私の頭から消えない思いがひとつだけ残っていて。委任状を受け取るために伸ばした手は、鉛のようにずっしりと重たかった。


「『技術開発なんて肌に合わない!』言うてごっそり席官たちが抜けてしもてなァ〜。それやのにどっかの誰かさんはロクに人員補充もせえへんから、人手が足りなくてしゃーないねん。頼んだで、朝緋」
「あはは……スイマセン。早く新しい人見つけなきゃな〜とは思ってるんスけど」
「……ああ、なるほど。どうりで見知った顔が少ないなぁと思ったら。もう十二番隊には居らっしゃらないんですね、残念だなぁ」


 ――原作に描かれていない部分は、知りようもないけれど。私が十七席に就いたら、本来この場所に居たはずの人はどうなるのだろう。それは正史を破綻させかねない小さな綻びになってしまわないだろうか。……それだけが唯一、飲み下せない懸念材料だった。



 ***



「…………はあぁ、」


 逃げるように駆け込んだ給湯室で、これから行われるという歓迎会を兼ねた花見のために大量のお湯を沸かす。私が霊術院へ通っていた二年で技術革新でも起きたのか、給湯室には私の見慣れたガスコンロに近い設備が置かれていた。……さすがは技術開発局。ひょっとしたら現世よりも文明が進んでるんじゃないだろうか。
 ――だが。それもこれも、あの天才が率いる科学者たちのたゆまぬ努力の結果なのである。私がそこへ名を連ねるのは、やっぱりどうしても、気が引ける。私は意地っ張りで負けず嫌いの癖に、自分に関しては全く自信が持てない卑屈な女だ。ただでさえ、私の実力は席官には及ばないと思っているのに。そこへ部外者というどうにもならない立場が上乗せされ、私の卑屈な考えに拍車をかけていた。……どう考えたって、私は十七席へ就くべきじゃない。この世界にいる誰かの居場所を奪うようなことは、極力避けたい。歴史には正しい道を歩んでほしいのに。……中途半端に力を手にしてしまったが為に、必要以上に組織へ介入せざるを得ない状況になってしまうとは。完全に予想外である。


「――でっかいため息やなァ。一生分の幸せでも逃がすつもりかいな」
「……私の一生分の幸せをなんだと思ってるんですか。こんなため息ひとつで出ていくわけないでしょう。私の幸せの大きさを勝手に決めつけないで下さい」
「……なんや、霊術院入ってから妙によそよそしくなったと思ったら。俺への毒舌は変わっとらんやんけ」
「それはあなたが周囲の目があるのに立場の差も考えずに話しかけてくるからでしょう。そんなところに安心してどうするんですか。ああ、どうかしてる側の人でしたね、すいません」
「おま、……お前なァ。人が心配して追いかけてきてやったっちゅうのに、ヒドい女やわ」
「その酷い女をわざわざ追いかけてきて何の御用ですか、平子隊長」
「……真子のままでええわ、アホ」


 頭上から降りかかる、間延びした声。すっと隣を見上げれば、給湯室のドア枠に片肘をついてこちらを見下ろす怪訝な瞳が、さらりと垂れ下がった金髪の隙間から覗いていた。……追いかけてきたというくせに、完全に霊圧を消していたのは一体何の為なんだ。急に話しかけたら私が驚くとまだ思っているなら、ぜひとも一発殴らせてほしいのだけど。


「その様子じゃ、おめでとさん、とは……言わん方がええか」
「別に。いいんじゃないですか、昇格は本来めでたいことなんでしょうし。ていうかそれより、なんでその話知ってるんですか」
「お前らがでっかい声でしゃべっとるから俺がおったトコまで筒抜けやっただけや」
「それを盗み聞きっていうんじゃないですかね」
「知るか! 俺は用があってココにおっただけや、なんも悪ないわボケ」
「……」
「……」
「…………はぁ。どうせ私の事アホだなーとか思ってるんでしょう」
「席官なんて、なろうと思ってなれるもんちゃうからな」
「……そうですね」
「才能か実力、どっちか持っとらんと届かへんもんを、アイツはお前に見出しとるっちゅうことやのに。なんで喜ばへんの」
「嬉しくないからですよ。他人の命を背負うかもしれない立場を任されて、なんで喜べるんですか」
「……」
「怖くないんですか、あなたは。――五番隊全員の命を背負って、一番前で立つことが」


 ああ、まずい。つい口が滑って余計なことを言ってしまった。……だが、ハッとした時にはもう遅くて。
 しん、と静まり返った給湯室。お湯の沸き立つ音と、花見の準備で浮かれている誰かの声が、遠くから微かに聞こえていた。


「怖ないで」
「……」
「五番隊の仲間の命、みんな背負って立つんは俺にしか出来ひんことやからな」
「……」
「――それを俺以外の誰かに背負わせる方が、俺は怖い」
「…………責任感、使命感、罪悪感」
「どれでもないわ、ボケ」
「……」
「せやけど、朝緋のその気持ちは別になんも間違うてへんと思うで、俺は」
「……気休めならいらないですよ」
「怖いやろ。誰かの命を任されるんも、自分の命を預けるんも」
「……」
「覚悟を持たれへん自分とよお向き合うとるっちゅうことやん。今はそれでええと思うけどな」
「さあ、どうなんでしょう」
「……たぶん、喜助もおんなし事言うと思うで」


 ――ぽん、ぽん。
 真子さんの手が、私の頭を軽く撫でていく。まるで子供をあやすようなその仕草に、頭上へ置かれた彼の手を問答無用で掴んでサッと頭の上から降ろした。……私はガキか。


「……はぁ、」
「なんや」
「…………難しいですね。剣を握らなければ守れないのに、剣を握ったままじゃ抱きしめられない」
「……なんやそれ」
「私は弱いから。守りたいものを守ろうとすればするほど、遠くに行ってしまって、その距離を思い知るだけなんです。人生ままならないことばっかりですよ。こんな人生が人間の頃よりうんと長く続くんだから、嫌んなっちゃうな、あはは」
「……」
「……私もあなたみたいに、強かったらよかったのに」
「……」
「って、新人隊士が何言ってんだって話ですよねー。忘れて下さい」


 どうにもならないことに八つ当たりをしてしまう自分の未熟さが恥ずかしくなって、バッと真子さんから顔を背けた。気まずさを誤魔化すために、湯気の立つやかんを火から下ろして、保温ポッドへお湯を注いで移していく。火傷をしないように、慎重にやかんの注ぎ口を保温ポッドのフチへ合わせたところで――なんとも機嫌の悪そうな不貞腐れた声が聞こえた。


「はっ、妬けるなァ」
「はい?」
「羨ましいわ。そんだけお前に愛されとるアイツが」
「……別に今、浦原隊長の話なんてしてないんですけど」
「お前の顔見てたら分かる」
「……」
「こないに一途な女、中々おらへんよ」
「……ただ執念深いだけですよ」
「……ハァ。しゃーから俺が、お前を守ってやりたかってんけどなァ」
「……自分の身くらい自分で守れますけど」
「アホ。お前のそれは『限界まで走る』言うてんのとおんなしや。……ったく、そーゆーとこやぞ、ほんま」
「はあ? さっきから全く趣旨が見えないんですけど。日本語喋ってもらっていいですか?」
「お前が俺んトコ来とったら、そないな顔してそんなこと言わんかったやろ、言うてんねん」
「……」
「自分の命を背負わせたないなんて、俺には思わんもんなぁ……お前は」
「……!」
「……昔な、朝緋を五番隊に入れたいって喜助に言うた事あるんやけど。断られてん」
「え、」
「約束、ちゃんと守ってもらえて良かったやん」
「なんで、それ、」
「しゃーから頑張りや。アイツの部下になるんは、お前やって望んでたことなんやろ? 十二番隊の仲間の命、一緒に背負ったり」
「……」
「……ま、可愛い可愛い朝緋チャンなら? いつでも五番隊は大歓迎ですけどォ?」
「すいません。五番隊だけはぜっっったいに嫌です」
「……そこは嘘でもありがとうて言うとくトコやろ。お前はほんまに可愛げのない女やな!!」ギュッ
「い、いひゃい!!」


 げんなりした顔の真子さんに急に頬を抓られ、刺すような痛みが駆け抜ける。な、なにすんだ……! キッと真子さんを睨みつけて仕返しをしようとするも、簡単に手をはねのけられてしまう。なんとか必死に彼へ手を伸ばして抓ってやろうと狙ってみるも、そんな私を馬鹿にしたような顔を向けられるだけで、ちっとも届かない。そうしているうちに、遠くから誰かが私を探している声が聞こえてきて。「ほな、邪魔したわ。またな」と勝ち誇った笑みを浮かべて、真子さんは給湯室から出て行ってしまった。


「……励ますのか馬鹿にするのか、どっちなんだよ、もう」



- 99 -


戻る  |  次へ


表紙

TOP