諦めの悪い雑草たち
――北流魂街十五地区。ザッザッと踏みしめる大地が草むらから森へと変わり、もう何時間歩いただろう。天高く生い茂る木々たちが日差しを遮り、時折肌を撫でるそよ風は少しだけ冷たく、人気の感じないこの森をより一層淋しくさせる。どこかを流れる小川のせせらぎや小鳥たちのさえずりに耳を傾けながら、代り映えしない景色に何度目かのため息をついた。
「……で、そろそろ教えてくれてもいいんじゃないですかね。浦原隊長」
「え? 何がっスか?」
「何って、私たちがいまどこに向かっているのかと、これから何をするのかですよ!!」
「……アレ、言ってませんでしたっけ」
「言ってません!? なぁんにも聞いてません!?」
彼は私の反応に驚いたように目を丸めているが、驚きたいのは私の方である。こちとら「明日から数日間、ボクと一緒にとある事件の現地調査へ行きませんか?」なんて、言葉こそ緩いものの
歴としたその命令を“前日の夜”に引き受けて、数時間後には出発することになったんだぞ。おかげで今の今まで詳細を知らないまま、いつ話してくれるんだろうと待ちながらここまで着いてきたのに。それをまさかただ伝え忘れていただけとでも言うんだろうか、この人は……。
「いやァ、今日の朝緋サンはいつもより気合が入ってるなァ〜〜と思ってたんで。まさか任務の内容を知らないままだったとは」
「そりゃ何するのか分からないんだから気合を出すしかないでしょうよ」
「はは。脳筋だなぁ、相変わらず」
「……秘密主義な上に人を試して遊ぶ上司がいるんですもん。仕方ないじゃないですか」
「へぇ、そんな人がいるんスねぇ」
「ええ。まるであなたにそっくりだ」
そう言ってじっと顔を見つめれば、彼は“やれやれ”と肩を竦めた。……やれやれ、って。こっちがやれやれなんですけど。
「……遊ばれてるって思いながら、何も知らずにここまで着いてきたんスか?」
「だって、あなたに“護廷の中で一番『仲間に恵まれた』隊長だ”って言ったのは私ですし。自分の発言には自分で責任持たないと」
「……ふっ、(相変わらず素直じゃないなぁ)」
「は、はあ? 何笑ってんすか、今のは皮肉で言ったんですけど」
「ええ。分かってますよォ。……でも、今回は遊んでたんじゃなくてホントに忘れてただけっス」
「ああそうですかい。じゃあどうぞ、今から説明して下さい」
結局忘れてたんかい! ――というのは心の中でだけ突っ込んで。鬱蒼とした森の中、カランコロンと軽やかな足音を響かせながら、彼は少しだけ声のトーンを落としていつもの凛々しい声で詳細を語ってくれた。
「今回の目的は、流魂街で流行している伝染病の調査っス」
「……伝染病?」
「ええ。それも、一度発症したら最後! 致死率100%の怖ぁ〜い病気っス」
「えっ」
「ああ、安心してください。死神ほどの霊力があればたとえ感染しても死にはしませんから」
「そ、そう……ですか」
「ただ、感染の元となる病原菌が変異してしまえばボク達にも害がないとは言い切れないんで。そうならないために、調査を進めて治療薬を開発して、流行を止めるのが目標っスね」
「……なるほど。でも、そういう病気とかなら私たちよりも四番隊の方が専門なんじゃ……?」
「そうっスねぇ。でも、『致死率100%の未知の病』なんて危ないもの、四番隊には任せられないでしょ? もし万が一にでも彼らが感染して、死にはしなくともバタバタ倒れられちゃったら、護廷としては致命的。――きっと、
四十六室もそう考えてるんでしょう」
「……それ、私たちなら倒れてもいいって……技術開発局は取るに足らないって言われてるようなもんじゃないですか」
「まぁ十中八九そういうコトでしょうね」
「虫のいい話だなぁ。浦原隊長はそれでいいんですか?」
「もちろん、よくは思ってないっスよ。でも、こればっかりは仕方ない。ボクら技術開発局は、何千年もの歴史を持つ尸魂界の中じゃ無名も同然の組織っスから。『結果』を出し続けなきゃ、価値を認められないのは当然でしょう」
「……」
「多少の安請け合いは承知の上っス。まァ、それに皆サンを巻き込むのはちょっぴり気が引けますけど」
――彼はそう言って、気まずさを誤魔化すようにいつもの困った笑みを浮かべた。
……きっと、私が知らないだけで。技術開発局の“創設者”は様々な苦労を抱えていたんだろう。言っちゃ悪いが、尸魂界はお偉い貴族共の意向で全てが決まるクソみたいな世界だから。それを、
貴族共の意志で脱退した死神達を“特別檻理”していた彼はよくよく知っているはずだ。そんな世界で、技術開発局が十二番隊の傘下に加わり、
貴族共の好きなようにされずに済んでいるのは――ひとえにこの“創設者”がその土台を築いたからなんじゃないだろうか。その努力と苦労は……きっと計り知れないものだろう。――彼はそれを、「ボクがやりたくてやったことっスから」と、笑って背負ってしまうんだろうけど。
「まぁ、そういう訳で。ボク達は今、感染者を抱えてひっ迫している診療所に向かってるところっス」
「へぇ。流魂街にも診療所とかあるんですね」
「治安が良いところだけっスけどね」
「……ていうか、そんな危ないものの調査に、私は何も知らないまま行こうとしてたのか……」
「いやァ、スイマセン。事前に調べることが多くて忙しくて」
「……はいはい。次からそういう時は、誰かに手伝ってもらって下さいね〜」
彼が言っていた「面白そうな案件」とはこれのことだったんだろう。何が面白そうなのか私には分からないけれど……彼が直前まで色々準備していたんだろうことは、後ろで大荷物を運ばされている数人の部下たちの様子を見れば分かる。
――“多少の安請け合い”で目の下にそんなクマを作るのは、合理的主義のあなたらしくないよ。きっとそんなこと言ったって、笑って誤魔化されるだけなんだろうなあ。
***
「ごめんくださ〜い……」
キィィ、と蝶番の軋む音が殺伐とした村の中に響く。森を抜けて辿りついたのは、古びた家屋が並ぶ静かな村だった。住人の姿はまばらに見かけたものの、活気溢れているとはとても言い難い。ぞろぞろと歩く
死神を見て、怯えた表情を浮かべる者、じっと観察する者。または好奇心に満ちた輝いた眼を向ける者、住人たちの反応は三者三様で、拒絶こそされていないが歓迎もされていない、といった雰囲気だった。
診療所に辿り着いた私たちを出迎えてくれたのは、腰の曲がった白髪の老爺。どうやらこの頼りなさそうな老爺が、診療所の院長でありこの村の長でもあるらしい。互いに軽く自己紹介を済ませたところで、さっそく今回の件について詳しく話をしようと奥の部屋へと案内される。――すると、彼は一緒についてきた部下たちには荷解きをするよう伝えて、私には一瞬目を合わせただけでスタスタと先へ行ってしまった。……え、わ、私はどうすれば?
「(ど、どうしよう)」
「……おいで、十七席」
顔だけ軽く振り返った彼が、いつもより少し低い声で、小さく笑ってそう呼んだ。……そんな、“ボクについてくるのは当然でしょう”みたいな顔をされましても。――ああ、さっきのはそういう意味のアイコンタクトだったってこと? ……分かりづらいな。
「こんな山奥の村まで、ようこそおいで下さいました。……大変だったでしょう」
「いえ。のどかで落ち着いてて、いいトコロじゃないっスか」
そうして案内されたのは、少しだけ埃っぽい書斎のような部屋だった。挨拶がてらに交わされる彼らの世間話に軽く耳を傾けながら、室内を見回す。本棚にはびっしりと分厚い医学書が並んでいて、作業机の上は散らかったまま。薬でも作っていたのか、ツンとする薬草独特の匂いが少しだけ室内に残っていた。――この人はこういうの、気にならないのかな。本とか道具とか興味ありそうなのに。そう思って隣に座る彼の顔を見上げれば……何かを見極めようとしているのだろう。存外にも真剣な眼をしていたものだから、思わずシャンと背筋が伸びた。
「患者の詳しい感染時期や容態の変化について、何か資料に残してありますか?」
「はい。……そうぞこちらに」
この場で話をしているのは老爺と彼の二人だけ。私はただ静かに、黙ってそれを聞いているだけなのだが……どうも、こうして彼の隣に控えるのはなんだか側近にでもなったようで妙にくすぐったい。ついさっきの露骨な席次呼びのせいで、嫌でも立場を意識せざるを得ないし。落ち着かない自分を誤魔化すように、膝の上に置かれた両手には指先まで力が入っていた。――自分で言うのもアレだが、今の私はさながら、借りてきた猫そのもの。“浦原喜助の部下という役”を精一杯こなすため、二人の会話を聞き漏らすわけにはいかないと意識を集中させた。
- 104 -
戻る | 次へ
表紙
TOP