傲慢で怠惰なエゴイズム




 ――なぁ〜にが “悩ましい恋でもしてるんスか?” だ!!


 「……っ、人の気も知らないで、」


 盗み聞きしたあげく本人に聞くことが、あれ? どういう思考回路してんの? 自分で言質を取らないと気が済まないわけ? はぁ、まったくこれだから科学者って奴は……!


「人はひとりじゃ生きていけないから。愛すことよりも愛されることの方が、きっと幸せに決まってる。……愛されなきゃ、愛し続けるなんて不可能なんでしょうね」

「…………朝緋サンは、」
「――悩ましい恋でも、してるんスか?」



「…………はぁ、」


 ――技術開発局の中で一番高い建物の上。人一人分しかないその場所へ後ろ手をついて座り、うざったいくらいに晴れ渡った空を見上げて独り言つ。

 きっと、今日は厄日だったんだろうなぁ。たぶん十二星座の占いは最下位で、その中でも特に恋愛運は星1がつけられてる気がする。……いや、もはや1すらついてないかもしれない。はは、ごめんなさいね、私と同じ星座の人。このお詫びはきっと、私が代表して恋愛運の星0を背負っていくから許してね。

 ごろん。大の字に寝そべって、風に流されていく雲をぼんやりと見つめる。肺いっぱいに吸い込んだ空気をゆっくりと吐き出しながら、静かに瞼を落とした。

 ……涙なんて、これっぽっちも流れてきやしない。どうしてだろうね、心はこんなにも冷たくて淋しいのに。あんな風に現実を突きつけられて打ちのめされたって、どうやら私は悲しんではいないらしい。涙を流すほどの出来事ではなかったようだ。……ふつう、好きな人にあんなこと言われたらもうちょっと傷つくと思うんだけどなぁ。それなのに、強がるでもなく否定するでもなく、よりによって開き直るなんて。……はは、自分でも笑うしかないや。きっと、彼のことが好きだと知っている輪堂先生なんか、「君って本当に意地っ張りだよね」と呆れかえって物も言えなくなってるかもしれない。――私も、そんな自分が馬鹿馬鹿しくて困り果ててるよ。……ああ、うん。だから、きっと涙が流れないのだろうね。


「……私ってそんなに分かりやすいのかなぁ」


 ぽつりと浮かんだ疑問は、誰に聞かれるでもなく宙へと消えていく。けれど言葉にした瞬間、それは一瞬で不安へと変わり、まるで呪いのように胸の中へ広がっていった。

 ――もしも本当に、私の考えや感情が全て顔に出てしまっているのだとしたら。こんな悠長に構えている場合ではない。いつか必ず取り返しの付かないことになるだろう。……私には、あの人への恋心なんかよりももっと、決して誰にも知られてはならない大事な知識ものがあるのだ。これがもし“敵”に知られたらと思うと……考えただけでも恐ろしくて足が竦みそうだった。もっと危機感を持って、警戒して――――


「――!?」


 その瞬間だった。けたたましい警告音が鼓膜を激しく揺らし、辺りが騒然とし始める。――これは確か、技術開発局に届いた緊急要請を知らせる警報だ。入隊する前に何度か聞いた覚えがある。
 ……はあ。どうやら、現実は私に考える時間も与えてくれないらしい。急いで建物上から飛び降り、騒ぎを聞きつけた局員たちが一同に集う管制室へ向かう。開いたままになった扉を跨いだ先、室内には緊迫した空気が張り詰めていた。


「すみません、何があったんですか?」
「はっ! ――討伐任務で現世へ向かった死神から、虚が大量発生したと緊急要請が入りました!」


 一応これでも席官だからか、私の顔を見た局員たちが自ずと道を開けてくれる。人だかりを通り抜け、異常を知らせている複数のモニター前にたどり着くと――そこには既に、隊長である彼の姿もあった。輪堂先生の義手の整備途中だったのか、白衣のポケットには工具が雑に押し込められている。……しかし、何か判断を迷っているのか、顔は俯いたままだった。


「い、いかが致しますか、浦原隊長」
「――そっスねぇ。……援護と原因調査を兼ねて、誰かに行って欲しいところなんスけど……ウチで戦闘が得意な部隊は、ひよ里サン共々先ほど他の任務へ向かったばかりですし……」
「……」
「……仕方ない。ここは、他の隊の方に援護はお任せしましょう」
「よ、よろしいのですか……?」
「ええ。ボクたちは現場が落ち着いてから原因の調査に――」
「分かりました。私が行きます」
「!」
「いやー、最近“悩み事”で肩が凝ってて、丁度体を動かしたいなーって思ってたところだったんですよねー。ラッキ〜」
「え、あの、朝緋サン?」
「目的地ってどこですか? 現地にいるのは? ああそう、十番隊の方なんですね。それで、被害の状況は?」
「あれ、ちょ、朝緋サン?」
「なるほど。じゃあ四番隊への連絡は私がしておきますよ。どうもありがとう」
「ちょ、す、ストップ!」
「……なに?」
「い、いや……それ本気で言ってるんスか?」
「当たり前でしょう。こんなところで冗談を言ってどうする」
「そ、そりゃそうっスけど、」
「何ですか、人の“悩み事”に勝手に踏み込んで来たくせに。私に任せられない理由でもあるんですか?」
「い、いや……そうじゃなくて、」
「あああもう! ごちゃごちゃうるさいなあ!」
「!」


 ぐい、っと力強く彼の襟を掴んで耳元を引き寄せる。
 ――彼の体は、思ったよりも簡単に傾いた。

 
「必要なんでしょ、四十六室あいつらを黙らせる“技術開発局の功績結果”が」
「――!」
「他の隊になんか譲らなくていいですよ。私が一人で全部片付けてやる」
「…………」
「んじゃ、そういう訳なんで。穿界門の通行申請諸々はそっちでお願いしますね」


 彼が驚いてハッと息を呑んだその隙に、掴んでいた手を放して颯爽と扉へ向かう。以前の伝染病調査任務で彼が話していた裏事情を引き合いに出すのはずるいと思ったけど、でも、きっとそうでもしないとあの“同情したような目”は跳ね除けられないと思ったから。少しだけ罪悪感が残るけど、今はこれで良しとしよう。
 モニター前に座っていた局員に向かって、現世に行くための手続きを頼むように視線を送り、「行ってきます」とニコリと微笑んだ。

 ――しっかりしろ、翡葉朝緋。怯むな、立ち止まるな。敵はいつだって、私たちのすぐ傍に潜んでいるんだから。








「……はあ」
「あれ、早かったね。もう急ぎの要件は解決したの?」
「……輪堂サン」
「え、なに、どうしたの。そんな急に改まって」
「ボクたち、もしかしたら……押してはいけないスイッチでも押しちゃったのかもしれないっス」
「え?」
「“悩み事で肩が凝っているから憂さ晴らしをしたい” ――だそうですよ」
「はい??」
「はは。あんな逞しい女を悩ませてる男って、一体どんな相手なんスかねぇ?」


 力強い眼差しで任務へ向かった彼女の顔が、どうしてか頭から離れなかった。



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