諦めの悪い雑草たち




「た、ただいま戻りました〜……」


 ガチャ、と恐る恐る書斎の扉を押し開ける。子供たちからやっと解放され、診療所に戻る頃にはもうすっかり日が暮れていた。こ、こんなに遅くなるはずでは……!
 立派な職務怠慢だ、クビとか言われたらどうしよう……! と、ドキドキしながら書斎へ足を踏み入れると――室内は真っ赤な夕日に照らされ、なんともノスタルジックな雰囲気。ポロライドに写し出された風景のようだった。しかし、室内にはそんな雰囲気とは無縁の、大型実験装置の重たい駆動音が響いていて。その傍らに、資料か何かを片手に様子を伺うように彼が立って居た。


「遅くなりました、すみません!」
「……おかえんなさい、朝緋サン」


 バッと頭を下げて、開口一番真っ先に謝罪を口にする。怒られる覚悟は決めて来た。でも出来ればクビにはなりたくない。自分勝手なことしてすいません、と精一杯の謝意が伝わるようにうんと頭を下へ落した。足袋を履いた両足はつま先をぴっちり揃えて、両手は体の脇にぴたりとくっつけて。指先まで真っ直ぐ伸ばして、誠心誠意の謝罪をする。
 ……しかし、返って来たのは予想していなかった反応で。


「……翡芲ひばな、無事に取り戻せたみたいっスね」
「へ。あ、ああ、はい」
「ダメっスよぉ〜、情を移されて油断なんかしちゃ。あの子が敵の手下だったらどうするんです?」
「う……は、はい。すいません……」
「次からは気を付けて下さいね。斬魄刀は本来、安易に他人へ触らせていいもんじゃないんスから」


 彼はそう言って私の元へ近づいてくると「ホラ、」と言って私の白衣を手渡してきた。まるで“説教はここまでだ”、とでも言うようなその態度に呆気に取られる。……へ、あ、あれ? それだけ? っていうか、なんで私の斬魄刀の名前知ってるんだろ。教えたっけ? 白衣を受け取ったまま茫然と立ち尽くしていると、私の困惑を更に加速させるように「どうしたんスか?」と、あっけらかんとした声が頭上から降ってくる。


「い、いや、その……もっと叱られるかと思っていたので」
「朝緋サン、ボクに叱られたいんスか?」
「い、いえいえ、そういう訳じゃなくて」
「……院長サンから子供たちの事情は聞いてます。どうしてアナタが中々帰ってこなかったのかも、それだけで十分察するに余りある」
「……」
「まぁ、いいんじゃないっスか? ボクならアナタみたいな選択はしないでしょうけど」
「……す、すいません」
「……目の前に困っている人が居たら、自分を顧みずに首を突っ込む。そういう人でしょ、アナタは」
「へ?」
「ボクがしない選択をすることが、必ずしも悪いことだとは思ってないって言ってるんスよ」
「……」
「まぁ、隊長としてはもう少し自分の立場とかは弁えてほしいっスけどねぇ」


 彼はそう言いながら、奥の文机の方をピッと指さして「ほら、朝緋サンにお願いしようと思ってた書類の整理がこ〜んなに溜まっちゃって!」と、ニヤニヤ楽しそうな笑みを浮かべた。彼に倣うように文机へ視線を移せば……こんもりと高く積み上がった紙の束たち。う、うげ……な、なんだその書類の山は……!


「い、一体どうしたらそんな量が溜まるんですか……」
「だぁって、元々ボクひとりで実験進める予定じゃなかったんスもん」
「う、」
「朝緋サンが実験結果まとめてくれないと次の検証も考えようがないし、かと言って進んでる実験の様子から目を離す訳にもいかないですし。仕方ないでしょ?」
「や、やります! やりますから!! そんなのちゃちゃっと終わらせますよ! 今すぐに!!」
「ええ。お願いしますよ、朝緋サン」


 両手で抱えたままだった白衣をバサッと広げて雑に上から被る。そうして歩きながら白衣を着て、私の目線の高さまで積み上がった書類に手を伸ばした。ふん、私が普段からどれだけ書類整理をしてると思ってるんだ。こんなの本気を出せば大したことないんだからな……!!


「ところで、進捗はどんな感じなんですか? 病原菌の解析はどれくらい進みました?」
「ああ、解析はもう終わってますよ。今は治療薬の主成分をどれにするか、色々試してるところっス」
「さ、さすが……ですね……仕事が早い……」
「まぁ解析は一人でも出来ますからね」
「……だ、だからすいませんでしたって、謝ってるじゃないですか……」
「――あ。そういえば、今夜は村の人たちが夕食を振舞ってくれるみたいっスよ。なんで、それまでにささっと終わらせちゃいましょ」
「へえ、そうなんですね! ……って、夕食ってもうすぐじゃないですか! 全然時間無いですよ!?」
「はは、そんな慌てなくたって大丈夫っスよォ。別に夕食に間に合わなくたって、朝緋サンの分まで食べたりしませんから」
「置いてかれるの!?」


 ……その後、私の負けず嫌い精神をつつくように。散々急かされ煽られて、めちゃくちゃ働くことになったのは言うまでもない。



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