諦めの悪い雑草たち
「ねぇねぇ。お姉ちゃんってさ、」
「ん?」
ゆったりと雲が流れる穏やかな午後。ポカポカと暖かいお日様が心地いい。虫取りをしに行くという男児たちを見送って、私はふかふかな芝生の上で女の子と二人、指人形で遊んでいた。様々な動物たちがモチーフになっているその指人形を森の大家族と見立てて、ああでもないこうでもないとごっこ遊びを楽しんでいた時。すっかり役になりきって楽しんでいた女の子が唐突に、その役を肩から下ろして、まっすぐと私の目を見て問い掛けてきた。それは狙っていたようなものじゃなくて、ごく自然と出た疑問。そんな感じで。……なんだろう?
「一緒に来たお兄ちゃんのこと、好きなの?」
「ブフッ!!」
……な、なんだって?
「ええと、ごめんね。よく聞こえなかったや。なんて言ったの?」
「だから、一緒に来たあの白い羽織のお兄ちゃんの事好きなの? って」
「ど、どどどどうしたの急に。な、なんでそんなこと聞くの?」
「だってお姉ちゃん、さっきからずっと診療所の方見てるから。好きな人の事は気になって目で追っちゃうんだって、お母さん言ってた」
「そ、そそそうなんだ」
「うん。それでずっと見てるのがお父さんに見つかっちゃったんだって」
子供特有のまっすぐな目で「お姉ちゃんは違うの?」と、母に聞いたらしい恋の始まりを確かめてくる女の子。――ただの、なんてことない素朴な問いかけ。純粋な好奇心を宿したその目は、早く答えが知りたいと揺れていた。
「……内緒に出来る?」
「うん」
「私はあのお兄さんがすごく好き。私にとって一番大切な人だよ」
「やっぱりそうなんだ!」
「うん。でもね、私と同じように、あのお兄さんにもすごく大切にしてる素敵な人いるの。だから、私のこの気持ちは秘密にしておかなくちゃいけないんだ」
「え〜、お姉ちゃんも素敵だよ? 笑った顔とか、すごく綺麗!」
「ふふ、ありがとう。だけど、その人の方がもっと綺麗で強くて、かっこよくて、ずっとずっと素敵な人なの。あのお兄さんが一番大切にしてるのはその人だから」
「でも、どうして?」
「ん?」
「どうしてお姉ちゃんが、好きを秘密にしないといけないの?」
こてん、と首を傾げて不思議そうな顔。
……無垢な問いかけ。それは当然の疑問のようでいて、私の生き方そのものを問いただされているようだった。
――どうして、か。さて、なんと言葉を返そう。そうして閉ざした瞼の裏に浮かぶのは……一緒にいるのが当たり前の、自然と隣に並ぶ二人の姿。互いをよく知り、阿吽の呼吸で通じ合っている二人の姿だった。
頁の中で見たものと、この両目で見たもの。そのどちらもがしっかりと脳裏にも心にも焼き付いている。
(……言えるわけがない、)
「君には好きな人とか、気になる人とか。今いないの?」
「……も、もっと遊びたいなって、思ってる人なら……」
「え〜、誰だれ? あの黒髪の子?」
「ちがう。あの茶髪の……いちばんうるさいやつ」
「ああ〜、あの生意気な子ね」
「うん。意地悪だけど……でも、たまに優しい。転んじゃって泣いても、すぐ助けに来てくれる」
「(くそガキのくせにやるじゃん)」
「……前にね、」
「うん?」
「お母さんが病気になっちゃって、もうずっと寝たままで……死んじゃうんだって思ったら、怖くて不安で、寂しくて。毎日泣いてたの」
「……うん」
「でも、そしたらあいつが……『これからもオレがずっと一緒に遊んでやるから、もう泣くな』って。毎日毎日、何回も遊びに誘ってくれるようになって、」
「……うん」
「お母さんが死んじゃうのは、やっぱり寂しいし怖いけど……あいつはもう、お母さんいないのにずっとうるさくて、元気だから……あたしもああなりたいなって」
「……そっか。偉いね」
「んーん。……でも、あいつ、最近意地悪ばっかで全然優しくないの。他の子が大事になっちゃったのかなぁ。よく分かんないや」
「……そっかぁ」
女の子はそう言って、手元の指人形を寂しそうに見つめていた。
「……じゃあもしも今、違う男の子から『好きです』って言われたら、どうする?」
「え、ええ? うーん……ど、どうって……わ、わかんないよ」
「……なら、その男の子と今までみたいに一緒に遊べる?」
「んー…………わかんない。難しいよ」
「あはは。そっかぁ、難しいか」
「……でも、好きって言われても、その子のことを一番大切にはしてあげられない。だから……どうしたらいいか、わかんない」
女の子は手元の指人形をいじくりながら、うーーん、と一生懸命に考えていた。
「……そうだよね。他の人に好きって言われても、一番大切な人は変わらない。だからどうしたらいいか分からなくて、困っちゃうよね、きっと」
「うん」
「……私は、そうやってあのお兄さんに困ったりしてほしくないの。私の、一番大切な人だからさ」
「……」
「お兄さんのことがすごく好きだからこそ、私の『好き』は秘密にしなくちゃいけないんだ」
「……つらくないの?」
「ぜーんぜん、平気だよ。私は大人だから、それくらい我慢しなくっちゃ」
「……」
「それに、私とあのお兄さんには『瀞霊廷を守る』っていう、すごくすごく大事なお仕事があるから。それどころじゃないっていうか」
「……大人って、大変なんだね」
「うん。でも、大人だから好きを秘密にしてても、幸せでいられるんじゃないかなぁ」
「……」
「だから、君は我慢なんてしなくていいんだよ。どうして意地悪するの、って。直接聞いちゃえ」
「……で、でも」
「だーいじょうぶ。お姉ちゃんが一緒に着いて行ってあげるから。もし君を傷つけるようなこと言ったら、私がガツンと言ってやる!」
そういって天高々に拳を作って掲げれば、女の子は不安な顔から一気にパァっと明るい笑顔を見せてくれた。任せなさい、私は恋する乙女の味方だから。……自分の恋が叶えられない私でも、目の前の女の子ひとり、幸せにしたっていいよね。
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