諦めの悪い雑草たち
状況は思ったより深刻なものだった。致死率100%の病であるため、患者に対して手の施しようもなく……みんな、いずれ来る終わりをこの診療所でただ待っているだけなんだとか。せめて村全体に感染が広がらないように、患者たちをこの診療所で隔離するので精一杯。自分が感染するわけにもいかないからと、ろくに看病もしてやれない中、村人たちを毎日のように見送るのはさぞ心苦しいだろう。そう語る老爺の表情はすっかり疲れきっていて……とても見るに堪えなかった。
――これは早いところなんとかしなくちゃ。出来ることなら、今際の際に置かれている人たちを少しでも多く救いたい。そんな重苦しい緊張感が漂い始めた時だった。
――バタン!!
「じっちゃん! もうお話終わった!?」
「!」
「ねえねえおじいちゃん! 見て見て! お薬になる葉っぱ、いーっぱい見つけたよ!!」
「ああ、こらこら。ちょっと、まだ話は終わってないよ……」
突如として部屋に駆け込んできたのは、四〜五人の子供たち。皆一様に室内へと飛び込んできて、老爺の元へ一目散に駆け寄って行った。慌てて注意する老爺の言葉なんて一切聞こえておらず、わーきゃーと騒ぎ立ててはしゃいでいる。……きっと村の子供たちなんだろう。重苦しく寂れた空気の漂っていたこの空間に、突如嵐のようになだれ込んで来た子供たち。私と彼はただその様子を見守ることしか出来ず、互いに目を合わせてくすり、と微笑んだ。
「……良かった。元気な子供たちがまだいるみたいで」
「ええ。子供は風の子、なんてよく言いますもんね」
「はは、でも、大人は火の子なんて言ってる場合じゃ――」
「なぁなぁ! ねーちゃん、もしかして死神!?」
「え、あ、うん。そうだけど」
「すっげー! 本物の死神だー!!」
「あはは。そんな、私はどこにでもいる死神だよ」
「じゃあこれが『斬魄刀』ってやつ!? すげー! 初めて見た!!」
そう言って私の元まで駆け寄ってきた男の子が、あまりも無邪気にキラキラとした目を向けてくるものだから。ほんの一瞬、その気迫に押されてたじろいでしまった。そして――
「あ、こら。それは危ないから触っちゃダメ――」
「なんだよ、いいじゃん少しぐらい!!」ヒョイッ
「え、ちょ、ちょっと!! ダメ! 返して!!」
「ヤなこった!!」
「ええ!? だ、ダメダメ!! 返しなさい!!」
「フン、返してほしけりゃオレたちと遊んでからな! そしたら考えてやるよ、じゃーな!!」
「な!? ちょ、こんの、待ちやがれくそガキ!!」
まずい、油断した、最悪だ!! まさか子供に斬魄刀を盗まれるなんて超予想外なんですけど!! 慌てて追いかける前に、冷や汗ダラダラでぎこちなく彼の方を振り返れば……ものすごい笑顔で「いってらっしゃい、朝緋サン」と見送られてしまった。――ぜ、絶対に戻ったら皮肉120%でネチネチ言われるやつだアレ……!!
「こら、待ちなさい!」
「イヤだね!!」
「っ、もう! 待てって言ってるでしょ!」
「イヤだっつってんだろ!」
「いいから待ちなさい!!」グイッ
「うぐっ、」
するすると狭い場所を通り抜けて逃げていく子供へ、いよいよ本気を出して勢いよく前に踏み込み、男の子の襟首をぐっ、と掴む。反動で首元が絞まってえずく様子に今は見て見ぬふりをして、ぐるりと回りこんで男の子と目の高さを合わせるようにしゃがみこんだ。
「あのね、それはお姉さんのすごくすごーく大切なものなの。分かる?」
「……知らない」
「じゃあ今言ったから知りなさい。死神にとって斬魄刀は自分の命と同じくらい大切なの。だから返して」
「……ヤだね」
「……もう、どうしてそんなに斬魄刀にこだわるの。相手が大切にしているものはとっちゃいけないって、お母さんに教えてもらったでしょ?」
「……居ない」
「え?」
「母ちゃんはもう居ない。死んだよ」
「……」
「あそこにいたやつら、みんなそうだ。親は流行り病で死んだか、もうすぐ死んじまうやつら。親なんてもういない」
「(き、……き、気まず……!!)」
男の子からのまさかのカミングアウトに、さすがの私も何も言えなくなってしまった。……そうか、あの場にいた子供たちは、みんな――……
「……だから何?」
「え、」
「親が居ないから何よ。オレたちは可哀想だろって、何しても許されるって言いたいわけ?」
「なっ……!」
「ふざけるなばっかもん! 男がそんな情けないことするんじゃあない!」ポカッ
「いだっ……!」
「親がいないなら尚更、あんたはもう一人でビシッと生きてかなきゃいけないの。人を困らせたり悲しませるような迷惑はかけちゃダメなの。こんなの、私じゃなくたってあんたの母ちゃんだっておんなじこと言うぞ」
「……っ」
「……そんなことしなくたって、遊んであげるから。ほら、返して」
「!」
「……」
「……」
「…………なんか言うことあるでしょ」
「……ごめんなさい」
「はい、よく出来ました」
「っ、子共扱いすんな!!」
「はっ、ガキのくせに何言ってんの」
男の子がきちんと自分の意志で差し出した斬魄刀を、今度こそしっかり帯の隙間に差し込んだ。そして、一度だけそっと――ぎゅっと男の子を抱きしめてやる。……まったく、ガキがなんて顔してんだ。
「……言っておくけど、私は仕事しに来てるんだからね。遊ぶのは今日だけだよ!」
「んだよ、ケチくさいなー」
「文句を言うな、今日だけでも遊んでやることに感謝しろ」
「いいよ。明日は白い羽織のにーちゃんに遊んでもらうから」
「それは絶対無理だと思うけどな……」
「なんで?」
「……あのお兄さんは、ああ見えてもすごーく偉い死神なの。隊長さんなんだよ」
「それってどんくらいすごいの?」
「んー、そうだなぁ」
「……?」
「……この村の人たち、みーんなを一瞬で笑顔に出来ちゃうくらいすごい。かな!」
「なんだそれ」
「ふふ。まあ、きっともうすぐ分かるよ。私たちが帰る頃にはね」
「ふぅ〜ん?」
「……それで、何して遊びたいの?」
「えー、どうしよっかなー。じゃあ蹴鞠!」
「おお、いいよ。じゃあほら、他の子たちも呼んどいで」
「おう! 逃げんなよ!」
「……誰が逃げるか」
嬉しそうに診療所の方へ走っていく男の子の背を見ながら、こりゃ戻ったらタダじゃ済まないだろうなぁと苦笑いする。――すいません、浦原隊長。十七席はしばらく子守の任務が入ったので、あなたを手伝えそうにありません……。
***
昼下がりの暖かな室内。素材も情報も足りない中で、試しに動かした実験装置の駆動音すら突き抜けて、急に窓の外から子供たちのはしゃいだ声が聞こえてきた。今までとは異なる環境音に、ふと窓の外へ視線を向ける。――するとそこには、元気よく走り回って遊ぶ子供たちと、大人が一人。……待てど暮らせど戻ってこない部下の姿がそこにあった。
「(……何しに来たか分かってるんスかねぇ、あの子は)」
男児の数人と蹴鞠をしながら、器用に女児との人形遊びにも付き合っている。……母にしては若すぎるが、姉にしては歳が離れすぎている。しかし、子供たち相手に楽しそうに一緒に遊んでいる彼女の姿は、不思議とあまり違和感を感じなかった。様になっている、というのだろうか。妙な既視感を覚えた。――……ああ、そういえば。彼女はよく技局で阿近の面倒を見ていたな、と、既視感の正体を探り当てることに成功。なるほど、彼女は年下を相手するのが元から得意なのだろう。
そこで不意に、自分と同じように窓の外へ目を向けている老爺の姿が視界の端に映った。……それは微笑ましさというよりも、
「……気になりますか、子供たちが」
「……ええ。……あんなに楽しそうに笑ってる顔、久しぶりに見たもので」
懐かしさとやるせなさが込められたその言葉に、もう一度窓の外へ目を向けた。そこには変わらず、彼女と一緒に楽しそうにはしゃいで遊んでいる子供たちの姿がある。
「……あの子たちはみんな、家族がここへ入院しているんですよ。中にはもう、親を亡くしてしまった子もいる」
「……」
「子供なりに、空気を読んで状況も理解してるんでしょうね。寂しさを紛らわすように一緒に遊んじゃいるけど……家族や親を失う不安や恐怖は、隠し切れてない」
「あれくらいの年の頃なら、そんなものでしょう」
「……ええ。だから、」
「もう少し、ああして一緒に遊ばせてやってはくれませんかね」と、老爺は遠くを見つめるように目を細めた。
「それは別に構わないっスけど……何故それをボクに言うんスか?」
「おや。あなたはあの子の上官なのでしょう?」
「まあ、そうっスけど……別に、アレを咎めようだなんて思っちゃいないっスよ」
「そうですか。それはよかった」
老爺は心底安心したようにそっと微笑んで、元の読んでいた本へと視線を戻した。……なるほど。どうりで真面目で仕事熱心な彼女が中々戻ってこなかったわけだ。きっと、子供たちの事情についても何かしら感じ取っていて、ああして一緒に遊んでいるんだろう。心優しい彼女なら、身寄りを亡くした子供たちを放ってはおかないはずだ。あの男の子がボクではなく彼女に話しかけて近づいたのも、きっと。どことなく彼女のそういう雰囲気を感じ取って、構ってもらうためにわざと斬魄刀を持って行ったに違いない。元から大して咎めるつもりもなかったが……慌てて帰ってきて頭を下げる彼女の様子だけは、容易に思い浮かんだ。
「――それに。あなたがしきりに、あの子の帰りを気にしているように見えたものですから」
「!」
「あの子がいないと、何か出来ない作業があるんじゃないかと気になったのですよ。……ワタシでよければ手伝いますから、何なりとお申し付けください」
老爺は本へと視線を落としたまま、柔らかい声でそう告げた。
(……奔放な部下の勝手には、もう慣れたつもりだったんスけどねぇ)
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