愛を紡いだ少年少女



「なぁ、死神のねーちゃん」
「んー?」
「お前たち、いつまでここにいんだ?」


 現地調査に赴いてから数日が経過したある日。あれからすっかり、なんだかんだで村の子供たちと遊ぶのがお決まりになってしまった私は、今日もこうして生意気な少年と並んで本を読んでいた。本日はあいにくの雨模様。約束していた蹴鞠が出来ないとぶつくさ文句を垂れる少年をなだめて、診療所の書庫で一緒に本を読んでいた。……と言っても、今はもう互いに違う本を読んでいるのだけど。というか私は、彼に頼まれた調べものをしているのだけど。


「うーん、どうだろうね。もう二、三日はいるんじゃないかな?」
「……あっそ」
「なに。私がいなくなったら寂しい?」
「べ、別に! そんなんじゃねーし!」
「はは、大丈夫だよ。君には安心してずっと一緒にいれる子が出来たんだからさ」
「……」
「……もしかして、私がいないとあの子と上手くやっていける自信ないとか?」
「……べ、別に……」
「はっはーん、さてはもうあの子と喧嘩したな?」
「!」
「それで、私に仲直りする方法を聞きたかったんでしょ」
「わ、わりぃーかよ!」
「馬鹿だねぇ、もう。そんなのここに来て一番最初に聞きなさいよ」
「……」


 驚きと戸惑いの滲む表情を浮かべた少年は、開いていた図鑑をぱたりと閉じた。そして、ずいっと体ごと私から逸らすようにして座りなおすと、ぽつぽつと事の経緯を語り始める。……どうやら、女の子が大切にしていた髪留めを少年が壊してしまったらしい。悪気はなかったが、それが女の子のお母さんからもらったすごく大切なものだったらしく、その場で謝っても許してもらえなかったのだとか。……なるほどねぇ。


「うーん。それは確かに君が悪いね。100パーセント君のせいだ!」
「んな……!」
「そうだなぁ。……人って、どうしても許せない事とか、許すのにすごく時間がかかることって絶対にあるんだけど。そういう時、どうすればいいか分かる?」
「わかんねーよ。わかんねーから聞いてんだろ!?」
「まずはちゃんと謝る。それでも聞き入れてくれないときは、相手をしっかり見るんだよ」
「……相手を、しっかり見る……?」
「そう。その人が何を考えててどんな気持ちなのか、よく観察するの。それで困ってたら助けてあげたらいいし、楽しそうなときはそっと見守ったりしてさ」
「……」
「大事なのは、『相手を大切に想う気持ちを行動で示す』こと。僕はあなたを大切にしてますよ、って行動で伝えるしか、なかなか許してもらえないんじゃないかなぁ」
「……」
「少なくとも私はそうするよ。それで一生許してもらえなかったとしても、自分が悪いから仕方ない。でも、相手を大切にすることは絶対に辞めないかな」
「……」
「……ま、お子様には難しいかもしれないけど。そんなこと言ってる間に大人になっちゃうんだから、覚えておきなさい」
「……子ども扱いすんな」
「はは、ガキが何言ってんのよ」


 そういって、罪悪感に瞳を揺らす少年の頭をわしゃわしゃと撫でてやれば「オレはガキじゃねぇ!」と怒られてしまった。……なんだかそれが、技局にいる黒髪のちびっこ科学者と重なって、なんとなく私がこの少年を放っておけない理由が今更になってすんなりと腑に落ちた。……見た目はこの少年の方が阿近より上だけど、雰囲気というか生意気なところがそっくりだ。


「大丈夫。……花冠をあげた時の事思い出してごらん。あんなに喜んでくれたんだから、あの子だってきっと、君のことを簡単には嫌いになったりしないよ」
「うん。……オレ、あいつのところ行ってくる」
「よしよし、そうこなくっちゃ。いってらっしゃい、雨降ってるから気を付けるんだよ」


 少年はこくん、と力強く頷いて、書庫から元気よく飛び出していった。

 ……仕方ない、あの子が散らかした本は私が片づけておいてやるか……。





「……お疲れっス、朝緋サン」
「あら、お疲れ様です浦原隊長。どうしました?」


 少年が散らかした本や図鑑を片付けようと手に取ったその瞬間。背後から声を掛けられて振り返る。
 書庫の出入り口にもたれかかって腕を組んでいた彼は、すっと目を細め、少年が走り去った方を見つめていた。

 
「……男の子がすごい勢いで走っていきましたけど、なんかあったんスか?」
「ああいえ、別に問題ないですよ。用があるから出て行っただけです」
「……そっスか。まぁそれならそれでいいんスけど、」
「?」
「例の件、調子はどうっスか?」
「んー、全然だめですね。感染経路に繋がりそうな情報はなにも見つかりませんでした」
「ありゃ。何か手がかりに繋がりそうなものは?」
「一応、周辺の地形やこの村の交易について調べたんですけど……どれも条件には当てはまらなくて……」
「……なるほど」
「治療薬は完成したのに、感染源が特定出来ないなんて厄介ですね〜……まだもう少し調べてみますか?」


 彼の特異稀なる技術力により、伝染病の治療楽はたった数日で完成していた。今は患者へ投薬して経過を観察している最中。特に急いでやることはなくなったため、感染経路や伝染した原因の特定を進めていた。……初期に感染した人たちはすでに亡くなってしまっているから、有力な手掛かりは彼が解明した細菌の分析結果くらい。そこから情報を絞って調べてみたものの……これといった成果は得られず。


「そうっスねぇ。せめて、これはあり得そう! みたいな、可能性の目星くらいはつけたいところっスね」
「わっかりましたぁ! 任せてください、調べ物は得意で――」
「!」
「……!!」


 その瞬間。
 ずしん、と重たくのしかかるような――暗くて禍々しい霊圧。


「……少し近いっスね」
「……ええ」


 ほぼ反射的に周囲の小さな霊圧を探り、自然と斬魄刀へ手が触れる。……そんな私を見透かしたように「いいっスよ、行ってきて」と彼は少し呆れたように苦笑いを浮かべた。どうせボクが何を言ったって行くんでしょう、止めるだけ無駄だ。そんな言葉が聞こえてくるような視線だった。


「その代わり、ボクも行きます」
「え、」
「アナタが戦ってるところ、まだしっかり見たことないんスもん」
「……なんかすごい、隊長っていうより保護者みたいなセリフ」
「はは、別に間違っちゃいないでしょう。アナタのこと育てたの誰だと思ってるんスか」
「出過ぎたことを言ってすいませんでした」
「……ホラ、行きますよ」


 ざあざあと冷たい雨が肌を打つ。十二を背負う彼の後へぴたりとついて、禍々しい霊圧の元へ急いで向かった。



***



 彼の後を着いていくと、そこには三体の虚が居た。幸い、近くには少年の霊圧も感じないし、その他の村人らしき霊圧も感じない。よかった、と胸を撫で下ろしたのも束の間。「じゃあ朝緋サン、あとはヨロシクっス」と言って、彼は雨宿りでもするかのように木陰へと下がっていた。……先ほどの言葉通り、手伝うつもりは毛頭もないのだろう。……1対3、私がやるんですか、コレ。

(私の事買い被りすぎじゃない?)
(……いや、どうせ試されてるだけか)


「――ともせ、翡芲ひばな


 ……だったら、様子見なんて甘いことしてる場合じゃない。最初から全力でやらせてもらおう。
 解号を唱えれば、一文字に構えた刀へ焔が灯り、きっさきへと向かって次第に広がる。焔を境に浅打から姿を変えた翡芲ひばなは、透き通った純白の中に虹が溶け出したような、淡い色彩の揺らぐ刀身へ変化した。翡芲ひばなへと滴り落ちる雨が、虹色の煌めきを纏って刀身を滑り落ちていく。まるで、勢いよく袂を分かれていくシャボン玉みたいに。


れ、翡芲ひばな


 ――心に抱いた想いの全てが、力として具現化する不思議な斬魄刀。目の前の虚を斬る、という強い意志が、翡芲ひばなを通して斬撃へと変換される。刀身から放たれた斬撃は確かな威力を持って虚に当たり、一撃で一体を仕留めることに成功。……まぁ、巨大虚ヒュージホロウ二体を過去に斬っているから。これくらいの普通の虚なら数で不利でも問題はない。そうしてもう一体も一振りで倒して、残りの一体を片付けようと刀を振り上げた時だった。

 耳をつんざく咆哮のあと、虚が何かを吐き出した。それは見るからに禍々しい、霧のようなもの。咄嗟に一歩下がって様子を見ていると、その霧が触れた部分はたちまち変色して色を失い――あっという間に腐敗してしまった。周囲の草花も、大地も、降り注ぐ雨すらも。霧が触れた一瞬で虚の周りは朽ち果てたように腐敗し、たちまち鼻を突く強烈な腐敗臭が漂ってきた。
 ……き、嗅覚を刺激されるのはかなり困る! 私は人よりちょっとだけ鼻がいいんだ、その攻撃は効く……! 思わず左手で鼻と口を覆って、さらに大きく下がった。あんなもの直接当たったら、腐敗がどうというより鼻がいかれて死んでしまう!


「うう、臭い……臭すぎる……っ!」


 さて、どうしたものか。やたら攻撃範囲の広いあの毒霧のようなものに当たらぬよう距離を取ったものの、これじゃあ翡芲ひばなの斬撃は当たらないだろう。届いてもきっと躱されてしまう。かといって近づけば、確実にあの毒霧の射程範囲だ。瞬歩はまだ特訓中で上手く使えない、至近距離で毒霧を使われたら完璧には避けられない。……なら、毒霧を避けれるギリギリで斬撃を打って、徐々に弱らせてみるしかない、か……?
 チャキ、と刀を握りなおして。膠着状態を打ち破るよう、虚へと一歩踏み出した。絶妙な間合いで毒霧を何とかよけて、激臭にも耐えながら。なるべく素早く攻撃が届くように斬撃を飛ばしてみるも、やはりすぐに躱されてしまう。……うーん、やっぱダメか。私はこういうまどろっこしいやり方、あんま好きじゃないんだけどなぁ。あの人が見てなかったら、ちょっとくらい無理して捨て身の攻撃とか狙ってみるんだけど……絶対後からなんか言われるもんなぁ。と、そう思ってチラ、と彼の方を見れば――木陰に隠れて雨宿りをしていたはずの彼の姿はそこにはなかった。

 え、あ、あれ? どこ行ったんだろ? 軽く周囲を見回すも、彼の姿は見つからない。……まあ、あの人がいないなら今は都合がいいや。一か八かで至近距離の攻撃を狙ってみよう。そう決心して、ぐっと足に力を入れて飛び出した時だった。


「朝緋サーン! 止まって止まってー!!」
「ぅええっ!?」ズザザッ
「その虚、倒さないで捕まえてくださいー!」
「、はい!? なんで!?」
「いいからいいから、とにかくそいつは捕まえてください!」


 この場にはいないと思っていた彼が、急に大声で私を呼んだ。そして、身振り手振り大きくジェスチャーしながら、私に『虚を捕まえて欲しい』と要求してくる。――しかし、彼にバレなきゃいいやと捨て身で突撃しようとしていた私の心臓は、とてもうるさくドクドクと脈打っていて。……いや、う、うん。バレてない、よね? うん、バレてはないはず。だって怒ってなさそうだし、呆れてもなさそうだし。どちらかというと、なんか面白がってて楽しそうだし。
 どうやら茂みの中に隠れて何かをしていたのか、彼の足元には何か道具のようなものが転がっていて、頭には数枚葉っぱが付いていた。


「つ、捕まえるってどうやって……! 私、道具も何も持ってないんですが!」
「とりあえず縛道で動きを止めてください! 後はボクがなんとかしますから!」
「(……とりあえず縛道で、って……んな簡単に言われましても……!)」


 いかんせん、攻撃を当てようにも距離が遠いのだ。それは鬼道でも不利であることに変わりはない。……はあ。まったく、それぐらい自分で出来るだろうに。


「――縛道の二十一、赤煙遁!」
「!」
「雷鳴の馬車。糸車の間隙。光もて此を六に別つ。――縛道の六十一、六杖光牢!」


 赤煙遁で煙幕を張って、その隙に虚へ距離を縮めながら六杖光牢の詠唱時間を作る。幸い、相手の虚は知能が高くないようで、まんまと引っ掛かってくれた。身動きが取れないと必死に咆哮をあげて抵抗している虚を確認して、これでどうだと言わんばかりに無言の視線を彼に送れば「お見事! いやァ流石朝緋サンっスね!」と、呑気な言葉が返って来た。


「……ご満足いただけたのなら何よりです」
「はは、そんな顔しないで下さいよォ。部下に経験を積ませるのも隊長の役目なんスから」
「はいはい。――で? どうして急にあの虚を捕まえるだなんて言いだしたんですか?」


 いつもの説明は後回しな無茶ぶりにやれやれと肩を竦めて、理由を問い掛ける。すると彼は、いつのまに採取したのか毒霧の入った試験管を手にしていた。

 
「……朝緋サンはこの毒霧、どう思います?」
「どう、って……触れたものが一瞬で朽ち果てて腐敗する、とても厄介な攻撃だったなぁ、と……」
「そう。――おそらく、アレは霊子の働きを完全に破壊するとか、そういう類いの毒なんスよ」
「……?」
「ホラ、見てください。あの毒に汚染されたものがこうして水溜まりを伝って流れていったら……どうなると思います?」
「……! まさか、」
「ええ。……今回の伝染病の原因は、あの虚の毒霧だった――ってことっス」
「……でも、どうして、」
「まぁ、特定の虚が同じ場所に出現するのはよくある話っスからね。草花を一瞬で腐敗させる猛毒だ、霊力の弱い魂魄が触れたら……そりゃあ、命が助からないのも納得です」
「……」 
「きっと、あの虚は今までに何度かこの村に現れていたんでしょう。そして、村人たちは汚染された土に触れたり、あるいは毒が生活用水に紛れていたりして、感染してしまった」
「……なるほど。だから被害報告はこの村の人たちだけだったんですね」
「ええ。――ボクが作った治療薬は、弱った霊子の働きを活性化させるものっス。この状況からして、感染を防ぐことは出来ませんが……もう、治療薬さえあれば発症しても死に至ることはないでしょう」
「さっすが浦原隊長。……じゃあ、これでもう万事解決、ですかね?」
「そうっスねぇ。あとは、この毒霧サンプルを調べて、必要なら治療薬を改良するくらいっスかね」
「……」
「……朝緋サン?」
「ところで、あの捕まえた虚はどうするんですか?」
「ああ。それはもちろん、あのまま実験サンプルとして技局に持ち帰るっスよ」
「……それは、一体誰が…………」
「誰って、朝緋サンの他にいないでしょう」
「……」


 さも当然と言った顔で、彼はきょとん、とこちらを見る。

 
「だあって、仕方ないじゃないっスか。今あの虚を捕らえているのは朝緋サンの縛道なんスから」
「…………」
「まぁ、とりあえずはボクが結界張っておきますから。今は帰りましょうか」
「……はい」
「? どうしたんスか、そんな浮かない顔して」
「……ああいえ、気にしないで下さい。腐敗臭が臭すぎて鼻が痛いだけなんで」


 そう言って露骨に顔を顰めてバッと両手で鼻と口を覆った。……なんでこの人は平気なんだろう。隊長格ともなれば五感は優れているはずなのに。もしかして、この臭いが気にならないタイプなんだろうか……? それならぜひとも、臭いに敏感な私の代わりにあの虚を一人で技局まで持ち帰って欲しいんですけど。ていうか、虚を生け捕りにしてサンプルにするとか、そんなの今まで聞いたことないんですが……!


「……あ、そうだ。浦原隊長」
「はい?」
「頭に葉っぱついてますよ」
「……ええ!? も、もっと早く教えてくださいよ……」
「あはは。その言葉、そっくりそのまま返してもいいですか?」
「! ……はは、参ったなぁ」


 ざあざあと冷たい雨が肌を打つ。お互いにもうずぶ濡れだからか、はたまた――あの時のように私が怪我をしていないからか。帰路を急ぐでもなく、かといって退屈でもない速度で。降り続く雨の中を傘もささずに並んで歩いた。




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