傲慢で怠惰なエゴイズム




 ――知りたかったのだと思う。


「……アナタも、」
「?」
「朝緋サンも……花を貰ったら嬉しいんスか?」
「そりゃもちろん、当たり前でしょう。自分が貰っても嬉しくないものを人へ渡そうだなんて思いませんよ」
「……はは。そりゃそうっスよね」
「――辺り一面の花畑の中で、花と一緒に愛も贈られる。……最高に素敵じゃないですか。私はそういうベタで王道なの、結構好きですけどね」



 なぜ、理想を語っているはずなのに、少しの期待も希望も抱いていない眼をしていたのか。あの夜、花畑の中で見たものの正体を――たぶん、ずっと、あの時から知りたかったんだと思う。
 けれど、自分にはそれを知るために問いかける理由も、資格もないと分かっていた。だから、何も見なかったことにしようと蓋をしていたはずだった。……それなのに。科学者とは本当に、どうしようもない生き物で。真実を知るチャンスが訪れた時、無意識に――本能で、それに手を伸ばしてしまうのだ。

 応接室の扉の前。随分長いこと、彼女達の話を盗み聞いていたと思う。輪堂友人が彼女の想い人について深く知っているような口ぶりが気になったが、普段からよく女子生徒に恋愛相談を受けていると聞いていたから――別に、彼が自分の知り得ない彼女の想い人について知っていることへは、特別違和感はなかった。感情が表に出やすい彼女のことだから、霊術院に在籍していた間に、きっと輪堂に重箱の隅でもつつかれたに違いない。

 だから。身勝手な欲求エゴイズムだと知りながら、問いかけてしまった。科学者としての本能で、手を伸ばしてしまった。ギリギリまで理性で押さえ込んでいたせいで、口から出た疑問は質問としてほぼ意味をなさないような、既に分かりきっていることになってしまったけれど……――それでも、自他ともに認める負けず嫌いで頑固者のこの女が、全てを諦めたように幸せを手離した顔で恋をする理由に、少しでも触れたかった。真実を、確かめたかったのだと思う。


 “――悩ましい恋でも、してるんスか?”


 ……でも。きっと傷付けたに違いない。言葉にしてすぐに後悔した。あの会話を聞いた上でそんな分かりきったことを質問するのは、彼女を余計に追い詰めてしまったかもしれない、と。身勝手に踏み込んだことも相まって、柄にもなく罪悪感で胸が痛んだ。……じゃあ聞かなきゃいいのに、なんてもう一人の自分が嘲笑う中、この場をどう切り抜けるか必死に思考を巡らせる。


「(――!)」


 しかし。そんな心配を他所に――彼女の表情は一切変わっていなかった。……え、あ、あれ? 彼女は少しも狼狽えることなく、悲しそうに目を伏せるでもなく。持ち前の頑固で負けず嫌いな一面を彷彿とさせる、あの強かな眼差しをこちらに向けたままで。
 あれ、おかしいな。そう思ったのも束の間、彼女は「……はああぁ、」と見たこともないほど大きなため息をついて肩を落とし――じっと不服そうにこちらを睨みつけてきた。

 ……それはそれはもう、大変機嫌の悪そうな顔で。


「あの、朝緋サン――」
「……悪いですか?」
「え、」
「悩ましい恋してちゃ、悪いですか」
「……」
「……」
「……」
「ご心配頂かなくとも、仕事中に愛だの恋だのに現を抜かす腑抜けになったつもりはありません。もしもそんな素振りがあなたの目に映ったのなら、遠慮なく斬って捨てて下さい」
「い、いえ。ボクは別に――」
「ああああ、もう! 今は私のことなんてどうだっていいでしょう!!」
「!」
「客人待たせてるんだから、こんなとこで無駄話してないでさっさと行かんかい!!」バシッ
「わ、ちょ、朝緋サン――!?」


 ――バタン!!


「……」
「……あーらら。相変わらず女心が分かってないなぁ、君は」


 ぐいっと強く腕を引かれたかと思えば、あっという間に応接室の中へ押し込められる。大きな音を立てて扉が閉まると、やれやれと肩を竦めた彼が呆れたようにこちらを見ていた。


「……元はと言えば輪堂サンがあの子を怒らせたんじゃないっスか」
「だからってあの質問はないでしょ。可哀想に」
「……」
「……」
「……何か、ああしなきゃいけない理由でもあるんスかねぇ」
「さぁ? 僕にもさっぱり」
「え〜、本当に知らないんスか?」
「知らないよ。彼女、強情だからいくら揺さぶっても話してくれないんだもん」
「……」
「……ま、だから放っておけないんだけどね」
「?」
「――愛した人に愛されない寂しさはよく知ってるから」


 そう言って彼は得意気にニコリと笑うけれど、揺れる横髪を掬う生身の左手には――鈍い輝きを放つ指輪が薬指に嵌ったままだ。


「…………」
「……なに?」
「……どうして、」
「?」
「――どうして、叶わないと分かっている相手を好きになるんでしょう」
「……へぇ? 君からそんな問いかけが出て来るなんて驚いた。急にどうしたの?」
「いやァ、未知に対しては答えを貪欲に求めるタチでして」
「難儀な生き物だなぁ。そんなんじゃいつまでたっても彼女なんて出来ないよ?」
「あはは、いいんスよォ。ボクは仕事が恋人みたいなもんスから」


 一度瞼を落とした彼は、目線を床へと向ける。――割れてしまった湯呑みの破片を見つめながら目を細めるその姿は、なんとも言えない感情を宿していた。


「――恋はね、するものじゃなくて落ちるものだから」
「……はい?」
「気が付いたら落ちてるんだよ。自分じゃどうしようもない。だから、たとえ叶わない相手だろうと好きになっちゃうのさ」
「……」
「ちょっと。何そのうんざりした目は」
「だぁって、いくらなんでも胡散臭すぎるんスもん」
「ええ、君がそれ言うの?」
「はい?」
「いや、いいけど……」
「……」
「(……あの子が言うほど、ありえないようには見えないんだけどなぁ)」
「……なんスか?」
「ううん、何でもない」


 彼はそう言っておもむろに立ち上がると、床に散らばっていた割れた湯呑の破片を義手で拾い上げた。そして、「それじゃ、そろそろ義手の整備本題に入ろうか」と慣れた様子で研究室の方へと向かって歩いていく。――その背をぼんやりと見つめて歩きながら、飛び出して行った彼女の顔を思い出す。

 「なぜ叶わない相手に恋をするのか」については、纏まりきらない思考として頭の隅へと追いやった。

 

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