愛を紡いだ少年少女
「本当に、お世話になりました。どうぞ気を付けてお帰り下さい」
「いえ。こちらこそ、ご協力ありがとうございました」
村人達との別れの日。清々しい青空の元、瀞霊廷へと帰還する私たちを村人達が総出で見送りしに来てくれた。入院していた患者たちは無事に命の危機を脱して回復しているようで、必ず命を落とす不治の病から救ってくれたと、みんなが私たちを英雄扱いした。深々と頭を下げる者の中には、泣き崩れる勢いで感謝を伝えてくる人もいて。
……彼らの様子から察するに、あの伝染病はとてつもない絶望となってこの村に広がっていたのだろう。浦原隊長からしてみれば、この一件は尸魂界に技術開発局を認めてもらうためのひとつの手段に過ぎなかったのかもしれないけど――結果として大勢の人を助けて喜ばせているのだから、やはりそれが彼の
魂の在り方なのだろうと、こちらが勝手に誇らしくなる。
「……しっかし、ねーちゃんの言う通りだったなぁ」
「ん? なにが?」
「あの白い羽織の兄ちゃん、ホントにすげー死神だったんだなって」
この一件の一番の功労者である彼は、村人たちから大層人気があるようで。別れを惜しんでいるのか、それともただ単純に護廷十三隊の隊長への好奇心なのか。彼の周りにはうっすらと軽い人だかりが出来ていて。……そんな彼の様子を少し離れたところで伺っていると、いつの間にか私の足元にはあの少年が。両想いになった女の子も連れて一緒に来ていた。
「ほら、前に言ってただろ? あの兄ちゃんは『この村の人たち、みーんなを一瞬で笑顔に出来ちゃうくらいすごい』って」
「あぁ〜! うん、言った言った。あのお兄さんがみんなの病気を治してくれるって、私は信じてたからね」
「オレたち、どうしたらいいかずっと分かんなかったんだ。このままじゃ全員死んじゃうかもしれない、って、みんな同じこと考えてたと思う」
「……」
「なのにあの兄ちゃん、本当に一瞬でみんなのこと助けてくれたから。……オレ、正直こんな風になるなんて全然期待してなかった」
「はは。どうだ、うちの隊長はすごいだろう! 十二番隊隊長の浦原喜助、ちゃんと覚えておいてよ」
「うん。すげぇすげぇ」
「?」
「本当に、すげぇや。……みんな、あんなに笑ってる」
「……っ、」
子供の言葉というのはどれも純粋で、まっすぐで。何気なく発しただろうその言葉に、私は鈍器で殴られたような衝撃を受けてしまった。
……私は今まで、知らなかったんだ。私は浦原喜助を、常に彼の視点でしか
読んだことがなかったから。彼に助けられた人たちに焦点を当てたことが、今まで一度もなかった。知らなかったんだ、彼が与える影響の大きさを。彼に救われた人々の笑顔を。そこに生まれる想いの暖かさと残酷さを、私は今まで知らなかったのだ。
(……ばかだ、わたし、)
「おねーちゃんの好きな人、かっこいいね」
「!」
彼から目を逸らし、堪えるように俯いているとぎゅっと袴を引かれた。少し後ろを振り向けば、女の子が何かを言いたそうにじっとこちらを見つめていて。目線の高さを合わせるようにしゃがんであげると、女の子は私の耳元で囁くように、彼をかっこいいと言った。――その言葉にまた、ドクンと心臓が大きく跳ねる。
「お母さんがね、薬のおかげで元気になったから、この前少しだけお話したの」
「……どんなお話?」
「大人は確かに、我慢しなくちゃいけないことがたくさんある。でも、我慢しないで勇気を出したからお父さんと一緒になれたんだ、って」
「!」
「……いつかお姉ちゃんも、『好き』を秘密にしなくてもいい日が来るといいね」
「……っ、うん、そうだね」
「…………泣いてるの?」
「ううん、違う違う。ちょっと目に埃が入っちゃって、」
「……」
「……ありがとう」
「うん」
「ありがとう。わたし、頑張るよ」
ちょうどその時。少し遠くから「翡葉十七席ー! 少しよろしいでしょうか!」と、一緒に来た部下の人の呼び声が聞こえた。女の子の頭をそっと撫でて「じゃあ、呼ばれちゃったからあっち行ってくるね」と立ち上がり、「またね、元気でね」と別れの挨拶を一方的に告げてその場を立ち去った。
――今までも、そしてこれからも。彼は人を助けることを選び続けていくだろう、笑顔や喜びを与えていくだろう。
……それを、どうして私は守れないのだろう。どうして私は、そんな彼を裏切らなくちゃならないのだろう。私だって、巷で偶然出会って惹かれ合うような――そんな普通の恋を、あなたとしてみたかった。
(……何も、言えない。話せない)
愛する人を愛し貫く。そのたったひとつを成し遂げるために、私には抱えなくちゃならないものがたくさんある。だから、たとえいつか、秘密を破り愛を吐くことが出来たとしても――抱えたもので塞がったこの両腕じゃ、あなたを抱きしめられないんだよ。
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