傲慢で怠惰なエゴイズム
――先に言っておこう。私は忘れっぽい性格だ。記憶力があまりよろしくはない。その時その瞬間、心を動かされた出来事であればともかく。何気ない日常やささやかな幸せなど、時の流れと共に薄れゆくものはたくさんある。
大切な家族の声がもう、思い出せなくなっているように。翡葉朝緋としてあの世界に生を受けて生きてきた日々が、だんだんと薄れていっている。大切な思い出は心にピン留めされている一方で、毎日擦り切れるまで働いていた仕事の内容や、流行りの音楽、毎週見てたテレビドラマのタイトル。そういったものはもう思い出せなかった。覚えていないのだ。
――そう、それすなわち。決して忘れてはならないはずの、しかし忘れた方がよかったかもしれないと抱えているあの記憶も。刻一刻と薄れてしまっているわけで。
「ん〜〜〜……」
「……」
「……はぁ、(どうしよう)」
「――なんやねんさっきから!! 一人でブツブツやかましいわこのハゲ!!」ゴンッ
「痛ぁ!」
がつん! と、ひよ里さんが投げ飛ばした本が勢いよく私の頭に直撃する。な、なな、なにするんだいきなり……!!
「いきなりなんなんですか!! 本を投げ飛ばすなんて!!」
「やかましい言うてるやろ!!」
「やかましいって、ひよ里さんが勝手に資料室に入って来たんじゃないですか!! 私の方が先にいたのにそんなこと言われる筋合いないんですけど!!」
「ああ!? ウチが声掛けとんの無視しとったくせになんやその口の利き方はァ!!」
ひよ里さんは『これから任務で使う資料を探しに来たのに、先にいた私の独り言がうるさくて気が散って探せない』と文句を垂れてくる。な、なんつー理不尽な……! ていうか声かけてくれてたの? 全然気が付かなかった。それはごめんだけど、何も本を投げなくたって……! 角が当たって超痛いんですけど!
そうして互いにやいのやいの言い合って、一瞬の油断も隙も許されない攻防戦を繰り広げていると――「翡葉十七席! ……す、少しよろしいでしょうか……!」と、緊張した面持ちの隊士さんが一人。
「え、わ、私? なんですか?」
「翡葉十七席にお客様がいらっしゃってます」
「え……?」
「その、浦原隊長を訪ねて来た方なのですが……隊長の不在を伝えると、それなら翡葉十七席を呼んでくれとのことで……」
「……? 分かりました、今行きます」
「ちょ、待てコラ朝緋! 逃げんなや!!」
「へへ、すいません。どうやら運は私に味方してくれているみたいです。じゃ、失礼します」
朝緋と隊士が立ち去って、ぽつんと一人資料室へ取り残される。
「(……なんやアイツ、悩み事でもあるんか?)」
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