愛を紡いだ少年少女




 星空が綺麗な、静かな夜だった。私の後を追いかけて来たらしい彼と、花冠を作りながら他愛のない話をいくつも重ねた。子供たちから聞いたとある村人の噂話、昨日のマユリさんの実験がどうだったか。それから、今回の調査のことをいくつか質問してみたり。特別なことは何ひとつ無かったけど――こうして、この人と取り留めのない話を自然に出来るようになったことは、時間の流れを感じる感慨深いものだった。


「花冠って作ったらどうするんスか?」
「どう、とは?」
「人にあげたり、飾ったりするだけなのかなぁって」
「まぁそうですねぇ。あとは頭の上に乗せて、お姫様とか花嫁になりきって遊んでみたりとか?」
「……アナタもやったことあるんスか」
「子供の頃の話ですけどね」
「…………」
「何か言いたそうな顔してるな」
「いやァ! なんでもないっスよォ!」
「どうせ『朝緋サンにお姫様は似合わない』とか考えてたんでしょ! 顔に出てますよ、まったく」
「だって。大人しく着飾ってるお姫様よりも、剣を振るう王子様の方が朝緋サンらしいじゃないですか」
「わざわざ言わなくてよろしい! そんなの私が一番よく分かってますぅ!」
「……ふっ」
「……?」
「……まだ、アナタがボクと修行してた頃。額に出来た傷なんて気にするな、遠慮も配慮も必要ないからビシバシ鍛えてくれ、って言ったの。覚えてます?」
「そうでしたっけ」
「あの時言ってましたよね。誰よりも強くて格好いい女になるんだ、って」
「……よく覚えてますね」
「……アナタは時々、ボクが思いもしないようなことを唐突に言いますからね」
「私が人騒がせな奴だって言いたいんですか。いやまぁ否定は出来ないけども」
「はは。違いますよォ、そうじゃない」
「じゃあなんですか」
「……ボクは別に、どっちだっていいと思いますけどね」
「はい?」
「剣を振るってる方が似合ってるのは確かですけど、花冠を作ってるのもきちんと様になってるじゃないっスか」
「……あはは。浦原隊長もおべっかが上手になりましたねぇ」
「ええ〜。ボクおべっかなんて使う柄じゃないんスけど」
「いやいや、どの口が言ってるんですか。口八丁手八丁はあなたの専売特許でしょうよ」
「…………もう、痕は消えてるんスか」


 ――とんとん、と。
 彼はそう言って、自分のおでこを人差し指で軽く叩いてみせた。


「んー、もうほとんど消えてるんじゃないですか? ほら」
「……」
「……」
「……薄暗くてよく見えないっスね」
「でしょうね。って、うおおお! 虫!!」
「え?」
「ひ、ひぃ! やめて! 来ないで!」
「……なんだ。ただのバッタじゃないスか」
「いやいやいや! むりむりむり!!」
「そんなに苦手なんスか? ……ほら、もうどっか行きましたよ」
「ふ、ふぅ……。に、苦手というか天敵というか……生理的に受け付けないんですよ」
「天敵って……朝緋サンに敵う虫なんていないと思いますけど」
「いやいや、そんな事ないですって。私は奴らがそこにいるだけで近づけないですもん。まぁ鬼道で殺していいなら話は別ですけど」
「……」
「……はっ! も、もしかして今まで暗くて見えてなかっただけで、花畑ここってめちゃくちゃ虫いるんじゃ……!?」
「まあそりゃそうでしょう。お花畑っスからね」
「う、うわ! うわわわ! 鳥肌がすごい! 悪寒がする!」
「(……いつもの負けず嫌いはどこ行ったんだ……)」
「ちょ、浦原隊長。虫除けの結界とかありませんか? ぜひとも習得したいんですが」
「あるわけないでしょうそんなもの」
「え、ええ……! お、お得意の技術力でどうにかなりませんか……!」
「まぁ作れないことはないと思うっスけど……ホントにいります? それ」


 薄い三日月が私たちを見守るように、夜空の一番高いところで微笑んでいる。星の数ほどの会話を重ねて、私の手元にはもう、これ以上手直しの余地がないほど完璧な花冠が出来ていた。……それはすなわち、ここに留まる理由も、この人と話を続ける理由も――私はもう手放してしまったということで。

 もしもこのまま、幾億の星が瞬く花畑の中で会話を続けるのだとしたら。
 ……それは、彼が理由を用意してくれないと叶わない。


「――さて。我ながら完璧な仕上がりの花冠が完成したことですし、帰りましょうか」
「へぇ、それで完成なんスか。……ホントに道具も使わずに花だけで作れるんスね」
「ええ、だからいつでも気軽に作れるんですよ。まあ大人になると花を用意するのが難しいですけど」
「なるほど。そりゃ確かに、作業を終えた夜更けじゃないとお花畑には行けないっスよね」
「だからそれはすいませんって謝ったじゃないですか……ほら、もう帰りますよ」
「……朝緋サン」
「はい?」
「…………いえ。帰りましょうか」


 何かを言いたそうに、けれどその言葉は小さな微笑みに隠したまま。彼は踵を返して先へと歩いて行ってしまった。……ロマンチックな星夜の会話など、こうして簡単に終わってしまうのだ。

 完成した花冠を落とさないようしっかり両手で持ちながら、風の冷ややかな宵闇の中を歩く。花畑から診療所へと戻る頃には、すっかり日付も変わるいい時間になっていた。寝ている患者たちを起こさぬよう、慎重に音を立てないよう扉を開く。――するとその瞬間、すぐ後ろの彼がふっと鼻で笑ったのを感じ、思わず眉間に皺が寄った。……私の配慮が大袈裟だと思ったのか、はたまた、足音の消し方が不格好で下手くそだったからか。仕方ないじゃないか。私に隠密機動レベルの動きを求められても困るんですけど。――と、心の中では鼻で笑われたことに異議を申し立てつつも、体は背筋をスッと伸ばして彼と向かい合った。


「送って下さってありがとうございました。……では、おやすみなさい」
「ええ。おやすみなさい、朝緋サン」


 小さな声で就寝の挨拶を伝えれば、彼も私に倣うように声を小さくして微笑んだ。そして、自分の部屋へと向かっていく彼の背を見送りながら――そこでふと、妙な静けさに違和感。

(……あれ。なんで下駄じゃなくて草履なんだろう)


 ……まあ、そういう時もあるのかな。
 特に気にせず、用意された部屋で眠りについた。



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