夢は青薔薇と共に眠る
花見の準備の諸々を終え、会場となる中庭へ向かおうとしたところで。ちょうど隊舎から出てきた彼と鉢合った。「あら、浦原隊長。お疲れ様です」「朝緋サンも、準備お疲れ様っス」と挨拶を交わしてから、自然な流れで一緒に中庭へ向かうことになり――そして、冒頭へと戻る。
「堅苦しいのは苦手っスか?」
「いえ、そういうわけじゃないんですけど。なんかすごくゾワゾワしたので」
「はは。ま、慣れないうちはそうっスよねぇ」
「浦原隊長もそういうのあったんですか?」
「そりゃそうっスよ。隊長の自覚はあっても、実際に呼ばれると気恥ずかしいというか、照れくさいというか……よく反応するのが遅れてみんなを困らせちゃいました」
「あー……なんかすごい簡単にその光景が目に浮かぶな……」
「……まぁ、ボクがアナタを席次で呼ぶことなんてほとんどないと思いますけど。うちの十七席は朝緋サンなんですから、きちんと返事して下さいよ?」
「あはは。……まあ、心がけておきます」
言外に含まれているのは、まさに“無言の圧”。……いつだったか、頑固な私を思惑通りに乗せられる輪堂先生を流石だとか言っていたが、本人も大概だろう。私の不安を見抜きながら、逃げ道は無いと塞ぐ代わりに、進むべき道はこれだとはっきり示される。――こういうことをさらりとやってのけてしまうのだから、本当にずるいよなぁ、と思う。
「……あ、そうだ。朝緋サン」
「はい?」
「これ、返しておきますね」
中庭へと続く道、ここにも桜の木が植えられていて、見事な桜並木が続いているのだけど。その下を歩きながら話していると、彼がおもむろに白衣のポケットから何かを取り出して私へ差し出してきた。
「あれ。これって……」
「朝緋サンが前に使ってた部屋の鍵っス。あの部屋は他に用途もないですし、好きに使っちゃって下さい」
「え、ええ……でも、」
「きっと頑張り屋さんな朝緋サンなら、これからかなり忙しくなるでしょうから。仮眠部屋にちょうどいいんじゃないっスかね。技局もすぐそこですし」
「……な、なるほど」
そういって、懐かしい部屋の鍵が私の手のひらへ収まる。雑用係をしていた頃に使っていた、技局に併設されている宿舎のひと部屋。霊術院へ入学する際に二度と戻らないつもりで片づけてしまったのだが……まさかまた、この鍵を受け取る日が来るとは。
「それで。ついでと言っちゃあなんですが……宿舎の管理もお任せしちゃっていいっスか?」
「……そっちが本命だったんでしょ」
「いやァ、スイマセン。人手が足りなくてそこまで手が届いてないもんで」
「預かり物を返したていでちゃっかり面倒な管理も押し付けられてラッキー! って、顔に書いてありますよ」
「え。やだなァ、どこに書いてあります?」
「鏡でも見てくればいいんじゃないですかね」
「……やっぱり朝緋サン、ボクの扱い雑になってません?」
「さあ。気のせいじゃないですか?」
――二年前の花見と違って、桜は五分咲きではなく満開だし、曇り空ではなく晴天だ。なんともお誂え向きな、絶好の花見日和。そのせいなのか、はたまた、昼間から酒が飲めるからなのか。周囲にいる隊士たちはみな一様に浮かれている様子だった。
自分の居場所が分からなくなって、身に余る立場を与えられて。懸念を抱えたまま浮かない顔をしているのは――……私だけだ。
***
「朝緋さんって強くて美人だしモテるでしょ。恋人とかいないの?」
「いやいや。モテたことなんて人生で一度もないですよ。恋人なんていませーん」
「ええ〜? じゃあ好きな人は?」
つつがなく始まった花見はあっという間に時間が過ぎて、非番組の中には酔い潰れた人たちがチラホラ。さらには暖かな日差しも相まって、日頃から寝不足気味の局員たちの何人かは、気持ちよさそうに夢の中へ旅立っているようだった。その一方で、私は介抱されている彼らの様子を横目で見ながら、勤務組の女の子たち数人と集まって雑談に興じている。……女子が集まってする話と言えば、もっぱら恋バナしかないのだけど。
「いるけど……それ聞いてどうするの?」
「そうだよねーいないよね……え、いるの!?」
「うん。いるよ」
「え、誰だれ!? どんな人!?」
「いや教えないけどね。絶対に言わないけどね」
「え〜、少しくらいいいじゃん〜。何してる人なの?」
「さあ〜。どんな人でしょうねえ」
「ちぇ、つまんないの」
「つまんなくて結構。秘密でーす」
「じゃあどうして秘密なの? 誰にも言えないような恋なの?」
「誰にも言えない恋って何!? ……いや、まぁ確かにあながちそれも間違いではないか……」
「ええ!? なに!? どんな恋なの!?」
「興味津々すぎるって。ただの片想いだよ。まぁ、絶対叶わないから告白するつもりもないし、この恋と心中するって決めてるけど」
「うええ〜〜!? なにそれ! なんかちょっとかっこいいけど……でもそれじゃあ寂しいじゃん!」
「いいんだよ別に。私が勝手に好きになっただけだし、振り向いてほしいとも思ってないし」
「へぇ……朝緋さんって豪胆に見えて意外と健気なんだねぇ」
「ご、豪胆って……」
「でも、そんな一途に好きでいてくれるなら、相手も朝緋さんのこと好きになってくれそうなのに。ダメなの?」
「あはは。ないない。地球がひっくり返ってもそれだけはあり得ないね」
ケラケラと笑って、すっかりぬるくなったお茶をぐいっと飲み干した。
……叶わない片想いを根掘り葉掘り聞かれたって、案外胸は痛まなかった。人はそれを諦観と呼ぶのかもしれないけど、私の中では片想い=不幸ではないから。私の恋をひたすら「そんなの寂しいよ」と同情してくれる女の子へ、「私はその人を好きでいられるだけで十分幸せだから平気だよ」と言ってニッコリ笑って見せた。……異世界トリップして好きな人と関われるようになったことを幸せと呼ぶのは、あまりにも楽観的すぎるかもしれないけど。どうせ元の世界には帰れないんだからそれくらいは許して欲しい。
――すると。私たちの話を聞いていたのか、向かいに座っているもう一人の女の子が「……もしかして」と、小さな声で訪ねてきた。
「……もしかして朝緋さんって、その人のために死神になったの?」
「ええ!? そうなの!?」
「『恋に生きてる』って目してるから。そうなのかなーって思って」
「で、どうなんですか朝緋さん」
「……まあ、半分正解、ってところかな。でも別にそれだけじゃないよ」
私がそう答えると、二人は小さく「きゃー!」と声を上げて、互いに興奮を分かち合うように手を握って盛り上がり始めた。理由はそれだけじゃない、と言っているのに。半分は肯定してしまったからなのか「朝緋さんなら絶対落とせるよね」「私たちで応援しよう」と息巻いて、なにやら作戦会議をするとか言って二人で肩を寄せ合っていた。
……そんな二人の話をぼんやりと聞きながら。手持ち無沙汰になって、先ほど彼から手渡された部屋の鍵を懐から取り出した。丸いカラビナ部分を摘まんで青空へ掲げて、じっと鍵を見つめる。……そこには新しく木札のようなストラップがつけられていて。――『朝緋さんの部屋』と、彼の字で書き込まれていた。
「(……無くさないようにしてくれてたのかな、)」
――部外者でも、裏切り者でも、永遠に叶わない片想いでも。
私は、あなたの生きているこの世界で生きていきたいよ。
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